56話 ならば、新装開店幼女による癒やしのヴァルハラ(筋肉)
飛び交う怒号。鉄を叩き岩を穿つ騒音。
ドワーフたちはノミや木槌を片手に破竹の勢いで風化し寂れてしまった街を修復していく。
手足をくすぐられるような、心がわくわくするような。
久しく味わっていない現場の空気に明人は、瞳を煌めかせた。
「オレも手伝ってきちゃだめかなっ!?」
「ダメよ」
「ダメです」
ぴしゃりと。前を行くふたりは首を横に振られてしまう。
明人は深く肩を落として振り子のように揺れ動くリリティアの三つ編みを手にとった。
せめてもの抵抗。こうすることでペットの散歩をしている気分に浸れた。
街の近郊に隠してある愛機を連れてくれば街の復興に多大な活躍が見込める。解体建築なんでもござれ。他者の暮らしに貢献できる工作がとても大好きである。
「明人さんをこの街に長居させるのは危険ですね」
「そうね。さっさと話を聞いて出ていきましょ」
救助作業を完遂した一党らがむかっているのは長の家だった。
ラキラキの話によれば、かろうじて洗脳中の記憶が残っているドワーフがいるのだとか。
基本的に魅了されていた者には日常を謳歌しているという偽りの記憶が植え付けられているらしい。ゆえに黒幕の情報はなにひとつ得られなかった。
ただ、治療を終えたドワーフが口を揃えてなにかを作っていたと言う。
その発言をもとに、街に複数存在する工場を訪れてみたものの、そのなにかを見極めるにいたる物は一切存在していなかった。
「証拠を残さぬよう命令をしていたのかもしれないですね」
色白のシャープな顎に手を添えてリリティアは、考察する。
しかし、技術者である明人の考えは違う。
「ついたのじゃ! ここじゃ! 入るのじゃ!」
三者三様。うんうんと唸っていると、初夏に負けぬラキラキの活気が街道に木霊した。
西部劇に出てきそうな両開きの扉には貸し切りと書かれた紙が貼られている。
「……ここ、酒場よね?」
「ですね?」
タンブルウィードが転がってきてもおかしくない様相の無骨な見た目の建物があった。
年季の入った音とともに扉を開けば、ツンと鼻につく濃ゆい熟成された木とアルコールの香り。ここは間違いなく酒場。
「――いらっしゃいませぇッ!」
「いらっしゃいませー」
腹に響く低音が鼓膜を叩いた。
それにつづくのは小さな鈴を転がすが如く色とりどりの声である。
カウンター越しに現れたのは筋骨隆々の男と、水着のように布面積の少ない制服を身にまとった幼女が複数ほど。なお、男の姿はワイシャツを着ずにベストを羽織ったようなバーのマスター風である。
身長が2メートルはあるであろうマスター風の男は、仁王立ちで鼻息を荒げた。
「私はこの街の長! つまり、この店のマスターよんっ!」
つまりがつまっていない。
――……ここで退治しておくべきか?
そっ、と。明人は、肩に下げた散弾銃RDIストライカー12を掴もうとするも、伸びてきた手によって制されてしまう。
見れば、ユエラが力なく首を横に振っていた。
リボルバーのような回転弾倉の残量は、5と2。あんな異物に貴重な弾を使うのは気が引ける。しかし、地球産の銃は果たしてあの分厚い肉の鎧に致命傷は与えられるだろうか。
「さあミニマムちゃんたち! 救世主様がたを案内しちゃってちょうだいなっ!」
鶴の一声ならぬ、カマの一声だった。
それによって幼女たちは一斉にこちらへ群がった。
腕にしなだれかかるようにして、露出しているふにふにの肌を密着させてくる幼女もといドワーフの女性たち。そういう店か、と。
「エルフって常識的だったんだなぁ……」
「ここが異常なだけよ……大陸を勘違いするのやめて」
きゃぴきゃぴと。黄色い声が止まらない
明人たちはなされるがまま。小兎たちによってカウンターの席へと誘われる。
そして近づいてわかる男の巨大さ。丸太のような腕は絡まって筋をつくり、こんもりと盛り上がった大胸筋は鼓動する。
女性の大半は好まなそうな威圧感のある肉体だ。しかしなかなかどうして男としては憧れる。
「私の名前は……」
不意にはじまる自己紹介。
たらこのようにみずみずしい水分を含んだ唇から紡がれるは、重低音かつナイーブ。
「ミブリー・キュート・プリチーよッ!」
「うっ――嘘つけぇぇぇ!! そんな名前つける親がいたら会ってみたいわァ!!」
「よくわかったわねっ! これは源氏名よっ!」
「でしょうよッ!! なんなんだこの店はァッ!」
宿も兼ねているのか二階へとつづく階段がある。おまけにカウンターの奥にはオカマときたものだ。
するとミブリーは吐き気をもよおすダンスを踊りながら答えてくれた。
「昼は、もてなす小鳥たち……夜は、愛に飢えた男たちの止まり木へ――そうっ! ここは癒やしのヴァルハラ! そして私は街の長!」
「だから、接続詞が接続されてないんだよ! つーか、ただのお水系列の店長じゃねーか!」
カウンターに拳を振り下ろす。意外といい木材を使っている。
「あらん? 情熱的ねぇ……んむちゅっ☆」
「グホォッ!? 粘りつくような嘆き、っす!?」
ねっとりとした粘つくような投げキッスだった。
直撃を受けた明人は腰をくの字に曲げて耐え抜く。
繰り広げられる男と漢の闘いにミニマムたちはきゃいきゃいと拍手を送り、ユエラは大きなため息を漏らす。
兎にも角にも自己紹介をされたのならば返すのが礼儀だろう。
「フゥーッフゥーッ……オレの名前は……」
「ぷにゅ~ちゃんでしょ? ラキラキちゃんから聞いてるわ。うふんっ、かわゆいお・名・前よねんっ!」
くねくねと。ミブリーがウィンクを暴投した。
この存在はここで絶っておかねばならないと本能が告げる。
おもむろに明人は散弾銃を構えた。
「あぁもう! ストップストーっプ!」
地球の技術と異世界のマッスル。雌雄を決する戦いの幕は、ユエラの乱入によって破り捨てられた。
丸い尻を突き出し豊満な胸をカウンターに押し付けるようにして、ミブリーとの間合いに割り込んでくる。
「ユエラどけぇぇぇ! 殺らなきゃヤラれるんだぁぁぁ!」
「ちょぉ――暴れないでってば! リリティアからもなんか言ってやって……よ? って、リリティアどうしたのよ?」
さきほどからリリティアは黙ったまま。
普段であればこの店のような異質な空間やイベントごとを好んで高揚するはずが。今日はやけに静か。
「ほぉぅ……」
うっとりと。桜餅のような頬を押さえるようにしてリリティアは、ミブリーに熱い視線を送っていた。
「岩のような筋肉によって押し上げられた清流の如く浮き上がった血管……波打つ肉と肌にボールのような肩……。均等に鍛え上げられた6枚の腹筋の狭間に谷まであるっ……! あぁ……むなげぇ……」
ピンク色の艶めく唇から紡がれるのは、呪詛か。
口元をひくつかせながら明人とユエラは目を見合わせた。
「叩いたら直るかな?」
「……待って。性癖は十人十色よ。寛容に生きるべきだわ」
一理ある。
すんでのところで振り下ろす直前の手を止めた。
「あぁ……うでげぇ……」
「でも、一発だけなら私が許すわ」
「了解」
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