49話 【先遣隊VS.】ドワーフ国境の電撃戦 土くれの巨大群
ワーカーの上で、ヘルメリルはスカートの裾を長尺のマントの如くはためかせながら言い放った。
「――聞けッ!! 勇敢なる森の戦士よ! 我は女王! ヘルメリル・L・フレイオン・アンダーウッド!」
玉を転がすような活気ある美声が静寂を切り裂く。
斜面を埋め尽くさんばかりの草原の如く佇むエルフたちは静かに女王の言葉に耳を貸す。
「我々森の民は、今この時を持って盾を捨て剣となるッ! 長きに渡る山の民との戦の終焉を、汝らの勇猛な剣閃によって幕引きとするッ!」
正面を切って掲げられた陶器のような白い手に集う、地を揺るがさんばかりの喝采。各々が手にもった武器を押し上げ、その勇壮たる景色はまるで暴風を纏った草木如く。
間もなく、御光を背負った森から日が差す。
高鳴る心臓の鼓動は、もはやエンジンの音をもかき消すほどに収縮拡張を繰り返すだけ。
「はじまるわ」
膝の上に座ったユエラがモニターに映しだされた敵の群れを見ながら語りかけてくる。
この状況に怯えているのは明人だけではないらしい。密着している箇所からも小刻みな震えがつたわってくる。
明人は、座席両後部にあるアームリンカーをがちゃりと引っ張り出す。
「私たち……大丈夫よね?」
ふわりと。鼻孔をくすぐる汗と柑橘系の甘い香り。潤んだ彩色異なる瞳。長耳が情けなくしおれたように垂れ下がり、ふるふると揺れ動く。
華奢な肩にアームリンカーごと手を添えると、ワーカーごとユエラを勇気づける動きをした。
明人の視界は非常に良好。青竹の如く艷やかな髪のむこうにあるモニターのうち左右の2面しか見ることがかなわない。
「そのレバーを左右に動かせば上半身がその通りに回るから。オレはそれに合わせて連中をぶん殴る。オッケー?」
「うん……やってみる」
今搭乗しているワーカーは、形は変われど元重機。移動しながらアームを動かす事態なぞ想定していないため、二人羽織のようになるのはやむを得ないこと。さもなくば空いている左足で操作する。
操舵はいらない。両爪で固定した丸太をぶん回しつつ、愚直に土巨大の壁へ進撃するのみ。
ヘルメリルの見立てによれば近くに敵を御する仕手の気配はないとのこと。つまり相手は、領内に入った敵を攻撃することのみを命じられた烏合の土くれ。
一番槍で広範囲に散らばった敵を引きよせて大隊が囲い一網打尽にするという作戦。
務めるは、ワーカー、剣聖リリティア、精鋭たる数十のエルフとなっている。
「リリティアもケガしないようにね」
ヘルメリルとともにワーカーの上でお披露目しているリリティアへの呼びかけた。
「はーい、だいじょうぶですよー」
姿は見えずとも笑顔であることが容易に想像がつく。気の抜けた返し。
「――では、参ろうッ! 我等の手に栄光をッ!」
再度大地を揺るがさんばかりの喝采が鼓膜を叩く。エルフの女王によるありがたい演説が終わった。
明人はすかさずコンソールを叩いて上部ハッチを閉じ、マイクのスイッチを入れる。
「イージス所属! イージス3! 舟生明人! ――出撃するッ!!」
アクセルを目一杯に踏み込めば、鬨の唸りを上げて円球4つ足が疾走する。
その最大時速は40キロ。走るよりは早い。
赤いベールを纏ったエルフの精鋭たちも《ストレングスエンチャント》による恩恵を受けて飛ぶように並走している。
御光の招来。風を切り、地面を蹴れば下生え抉り、後につづく数万のエルフの猛りは空を赤く燃した。
『またお会いできて光栄です』
カメラに映しだされたひとりのエルフ。無数の傷跡があり、剣を片手にこけた細面をくしゃりと歪めて笑っている。
ピンと。ユエラのしおれた長耳に活が入った。
「あっ! アナタはシルルの代わりに取り引きにきた、世間話の!」
『おおこれは心強い! 自然魔法使い(ネイチャーマジシャン)のユエラ様もご一緒なのですか!』
「や、やだっ……様だなんてやめてくださいっ!」
緊張の面持ちはどこへやら。ユエラは耳の先まで赤く染め、両手で頬を押さえながらやんやんと恥ずかしそうに首を横に振った。
明人はアクセルを踏む足に乗った柔らかな感触を満喫しながら、思う。
――エルフってみんなかっこいいし薄緑色の髪してて覚えずらいんだよなぁ。
しかし、記憶が正しければユエラ救出作戦に参加していた者のひとりであろう。でなければこんな最前線にいるはずもない。
