62話 ならば、救済を求むものへの鉄槌を
ピコーン
実績解除:至極超越
作者が勝手にルールにしていた2000字前後の文字数制限をやめる模様です
わらわらと。濁流の如く押し寄せてくるのは土巨大の大軍だった。
しかし、やはりその行動は単調で愚直。ワーカーは道に沿って真っ直ぐ進撃しながら、落ちてた鉄柱で敵を薙ぐ。
「シッ!」
重機無双、1機当千。
右へ左へ体を振って両の腕にもった鉄柱をぶん回す姿は、まるで削岩機のよう。
アクセルを踏みながら両腕に掴んだアームリンカーを振り回す。
「ね、ねぇ。これどこにむかってるの?」
猛る明人の膝上で、ユエラは肉感的な尻を突き出すようにして機械的に転回レバーを左右に動かす。
「敵のでどころを叩く。この数が街に待機してたとは考えられないからな」
「ん、りょうかい。それにしても、あの子言うだけあってかなり強いわね」
「……それな」
稀にモニターを小柄な影が白縋とともに横切った。
しなやかな足で荒れ地を蹴り、強靭なバネで空に跳ねる。
白槌の一撃は巨人の頭部を粉微塵に弾き飛ばし、勢いそのままに巨人の肩から肩へ。ついでのように頭のみを潰していく。
戦場を生きるその姿に幼女の面影なし。今は勇敢なひとりの戦士。あの一撃を素っ気なく受け止めたリリティアとは。
「疲れたらワーカーの下に隠れろよ。停まってやるから」
『まだまだ余裕のよっちゃんじゃ! 数も減ってきておるわ!』
ルスラウス大陸七不思議のひとつ、死語すら翻訳する余計なカバー力だった。
ラキラキの言うとおり、採鉱地区の最奥、切り立った崖側からなだれ込んでくる敵の数は、ややまばら。始めの土石流のような勢いと比べればまるで清流のよう。
「これでようやく打ち止めかしら?」
『どうじゃろか?』
モニターの手前となかで、ふたり同時に首をかしげた。
「いや、あの岸壁の根っこの辺りから湧いてきてるな」
『らじゃっじゃ。むかうのとするかの』
気の抜けた返事をして、ラキラキはてててっと靴音高く残敵の処理にむかう。
そして、こちらも4脚で敵の残骸を踏み鳴らしながらてそれについていく。
採鉱地区は街ほど景観を重視していないのだろう。申し訳程度に寝泊まりができそうな建物があり、これから運ぶのであろう土砂や道具がそこらじゅうに散らばっている。
「あれって投石器かしら?」
磁気のように綺麗な指先が向けられた先には1機の投石器があった。
人には打ち出せない巨大な質量の石を投擲して城壁を崩す名のしれた攻城兵器である。大軍に打ち込めば無論人をも押しつぶす。
「なるほど。この街から前線に兵器を送ってたわけか」
イェレスタムの街はもっとも国境であるヤーク川に最も近い。国境沿いの防衛が整っているのであれば運搬に時間の要する兵器を戦場の近辺でこしらえるのも効率的ではある。
ただ、明人が気になったのは投石器の大きさだ。
加工した木を束ねて塔のように組み上げられた投石器。およそ岩を投擲するにはあまりにも厳か。
今は埃を被って眠っているが、あの建造物にはドワーフの技術力とエルフに対しての殺意が見え隠れしている。
『あそこに洞窟があるぞー!』
モニターのむこう。そそり立つ岸壁にポッカリと口を開けた穴がひとつ見えてくる。
「かなり目立つな。普通、あんなのがあったら気づかないのか?」
「ううん。たぶん昨日までは塞がれてたんだと思う。リリティアたちが調査したんだもん気づかないわけがないわ」
最後の土巨人を薙ぎ払うと崩れ落ちる音を節目に周囲は水を打ったかの如く静まり返った。
ワーカーがギリギリ入れる程度の妖しい洞窟だった。
そしてその手前に影がひとつほど佇んでいる。
顔を隠すように目深にかぶったフード。ちらりと弧を描く紅の引かれた唇。
「っ! ――あ、アイツよッ! 間違いない! ヒュームと協力して私に攻撃してきたエルフだわ!」
それを見たユエラは血相を変えて身震いした。
すべてのはじまりであり、救済の導の崩壊につながった誘拐事件。
ユエラから事件の発端を聞いた当初は混血を嫌う差別的なエルフによる結託だと明人は思っていた。
しかし情報が整った今は違う。あれこそ諸悪の根源たる一員か。
『…………』
すると、画面向こうの女は踵を返して洞窟のなかへと消えてしまう。
「明人追って! すぐにッ!」
「ユエラ落ち着け」
「落ち着いていられるわけないでしょ! アイツがすべての元凶かもしれないのよ!」
「いいから」
