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【完結】あの子は剣聖!! この子はエルフ!? そしてオレは操縦士-パイロット-!!!  作者: PRN
5章 あの子のリボン この子のペット そしてオレはカーニバる

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87話 Brave Protocol

舟生明人という人間がいた

リリティア・L・ドゥ・ティールと女性がいた


ふたりはこの場所で

初めて出会う

 「……いたいた……見つけたわよ……」


 ぴょこん、と。ユエラは兎が巣穴から顔をだすように草葉の影から覗き込む。

 その視線の先にいたのは白いドレスの裾を海の波のようにはためかせて整然と佇んでいた。


 言うまでもない、リリティアである。


 姿勢良く背筋をピンっと張って、腰にはいつもの細身の剣を帯びている。

 小高い丘の上で大きな三つ編みの越しに、離れてなお巨大なユグドラシルの(みき)が眺望できた。

 そしてこの場所こそが都を一望でき、邪魔者がこないであろう絶景の隠れスポット。そして、今まさに静寂を嗜むリリティアの空間へと邪魔者が参入しようとしている。


「たぶんもう気配で気づかれてると思うから話し合う余地はありそうね」


 ひそひそ耳にかかる吐息に明人は、あくせくしながらも顔を引き締めて覚悟を決めた。

 緊張の面持ちであるユエラを一瞥し、1度だけ頷く。


「やれることはやってみる。これで玉砕するならオレはもうリリティアに嫌われ尽くしているってことだろうしな」


「弱気になるにはまだはやいわよ。さあいってきなさい」


 ユエラに背を押され、明人は草葉を割るように足を進めた。

 その手に持たれているのは贈り物の青いリボン。リリティアへの謝罪ではなく、ただの感謝の贈り物。

 下生えを踏みしるたびに、まるで鉄が軋むにして関節が悲鳴を上げる。


「…………」


 拳を作れば手のひらに氷を押しつけたかのような錯覚すら覚えた。

 明人は、死以外にもこんな緊張の仕方もあるんだな、と。内心でせせら笑う。

 目の覚めるような星くずたちは会話をするが如く明暗を繰り返す。蒼月の淡く清らかな光は舞台を優しく形どっている。


「こんばんは」


 凛とした涼やかな声だった。

 しかし、それはいつも聞こえてきたそれとは異なる。まるで興味を失っているかのような素朴な音階でしかない。

 明人がたどり着くよりも早くリリティアは体を開くようにゆっくりとこちらへ振り返る。

 そして美しくも優しみに満ちていたはずのリリティアの表情は、色のない紙の如く平坦だった。


「なにか御用ですか?」


 僅かな静寂が丘を包む。

 芋を洗うような祭りの雑多はここまで届かず、この場にいるのはただ1人とひとりだけ。

 季節に似合わぬ風はジャケットを羽織っていても身にしみるように冷たい。


「ふぅぅ……」


 明人は、かじかんだ手から力を抜いて肺に溜まった酸素を吐き出す。

 そんな明人を見て、リリティアは淡く桃色の唇を微かに動かす。 

 淡白な金色の瞳が、これからなにを言わんとしているのかを語っていた。


「私は、もうアナタを理解してともに暮らしていくことを諦め――」


 言い終わる直前に行動へでる。

 それ以上は言わせぬ、と。明人は、微笑むように口角を上げた。


「はじめまして。オレの名前は舟生明人っていうんだ」


「っ……!」


 太陽を見つめるが如く細まった物憂げな瞳が、ほんの少しだけ揺れる。


「地球という世界にある日本って国に生まれた。オレは百里基地出身の人間という種族なんだ」


 望むのは、償いではい

 出会い直し(リスタート)をするため。


「イージス隊……イージス決死隊所属、イージス3、宙間移民船造船用4脚型双腕重機3号機ワーカーの操縦士(パイロット)をしている」


 殻をかぶった本心を包む壁を剥いていくように言葉を紡ぐ。

