47話 そのため、戦場ではいっぱいいっぱいです
過去、エルフ種とドワーフ種は互いに手を取り合い共存という形を成していたという。
一方は職人肌で技術向上と開拓を尊ぶ山の民。もう一方は神経質で、大樹ユグドラシルを創造神ルスラウスの偶像とし、また精霊信仰を重んじる森の民。
豪猛であるドワーフ。対義語のように格式高いエルフ。その性質は芯に及ぶまで正反対であるからこそ彼らの道は交わったともいえよう。
その関係はギブ・アンド・テイク。持ちつ持たれつ。発展と充実のために互いの文化の穴を補填する陰と陽。
豊かさを得るために、信頼を与えるように。
力を求め、媚を売るように。
時間を捧げ、金銭を得るように。
愛を与え、愛されるように。
戦争によって衰退していく両者だったが、それでもその手は離さなかった。
昼夜問わず策を巡らし襲いくる敵に、ドワーフは大斧と鉄縋による死力を尽くして盾となり、エルフは精神を削る魔法で敵を蹴散らす。決して馬の合う両者ではなかったが、共に自身の持たぬものを備える者に畏怖し敬意を払い生まれた結束の力。
開放戦争は終結し、無事平穏を勝ちとった。
そして、彼らは道を違えた。
きっかけは些細な小競り合い。エルフの魔法によって作り出した木巨人を見て、ドワーフは土巨人を作った。そして、川にかかった一本の橋を舞台にて戦わせてみたのだという。
「はじめはただの娯楽だったのだ」
しかし歯止めの効かなくなった双方は、やがて川を挟んで罵り合い、逆上するようになった。
「クククッ……戦争がはじまる頃には奴らをを敬うエルフは誰もおらなんだ。恨み恨まれ。むかい合う敵愾心と怨嗟の気がまるで国境のヤーク川を茹で上がらせるかと如く殺伐としたものだったな」
霧が踊る川のむこうに遠い過去を見いだすかの如く、ヘルメリルは曖昧な表情をして目を逸らした。
……………
緑の天蓋がない大空が白みがかる頃、首元に巻き付くような風はいつもよりも少しだけ暖い。
唸りを上げるようなエンジンの鼓動。嗅ぎ慣れた鉄と油に混ざるは、風が運んでくる戦の臭い。
エルフとドワーフ間の戦争への参戦を表明して3日。サラサララの群生地から出発して丸2日。シルクロードを走破した明人たちは、国境沿いの丘に立っていた。
エルフ国境沿いは森からなだらかにつづく草の斜面を下れば戦地ヤーク川。それを威風堂々と一望するは、4脚の台座に球体を載せたようなアンバランスなデザインの宙間移民船造船用4脚型双腕重機ワーカー。
操縦席の固いシートは4脚の揺れもあいまって長旅の道すがらに臀部へ容赦のないダメージを蓄積させた。
「この世界で痔になったらどうなるんだろう……」
「煎じれるわよ?」
「外からサッと塗れるタイプだといいなぁ」
家にいるのとなんら変わりない、友人との他愛もないもないやりとり。
しかし、明人はビビっている。目と鼻の先には戦場が広がっていた。踏み荒らされた草の斜面はところどころが剥げ上がっている。何気なく首を縦に振ったが、現実離れした風景に実感が湧いてくるのも無理はない。
双眼鏡を覗けば、地平と見紛うほどにおびただしい数の土巨大。後方には、数十万のエルフの戦士たちと幾ばくかの木巨大。その睨み合いの丁度鼻先に立たされているのだから生きた心地がするわけもなく。
これから数百年とせめぎ合いのつづいた殺し合いの襷を渡されるのだ。
「フム……やはり何度見てもわけがわからん」
眺めて触って、嗅いで叩いて。
好奇心を隠そうともせずに目を爛々に輝かせてワーカーに飛びついたヘルメリルは、調査の結果を口にした。
「なぜ、これほど巨大な鉄をNPC如きが動かせるのだ……?」
「いやいや、手から火とか水を出すほうがわけがわからないよ? あと、そろそろオレ泣くよ?」
技術士と魔法使いによる異文化コミュニケーションだった。
とはいえ、わかられても困るというのが明人の思い。この剣と魔法の世界が歩み育んできたパワーバランスを崩したくなかった。過程を経ていない超過技術の結果を実経験で理解している。
「明人さん」
鞘に収められた切っ先に両の手を乗せて杖のように、飾りっ気のない純白のドレススカートをはためかせ、凛とこちらを見据えていた。
剣聖。世界最強の剣士の堂々たる佇まいは、どこか手の届かない高みの光にすら見える。
「私を選んでくれてありがとうございます」
びゅう、と。戦場に吹き荒れる風にさらわれる髪をそっと押さえて、リリティアは可憐に微笑む。
その様は、斜面にそよぐ一輪の花の如く、儚く、気高い。
明人は震える5本の指を手のひらに押しつける。
「ああ、もうここまできたら退けないいよなぁ……」
そうすれば小心者の矮小さが勇敢な武者震いに見えるだろう、と。
臆病者がただの善意のみで動くわけがない。この世界で、明人は利己的な行動をとっただけ。
ユエラの救出と救済の導の崩壊は、ワーカーのリモコン回収と恩返し。キングローパー討伐は己の尻拭いと自己保身。
「こちらこそ……」
今回はようやく機会が訪れたリリティアへの恩返し。
それを主としてドワーフの技術にも技術士として興味があり、ユエラをエルフ国で完全に受け入れさせることも容易だろう。賭けてなお、ツリがくる。
「オレを選んでくれてありがとう」
不意に伝えられた心からの感謝に、リリリティアは一瞬だけ面くらいような素振りを見せてすぐに頬を緩ませる。
「……かっこつけてるところ悪いんだけど……足ガックガクよ?」
「ち、違うから! これ、武者震いだから! ぜ、全然ビビってないから!」
横からユエラに言われようと、心と体が同期しないのだからしょうがない。
胃の腑に鉛を詰め込まれたかのような錯覚を覚えながらも、散弾銃を肩に下げた明人はすごくがんばって強がった。
◎◎◎◎◎