「――ッ! もういい! 私ひとりで追うから早く開けて!」
そう言って、ユエラは必死に内側から分厚い合金の板を叩く。
表情はこわばり、明らかに冷静さを欠いた行動だった。
それもそのはず。魔草作製の裏側で魔法の腕を磨き始めたのもあの事件以降から。ユエラにとってあの女は心を蝕むトラウマの種。乗り越えねば前に進めない壁なのだろう。
『どうするのじゃ? 逃げられてしまうぞ』
「お願いよ! アイツは私の手で倒したいの! もう負けたくないの!」
髪を振り乱し、すがりついて彩色異なる瞳を滲ませるユエラ。
「……」
明人は無言でアクセルを踏む。
ワーカーを洞窟の入り口へと近づける。
なかを覗けば闇が渦巻きどこまでつづいているのかわからない。スピーカーを通して聞こえてくる風の音は亡者の呼び声の如くおどろおどろしい。
「倒せればいいんだな?」
「そうよッ! アイツが倒せればなんだっていい!」
「おっけい」
軽い返事を返し明人は靴を脱いで先程までユエラに任せていた転回レバーを横に倒す。
そして、ワーカーのひねりを利用し、勢いよく洞窟の上部をワーカーの持っている鉄柱で突いた。
「――あっ! あ~あ……」
ガラガラと。音を立てて洞窟が崩れ落ちた。
みるみるうちに埋まって洞窟の入り口が閉鎖されていく。
「そういうことするんだ……。いや……アンタならそうするわね……」
『かな~りエゲツないのじゃ』
誰がなんと言おうと明人には知ったことではない。
当初の目的である敵の湧きを止めるはこれで達成された。あわよくばエルフの女が閉じ込められればそれでいい。あとはリリティアが合流したときに掘り起こしてなんとかしてもえば事もなし。
避けられる闘いは避ける。避けられぬのであれば策を弄する。安全かつ完璧な卑怯は長生きの秘訣だ。
明人は洞窟からワーカーを離して、上部ハッチから顔を出す。
空は黒ずんだ綿雲が敷き詰められており、遠方のほうでときおり稲光が瞬いている。
「よいっしょっ。ふぅ……辛い闘いだった……」
積み重なった大小さまざまな石は山の如く、素手での脱出は不可能のはず。
「むっ、注意するのじゃ。まだ終わりではなさそうだぞ」
しかし、それは地球の定義にのっとった人間ならばの話。
ラキラキの睨む先。岩岩の隙間から液体が線のように漏れ出ていることに気づく。
直後。飛び出してきたひとまとめの水は鉄砲水の如く岩を押しのけ大地をべたべたに濡らした。
水の勢いが収まり、見れば2つの分の人影がヒキガエルのような恰好で地面に横たわっている。
「な、んで……!」
そのうちひとつが小刻みに震えながら起き上がる。まるで濡れ鼠。
「なんで入ってこないのよおおお!」
エルフは這いつくばりながらもこちらへ罵声を浴びせてきた。
淫靡な口紅のワンポイントはもはやただのまやかし。顔と衣服を汚泥でずぶ濡れにした気の毒な長耳の女。
隣では華奢な体躯の二つ結びが無様に伸びている。
「そりゃあ……あんな露骨な罠に引っかかるほうがおかしいでしょ」
「お、おかしくて悪かったわねっ! 罠だって知ってたんならさきにいってよ!」
ユエラも顔を出してこちらをじろりと睨んだ。
いつの間にかラキラキもワーカーの上に避難している。
「アンタが現れてからというものなにもかもが裏目だわッ! 隠してた重要な研究施設は壊滅するし、手をこまねいてたエルフどもの進軍は早まるし、挙句の果てに時間稼ぎまで邪魔するとかなんなの!? 尻尾巻いて剣聖のほうにむかいなさいよッ!」
濃いめの化粧に泥をまぶして怒鳴る姿は、鬼の如く。実に滑りの良い口である。
「なんなのといわれても……」
明人にとっては言われもない避難だった。
相手の悪逆さを知っているため、どれだけみすぼらしくても同情の余地はない。
それでも怒りが収まらないのか、長耳を激しく上下に動かしながら女エルフは唾を飛ばし飛ばし怒鳴り散らす。
「大扉と双腕だけでどれだけの時間を費やしたと思ってるのよ! しかも今度は血の盟約で縛られていた剣聖まで――」
どこまで喋ってくれるのだろう。明人は心をときめかせながら傍観し、聴きに徹する。
「むぐっ!」
「ティルメル。黙る」
すると、横で伸びていたはずのエーテルがすばやく起き上がってエルフの口を塞いだ。
「オマエらは何者だ? 目的はなんだ?」
この問いに、エルフではなくもうひとりのゴシックロリータ調の少女が冷淡な声色で答えた。
「私達は救済の導。魂の帰郷、促すもの」