 黒い瞳は正面から真っ直ぐ彼女を見つめたまま。言い淀みもなく、心から心を開く。


「そして、オレはイージス決死隊が総力を上げておこなったBraveProtocol――《ブレイブプロコトル》――唯一の生き残りなんだ」


 中身のない仮初の出会いはもう忘れた。

 ここからは真実の出会いを。


「結果として作戦は失敗だった。たった1人が死にきれずに最後の1手を打ち損なった。だからオレは今こうしてこのルスラウス大陸という異世界の地に立っている」


 ここから初めて始めようというのは身勝手なわがままだ。

 今まで彼女が打ち解けようとしてくれた努力を捨てる行為に他ならない。

 それでも明人はもう1度、己という存在を彼女に認めてほしくてたまらなかった。


「…………」


 選択の権利はすべて委ねられた。

 しかしリリティアは瞳を閉ざしながら言葉をひとことすら発そうとしなかった。

 食い締められた唇は動かない。ただ、大人しく声に耳を傾けるだけ。

 聞いてくれているのだ。だからこそ明人は後悔の残らぬようにと、立ち回る。


「両親とは、オレが幼少の頃にパイロット適正が発現したせいで離れ離れになった。生きてるのか死んでるのかもわからない。それと、妹が1人だけいた。今はもういない」


 そして、肩にぶら下げていた散弾銃を手にとる。

 鈍く光る黒い筒。バームクーヘンのようなに円形の回転式弾倉には12発の弾が込められ、現在発射可能な弾の数は5と2。

 言ってみれば自殺用の余り品だ。人気のハンドガンはすべて別の人間の手に渡り、役目を終えて朽ちた。


「これはRDIストライカー12っていう散弾銃だ。こっちの世界でいう剣みたいなメジャー兵器、通常兵器ノーマルウェポン


 次に明人はジャケットのジッパーを下げてパイロットスーツを露出させる。

 ほどほどに鍛え上げられている胸板がスーツになぞらえられて主張をし、この世界で得た糧の素晴らしさを物語っていた。


「んで、これはパイロットスーツ。α型の試作品で、流動生体繊維っていう超過技術オーバーテクノロジーでできてる。もちろん、ワーカーも超過技術のひとつだ」


 流動生体繊維。人の老廃物を食べてシステムを維持する人工微生物の集合体。

 衝撃を加えれば硬質化し、破損すれば元の形状へと自動的に再生する超過技術だった。

 超過技術。それは降って湧いたかの如く地球の世界に突然広まったと言われている。

 宙間移民船も超過技術。それを組み上げる重機ですら超過技術。

 人類は種の存続のために段階を無視して地球から旅立とうとしていた。

 誰にも語り継がれず焚書ふんしょされたおとぎ話(フェアリーテイル)のようなもの。すべてが謎のまま地球に残された人々は虚ろに空を見上げるだけ。

 そして、明人は腰のポーチから銀色の箱を取りだした。


「な、なにをっ――」


 ここで始めてリリティアが反応を見せた。

 慌てて1歩ほど踏み出すも、明人の行為はとまらない。


「ぐっ……うっ……」


 ケースに入っている幾本かシリンダーのうちひとつだけを摘みとって、針を首へ突き立てていた。

 チクリとした痛みの後に顔をしかめるほど暴力的な快楽が湧き上がる。

 血管を這うようにして着火剤(フィラメント)全身へと巡った。心臓の鼓動が1回の収縮を繰り返すたびに薬液が血へ墨を滲ませたかの如く全身に行き渡る。


「……――そ、それはいったい!?」


 静観の位置を保っていたリリティアが驚き孕んだ声を上げた。

 とある現象が彼女の前で起こっていた。不意を疲れたかのような表情に嘘偽りはないだろう。

 なにしろ明人の体には確実に異変が起きている。


「これが……くっ、ワーカー操縦士として、認められるための……一部の人間が使えう……人間の力だッ」


 リボンを握りしめた左手に立ち昇っていく。

 濃く蒼い湯気のような煌めき。炎の如き眩き蒼。

 包帯に巻かれた右手で胸を抑えながら、明人は息も絶え絶えにしながら薬液の効能で悶えた。

