45話 そのため、バリってる呪術師に自己紹介しよう
食器を片づけて席に戻れば、食休みの穏やかなティータイム。プロ級の腕前を余すことなく披露したシェフリリティアの魔物料理で腹は満たされ、ひとときの至福が訪れる。
ヘルメリルは豊満な胸の谷間から可愛らしいハンカチを取りだし、お上品に口元を拭った。
「クックックッ、この私に献上する供物としては……まぁ合格だな」
「はい。お粗末さまでした」
横柄な台詞を気にしたふうもなくリリティアは笑顔で受け流して茶を啜った。
今のはヘルメリル流のごちそうさまの意なのかもしれない。
隣り合った白と黒。気品ただよう剣聖と厳かな語らずの呪術師。モノクロは、まるでオセロの駒のように正反対だった。
すやすやと。お腹がいっぱいになったシルルは、ヘルメリルの膝の上で胸に挟まるようにして寝息を立てている。食事中は椅子に座っていたのだが帰巣本能が働いたのだろうか。もうなにものも自由奔放なちびっ子を止めることはできない。
「しかし、聞いたとおり体内マナを欠片も持ち合わせていないのだな。NPCよ」
「オレ、その名前納得してないからね」
シャム猫よろしくシルルの頭を優雅に撫でながら一言。
明人は体内マナを持っていない。それすなわちこの世界にとっての異端だった。
様々な種族が住むこのルスラウス大陸で唯一無二の人間種。なお、国籍はリリティアの配慮によりエーテル国誘いの森在住となっている。
精霊との対話によって魔法を得意とするエルフ。手先が器用で腕力のあるドワーフ。寿命が人間と同等だが魔法が使え、他種族にはないひらめきの頭脳を持つヒューム。ヒュームを除き、他び種族たちはゆうに無限を生きる。そして、長寿であるがゆえに繁殖力が低く、同種でなければ奇跡が起こらない限り、芽吹かない。
ヘルメリルは意外とでも言いたげに刃物の如く鋭い眼を丸くする。油断のないルビーのような赤い瞳。それでも余裕に満ちあふれているのは世界最強たるいわれか。
「では、なんと?」
「舟生だ」
「ふにゅん……だと? ハッハッハ! 滑稽な名だな!」
「アンタのほうが滑稽だよッ! その長耳詰まってるだろ!」
女王は腹、もといシルルを抱えてからから笑う。初対面どうしとは思えない言葉の応酬だった。
ここまで雑な聞き間違いもそうはない。エルフの女王と対峙する異世界人。この女だけは敬わないと決めた明人は正面切って世界最強の魔法使いにたてをつく。
そんな光景を横目にリリティアは熱々の茶を一息で飲み干す。
「仲良きことは良きことかな、ですねぇ」
糸目で熱い吐息を漏らす普段どおりに気の抜けたリリティア。ただ、腰に帯びた剣鞘はいつでも戦闘に移れるという証拠か。
一方ユエラは、冷や汗をかきながら明人を羽交い締めにして頭を冷やすように訴えかけている。
「さてっ――メリー。明人さんに自己紹介でもしたらどうです? どうせ企み有りきでここにきたのでしょう?」
ぽんっと。手を合わせてリリティアが提案した。
目を糸のように細めて晴れ晴れとした表情は、なにやら物凄く楽しそうに見えなくもない。
「ムッ……貴様がもうわかっているのならば話は早い」
そう言って、ヘルメリルは隣のリリティアにシルルを渡し、ドレスのスカートを摘み上げる。
ちらりと見える細く華奢な足首。そして、枕が平坦になったことでシルルが不満げに眉をよせたのを明人は見逃さない。
「我が名はヘルメリル・L・フレイオン・アンダーウッド。語らずの呪術師。または、大扉のヘルメリル。以後、お見知りおきを」
優美な一礼とともに鞠の如きたわわが2つほどふるりと揺れた。
悪戯な上目づかいにコルセット不要のくびれた腰回り。リリティアを湖の白鳥とするならば、ヘルメリルは雪原の狼だ。
尊厳さを纏うが如く折り目高な紹介を受けて塩対応では粋ではない。そう考えた明人はスニーカーの踵を合わせて横で指を揃え、久々にまともな自己紹介をする。
「オレはイージス隊所属ッ! 人間種ッ! 日本百里基地出身ッ! イージス3ッ! 宙間移民船造船用4脚型双腕重機ワーカー操縦士の舟生明人だッ!」
謎の対抗心を燃やし高らかに自己紹介を返す。
相手がこの世界にのっとった礼を払うのであれば、こちらは自分の流儀で立ち向かうことこそ男。天を揺るがさんばかりの啖呵にシルル含む部屋の全員が目を丸くする。
「……なんか私たちのときよりもずいぶんと丁寧な紹介じゃない?」
ちくちくと。横顔に刺さる湿っぽい視線から逃げるように、顔を背けた。
「オレ、結構人見知りするタイプなんだよね」
「ふふっ、うそつきがいるわっ」
冗談めかせば、少女は後ろ手にこちらを見上げて愛嬌よく小首をかしげる。
肩から青竹のような濃い色の髪がさらりと流れた。
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