深くゆったりと流れる国境までの距離は、あと僅か。ふと、不穏な笑い声がスピーカーを通して耳に入ってくる。
『クククッ……これぞ深淵を溶かす希望の宴ッ! このときをどれほど待ちわび焦がれた聖戦かッ!』
ヘルメリルも決戦を前にして気分が高揚しているのだろう。
いつも以上に余計にバリっていた。
『冷然たるは我が勤めなり! 冥界より這い出る怨恨の寒風は我に仇なす彼奴らを凍てつかせるにふさわしい!』
つらつらと。よく滑る口から常軌を逸した単語がつらつら紡がれゆく。
ヘルメリルの二つ名は語らずの呪術師。詠唱の一切を省略して魔法を現界させることで有名な世界最強の魔法使い。
ここでふと、明人の頭に疑問が生じた。
「あれ? コレ、唱えてるの? 無詠唱魔法が売りなんじゃなかったっけ?」
『いえ、これはメリーがいつもやる前口上です。ちなみに、詠唱より長いときのほうが多いんですよね』
リリティアの捕捉を聞いて、明人はがっくり肩を落とす。
「サイレントのアイデンティティ死んでるじゃん……もう喋る呪術師で――げっ! 川が近いッ!」
ずかずかと。気がつけば草原は終わり4本の鋼鉄が河川の石を砕いていた。
もはや川のほとり。緑の斜面はリリティアの胸の如く平坦で、砂利となっている。
ワーカーは重機である。飛べないし、泳げない。その膨よかに肥えた豊満球体ボディーはよく沈むこと請け合い。
このまま突き進めば敵の反撃待たずして終戦となるだろう。これではただの手の混んだ集団入水自殺でしかない。
「遊んでないで作戦通りにさっさと魔法使えってばぁ!」
明人はマイクにむかってひたすらに怒鳴った。
先にたてた作戦ではもう川は歩けるようになっているはずなのだ。
『ククッ……囀るな。たかが知れるぞNPC』
ヘルメリルの罵倒が耳に入ってくるのと同時だった。
あまりの神々しさに明人は自身の目を疑った。
まるで絵本のページをめくったかのような刹那の出来事である。
静かに流れる水は鏡面の如く。それはまるで時を止められたのように凍てついていた。
「す、すごい……上級冷却系の魔法のかしら? 本当に無詠唱で《エピックマジック》を発動させちゃったわ」
モニターに映った光景を見て信じられないとばかりに、ユエラは熱のこもった吐息を漏らす。
舐めていた。見くびっていたともいえよう。およそ地球で考えうる超常的な現象をくしゃくしゃに丸めてクズ箱に投げ捨ててしまいたくなるほどに異常だった。
「……自宅でリリティアが剣を持ってた理由がようやく理解できたよ。こいつ……ヤバい……」
秀でた才能によって他者に敬われる者とは言ったもの。
性格ともかく世界最強の名を賜るL級を過小評価するものではないと学ぶ。
『私に対して楯突く者も久しく現れなんだ。どうだ? 貴様も私にへりくだるか? 人間』
つまらなさそうでどこか乾いた声色だった。
いつもの気迫の感じられない薄い台詞。
バリっていると形容するも、明人はヘルメリルが嫌いではない。
王の座につくものが前線で兵を従え、ともに舞う。そんな破天荒な立ちふるまいをする女性をどうして嫌いになれようものか。
「せっかく見知った相手だってのに冗談言うなよ。なに考えてるのか分からないうちの料理長のほうがよっぽど怖いね」
『ハッ! それには、いたく同意だ! あれには私も苦渋を味わわされたことがある!』
『……あとでおふたりにはお話がありますからねぇ?』
互いに顔は見えずとも笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
ともあれ後顧の憂いは露と消え、重機は氷上を駆け、エルフたちは滑るように疾駆する。
ずしりと。鉄塊が踏み込んでなお割れぬ結晶のような河川。川底まで冷え切っているのかもしれない。
と、ここではじめて敵が動きを見せた。
対岸の土巨大たちは、無造作に己の体の一部を千切りだす。
そして投擲。対岸から砲弾の如く無数の土くれがこちらに襲いかかった。
「――ッ! 全員ワーカーを盾にしろッ!」
明人がマイクにむかって言い終わるのが先か。
敵との隙間に割って入るように正面に巨大なヘックス状のパネルのようなものが現れた。
それは魔法壁。淡く透けたそれは敵の攻撃をなんなく防いでいく。
『その意気は良し。しかし手間はとらせん。貴様は前へ進むことのみを考えよ』
ヘルメリルによる至れり尽くせりの支援だった。
つまり、はなからワーカーは戦力に含まれていなかったということ。平たく言えば、おまけ。
