57話 ならば、新装開店幼女による癒やしのヴァルハラ(幼女)
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「けぷっ……変態が作ったわりには結構美味しかったわね」
ユエラは皿の上の料理をたいらげ、口から控えめに吐息をこぼしながら自身の腹部を撫で擦る。
食後で体がほてっているのだろう。抜いだ外套を空いている席に避けて、うっすらと額には髪が貼りついていた。
「うん……というか、こっちの世界にきてから魔物以外の肉食べたのはじめてかもしれない」
明人とて同意するが、リリティアの料理に不満は1ミリたりともないと断言できる。
しかし材料は野を這いずり回る誘いの森産の魔物だった。いわゆるこの世界に生きる種にとって如何食と呼ばれる類のもの。
たまにはこういう普通の食事もいいな、と。明人は、異世界で酪農への挑戦意欲を高めた。
一方、リリティアは食べ終わった皿を渋い顔で睨んでいる。
「むむむ……この味付けなかなかにやりますね……」
なにやらぶつぶつと考えごとをしているようだった。
ちらりと。カウンターの端の席に座って暇そうに足をぶらぶらさせているラキラキを見て、本来の目的を思いだす。
「ごちそうさま。ミブリーさん。そろそろここにきた目的を果たしたいんだけど」
そう明人が尋ねると、腰を勢いよくグラインドさせながらグラスを磨いていたミブリーの身振りが停止する。
ラキラキが持ってきた情報によれば、ここには魅了に掛かっていない子がいるとのこと。しかし、それでかろうじて記憶が残っているとはどういうことなのだろうか。
「あきとちゃん。アナタけっこう鈍感ちゃんかしら?」
ぷにゅ~ではなく名前で呼ばれても、明人の肌は泡立った。
「ええ、明人さんはかなり鈍感さんです」
そして、料理の研究結果らしきものをメモしていたリリティアが、それに応じる。
「なんでリリティアが答えてるの? 普通、そういう素振り見せたことがある子が言う言葉だよね? オレけっこうそういうの見逃さないよ?」
明人は童貞である。彼女ができたことはまだない。
ゆえに、仲良くしてくれる娘がいれば問答無用で好きになれる自信があった。
なお、なにかを企んでいるであろうリリティアと友だち契約を交わしているユエラは、明人が惚れる娘リストからは自動的に除外された。
すると今度は、隣で優雅に食後の紅茶を嗜んでいたユエラがうんざりとした冷たい表情で、こちらの視線よ横切るようになにかを指さした。
「なに?」
「その娘のこといってるのよ。っていうか、食事中ずっとアンタにしがみついてたじゃない」
ぽっ、と。熱の籠もった視線をひとりの薄着の褐色幼女が送っていた。
しかも明人の左腕は完全にロックされてすでに半刻、触れ合った肌と肌はじっとりと汗ばんでいる。
「いや、気づいてはいたよ? でも、目を合わせたら追加料金とられるのかなと思ってさ」
明人は童貞である。女性への警戒心は年季が違う。
一目惚れされるなどという甘い考えはとうの昔に捨てている。世は非情なのだ。
「んもぅ! 失礼しちゃうわ! 恩人ちゃんたちからお金はとらないし、そんなアコギな商売もしてないわよんっ!」
汚物から逃げるように視線を外すと、ここでようやく明人は左腕を拘束している主と目が合った。
ピクリと。幼女は震えて視線を逸らす。逆に肌の接地面が増えてより締め付けが強くなる。
「ぁ……その、うぅ……!?」
なにやら頬を染めて下唇を噛む。
すると顔を見ればようやく記憶が蘇ってくる。
彼女は魅了解放班として活動していた際に広場でぎゃん泣きしていた娘だったはず。そして、最後はやけに逞しい男によって抱きかかえられながら帰っていったのだ。
降り注ぐ視線に耐えられなくなったのか幼女は消え入りそうな声で自己紹介をはじめる。
「……あの、その……わた、し……き、キューティー・キャットといい、ます……」
制服のアクセサリーなのだろう。その明るい髪には三角の耳が2つついた愛らしいカチューシャが乗せられていた。
「その耳……猫ってこの世界にいるの?」
「ね、ねこさん、ですか? これは、ワーキャットの、おみみさん、です……」
ルスラウス大陸七不思議のひとつ、誤翻訳だった。
左手の薬指に嵌められている神より賜りし宝物の模造品まなまなちるちる。もといマナレジスターも発動条件は意識して名前を叫ぶだけ。この世界の道理は非常に大雑把なのだ。
「《ローライトニング》」
底意地の悪そうな笑みを浮かべたユエラから極力押さえられたの魔法の電撃が弾けた。
電子ライターのアレでカチッとされたような痛みが明人の右腕を襲う。
「――痛ァッ! なにしてくれてんの!?」
「アンタ背の小さい子にモテるオーラでもあるんじゃない? 最近モテモテねーよかったわねー」
頬杖に乗った薄ら寒い笑み。なお、目は笑っていない。
ウッドアイランド村で出会ったエルフ、シルルを始めとしたドワーフのラキラキ、そしておそらく源氏名であるキューティー。近ごろ明人の周辺はロリっ子ばかりが居着いている。
「だからオレはノーマルなんだって……」
「さあどうだか? そういうこと言うやつにかぎってえげつなかったりするものよ」
明人がため息をつく横で、リリティアはすまし顔で手帳をパタンと閉じた。
「明人さんもユエラも、遊んでないでそろそろ話を始めましょうか」