 蒼はどこまでも蒼く。手に纏わりつく透き通ったオーラは炎のように揺らめいて、端から世界の一部として消えていく。


「この力のせいで……オレは重機に乗って……! この力のおかげで……オレはここにいる……!」


 力の正体は、F.L.E.X.――フレックスと呼ばれる。

 人によっては生まれ持ち、人によっては開花する。一切が謎に包まれた力だった。

 発動条件は手足を動かすことと同義。着火剤を使用することでこうして発現の種となる。

 そしてこの力を持つ操縦士が乗ることで、ワーカーは重機から兵器へとなり変わることが可能となった。

 感応し、導き、本質を表し、人の生まれ持つ力。使い切れば、人を死に至らしめる劇薬のような力。

 それがいつから発現したのか、どうやって存在が明らかになったか。知るものは、少なくともこのルスラウス世界にはいないだろう。


「はっ、はっ、っく、あ……ッ!」


 異常なまでに体力を消耗する蒼の発現に明人の視界がしゃがかった。

 耐えているうちに視界がぐらりと反転する。

 しかし地に倒れ伏すことはなかった。


「もういいですッ!! わかりましたからッ!! だからもう、それ以上その力を使わないでッ!!」


 絹を裂くような悲鳴が朧に鼓膜を震わす。

 リリティアは地を蹴って即座に明人の身体を支えに入ったのだ。

 貧血のように顔面が蒼白色に染まった人を掬い上げた。


「この力は……よくかわっていないんだ……。だから、これ以上の説明……が、できないんだ……ごめん」


 着火剤の精神作用とフレックスの同時使用による弊害は甚大だった。

 もはや明人に呼吸することすら億劫となるほどの強烈な疲労を与えてきていた。

 明人は蚊の鳴くような弱々しい呼吸を刻みつつ、禁じていた謝罪を口にする。


「今まで……疑って、ゴメンな……。信用されないってのは……同じ家に住んでて……辛かったよな……」


 見上げると、月を背負ったリリティアは儚くも美しかった。

 そっと寝かされた明人は、そのぷっくりとした頬に手を伸ばす。

 触れると、ふんわりと柔らかく、ほんのりと暖かい。


「ははっ……謝らないようにしようと、思ったのに……謝っちゃ、ったか……」


 リリティアは伸ばされた明人の陶器のような自身の手を添える。

 そうやって今にも泣き出しそうな顔をしながらいやいやするようにゆるく首を横に振った。

 目尻に浮かんだ粒を明人は親指でぬぐってやる。


「ちがっ――ちがうッ! 私だってアナタに様々なことを求めてたッ! 短い生涯を私のように縛られず自由に生きて欲しくてッ! でもっ……!」


 溜め込んだ感情が堰を切るように震えるリリティアの瞳は真紅へと染まっていく。


「でも、自身の願望がッ……! 私の夢が邪魔をして! きっと私のせいで明人さんの心を揺さぶったのッ!」


 拭っても拭ってもとめどなく、頬から頬を経て地面へと涙は流れ落ちる。


「だからっ……お願いだから……謝らないでっ……!」


 ぐしゃぐしゃになった顔は幼子のようだった。

 しかし燐光を纏うが如く燃える赤い三つ編み。垂らして泣きじゃくる姿でもなお、美しい。

 明人は映画で見た笑顔を真似るように目を細めて自己紹介を終える。


「はじめまして……キミの名前を……教えてくれないかな?」


「わたしの、ぐすっ……わたしの、なまえは、りりてぃあ……! リリティア・L・ドゥ・ティール……!」 


 互いに支え合う気持ちがなければ絆にはならず。互いが同じ方角へ進むのであれば繋がらない。

 しかし、今はじめてふたりは向かい合った。

 あとは不器用にも少しずつ歩み寄るだけ。


 夜空に大きな花が咲き、華やかな火花を散らす。

 長い時間をかけたが、明人とリリティアはようやく出会えた。

 そんな気がした。



○○○○○

挿絵(By みてみん)

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