そうは問屋が卸さない。明人はアームリンカーを構え直し、ワーカーは両の爪に挟んだ丸太を構える。
「ユエラいくぞ」
「う、うんっ」
氷上から人頭台の石が転がるダートに代わる。明人たち先発隊はドワーフ領に斬り込んだということ。
それと時をおなじくして、土巨人は土砂の如く押し寄せた。
「左ぃ! 右ぃ! もう!回、左ぃ! 右ぃ!」
ユエラの転回に息を合わせて、明人も左右に腕を繰り出す。
石から鉄へ進化した人類の新戦術。両手に丸太。その効果は絶大だった。
未加工の棍棒によって巨大型の上半身を撫で、もぎ取られた土巨大はワーカーに近寄ることすらできず土に還っていく。
『ハッハッハ! これはなかなかに爽快ではないか! そうだな、貴様には重きを律する者という名を贈ってやろう!』
奮闘する重機によって女王はご機嫌だった。
そして、カメラを横切る白い鳥。尾のように、朝日をまぶした金色の三つ編みを揺らして剣を抜く。
『では私も駆けましょう』
リリティアは、エルフたちを守るようにように土巨大たちを薙いでいった。
舞台よろしく戦場を舞う剣聖だ。繰り出される剣閃は1本で巨人の両足を裂く。俊足で横切れば次々と巨人は地面に倒れ伏した。
国境線の壁といえど異界の技術と神域の剣の前には皮膜同然。だが、まだ終わらない。
ここからはエルフたちの出番。作戦の要。本陣はそれを合図に動き出す。
「横に動きつつしばらく耐える! 疲弊、もしくは怪我をしたらワーカーの下に潜れ!」
合図とともに三々五々に散っていたエルフたちがワーカーを取り囲んだ。
簡易な移動式防衛拠点を担う重機。敵寄せのチャプター。
敵の残骸を散らしながら機を見てまた進軍。領内で背後を突かれぬようここでより多く粉砕しておかねばならない。
なにせもうエルフたちは長きに渡る戦つづきで余力を残していない。
360度、土巨大たちは無限とばかりに這い寄ってくる。
体躯は重機よりは低く鈍重だが、それだけに一撃はエルフたちを簡単に押しつぶすだろう。
『《ウィンド》!』
エルフによる風の刃が土くれを断片に変えていった。
負けじとつづく双腕で必殺の材木が振るわれる。
あちらではくるくると。スカートを花の如くひらめかせるは、白の舞い。
『明人、貴様には感謝するぞ』
ふと、息継ぎの合間に割り込んで静かな囁きが明人の耳を掠めた。
「……? なんだよいきなり、らしくないな」
『村人たちの毒気の浄化。剣聖の助力。そして、この私も救われた』
その言葉は、神経を研ぎ澄ませていなければ消え入ってしまうほどに弱々しい。
『まさか……呪術師である私まで覇道の力に侵されるとは思わなんだ』
覇道。
それはヒュームの神より賜りし宝物。
ヒュームと世界の戦争後、現在行方がわからなくなっている拡散する覇道の石。
それは真綿で首を絞めるが如く、数百年という時間をかけて大陸に支配の毒気という呪いを漂わせている。
だからこそ種は多種を憎み差別し蔑む。これらすべてが現在の持ち主が起因していると、明人は予測している。あくまで予測。
『貴様に、その指輪に触れられてはじめて自身が狂乱していたことを知った。感謝する』
咄嗟に明人の手のひらへ大きく簡単に形を変える感触が蘇った。
「……こ、こちらこそッ!」
「なんでこちらこそなのよっ! どういたしましての流れでしょっ! もしくは、キニスンナ、とかさぁ!」
黒いレースの下着と柔らかで豊満な感触は一生モノの宝物である。
少なくとも童貞にとってはアレは刺激が強すぎた。
『フフフッ、愉快愉快……――さぁ、行けッ! 残党は、この語らずの呪術師と寵愛の兵で滅してくれる!! 突き進めッ!』
トンッと。ヒールを蹴る音とともにヘルメリルの声が遠くなっていく。
そしてここからが最終フェーズとなる。
横切る影を横目に明人はマイクにむかって荒野に猛る。
「前進ッ!! 目標はイェレスタムの街!!」
周囲で防衛をおこなっていたエルフたちが離れるのを確認して、アクセルを一層強力に踏み抜いた。
ここからが先遣隊の仕事となる。
そのための精鋭部隊。最終目標はイェレスタムの街を経、ドワーフ国首都ソイールを目指す。
透けるような空におびただしい数の魔法陣が展開されるのを横目に、先遣隊は敵を押しのけ、ひた走る。
こうして数百年の時を経てドワーフとエルフの壁は、剣聖、操縦士、エルフとハーフエルフの連合部隊により踏破された。
○○○○○




