35話 ともあれ「ありがとう」こそが癒やしとなるだろう
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「いーやオレがいくね! こういうのは男の仕事なのかなっ!」
「はぁ? 男も女も関係ないでしょ! っていうか、友だちの真似するのやめてくれない!?」
「オレのストライカーのほうが魔法より強いし!」
「はーッ!? この世界のこと知らないからそんなこと言えるのよ!」
往来すら目に入らずに泡を飛ばして怒鳴り合う。
明人とユエラどちらも譲ろうとしない。
一応は互いの身を気づかってのものだけに平行線がつづく。いっこうに譲る気配はなかった。
ならばと、明人はユエラを押しのけて踏み込もうと足を繰り出した直後。
「失礼ですが、お静かに。なかに怪我人がいるので」
いつの間にか家の入り口に長身のエルフが立っていた。
細く鋭利な眉でハの字にして困ったように微笑んでいる。
悲鳴の主か、それとも加害者か。明人は、瞬時に散弾銃のトリガーに指をかけて相手のでかたを窺う。
「遅れて申し訳ありません。この村の村長をさせていただいている者です」
「え――あっ! ど、どうもはじめまして!」
男が深々とお辞儀をしてきたので、明人の横ではユエラも不意を突かれたかのようにぺこりと頭を下げた。
長髪が深い川の如くさらりと流れる。
「こちらからでむくべきだとは思ったのですが、なにぶん村の者がキングローパーの襲撃にあってしまいまして……」
「き、キングローパーですって!?」
申し訳なさ気に頭をかく男の手には包帯と思わしきものが握られている。
どうやらさきほどの悲鳴は治療によるものだったのだろう。
男が嘘をついているようにも見えないので、明人はここでようやくトリガーから指を離す。
「あっ、立ち話もなんですのでどうぞなかへ」
そう言って、男に招かれるがままにふたりは家のなかへと入っていく。
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消毒液のようなツンとする刺激臭が漂った屋内で、怪我人たちの喘ぐ声があちらからもこちらからも。
村長宅ということで、ここはおそらく居住スペースというよりは会議室かなにかだろう。
広々とした部屋に弓などを中心とした武器が散らばっており、シルルが薬瓶と包帯を持ってぱたぱたと駆け回っている。
「私も治療に参加しますっ!」
「――あっ、そこまでしていただかなくても」
この凄惨な光景に見兼ねたのか、ユエラは村長の返事を待たずに怪我人のもとへと駆け寄っていく。
彼女は自然魔法の使い手であり薬草など治癒術を熟知している。適材適所だろう。
「まったく、なぜあんないい子を私たちは……」
村長はため息混じりで、エルフたちに治療を施していくユエラを眺めた。
後悔先に立たずといった調子だ。一方で視線の先にいる彼女の手腕はさすがとしかいいようのないもの。
手早く腰蓑から取りだした魔草を患者の患部にあてがう。通常の薬草とは、煎じて飲み下し療養に使用するもの。そして、魔草とは魔法によってその薬効を格段に向上させたユエラ特製の薬草。魔草と一括りにされてはいるが、その効能は怪我や病気などによって異なるらしい。そうなるとユエラの診察を経て服用するべきではあるが、戦争のなかでは怪我用の魔草のみが必要とされるのだろう。
「《ハイヒール》!」
ユエラが魔法を唱えることで魔草は光の粒子へと変化する。
そして光は降り注ぐ雪の如く傷へと染み込んでいく。
光が収まる頃には傷は跡形もなく塞がっており、さきほどまで痛みに喘いでいたエルフは目を丸くして自身の傷のあった箇所を撫でた。
混血であるユエラだけが扱えるというオリジナル魔法、《ハイヒール》。
瞬間治癒とも呼ばれ、これこそが自然魔法の真価。治癒魔法である《ヒール》と強力な薬効を持つ魔草の合わせ技。ユエラの思いやりが詰まった努力の結晶でもある。
「村長、彼女を村に受け入れたのは利用するためですか?」
ずっと引っかかっていた疑問だった。
今回、作戦と称してこの村へ訪れたのは自身の眼で確認しなくてはならない懸念事項があったからだ。
あれだけ差別的であったエルフたちがユエラを受け入れた理由を気にならぬわけがない。そして、ユエラが村のエルフたちにきちんと受け入れて貰えているのか。
無論、彼女を欺いているわけではない。リリティアへのサプライズプレゼント作戦も同時進行でおこなう予定ではある。
「そう思われても仕方がないでしょうね……その――」
「明人です」
明人には珍しく、姓を告げなかった。
なぜなら、男に舟生(ふにゅ~)さんと呼ばれるのが癪だったからだ。
「明人さん……それが私にもわからないんです。娘が彼女に救出されたことを知った瞬間、なにかが弾けたかのように彼女への嫌悪する感情が消えたのです」
「つまり……ヒュームにシルル、娘さんをさらわれたにもかかわらず、ヒュームの血が流れているユエラへの嫌悪が消えたということですか」
「はい……まったくもって説明がつかぬのですがおよそその通りです……」
前髪を張り付かせて転がるように駆け回るユエラを見ながら、明人は考える。
果たして差別的考えを持った者がたった一度の善行如きで、そうやすやすと傾くものだろうか。
伝統、規則、縛り、強要、強制、共感。当然、同調圧力という可能性も考慮して、異世界人である彼は、ここが地球ではなくルスラウスであることを思いだす。
「そういう他者を操るような魔法は存在するんですか?」
「洗脳系の魔法は存在します。しかし、すべてのエルフをいっぺんに操ることは……もはや生物の域を逸脱しているかと」
1人とひとり。部屋の隅でふたりは渋い表情で、むむむと唸る。
「ユエラってスゴイのかなッ! もうみんな元気なのかな!」
「え、えへへっ……あ、ありがと!」
この部屋にもはやユエラを脅かすものはいない。
シルルは彼女の功績を我が物とばかりにぴょんぴょん跳ね回って賛辞を送った。
そして、つい先程まで重軽傷に喘いでいたエルフたちも口々に彼女を称えている。
褒められる側も長耳を小刻みに動かしているあたりまんざらでもなさそうで。やはり薬師である彼女にとっては、ありがとうこそが妙薬なのだろう。
ともかくこれで明人は、懸念の事実確認だけは済ませることができた。
そして、新たにもうひとつの疑問点が浮かんでくる。
イケてるメンズ特有のシャープな顎に手を添えて唸っている村長に、明人は質問を投げかける。
「そういえば、さっき言ってたキングローパーってなんなのかな……ですか?」
すると彼は長耳をぴくりと揺らして心底口惜しそうに語りだす。
「ローパーはご存知ですよね?」
特性はともかく、明人はローパーを見知っていた。
なぜならリリティアとともに出掛けた際によく狩るから。特性を知らないのは単にリリティアが見敵必殺で食材に加工してしまうから。
「はい。昨日、おひたしにして食べました」
「なるほど。やはり食べ――エぇッ!?」
「茎わかめみたいでおいしかったですねぇ」
後に聞くところによれば普通の種族は好んで魔物を食べないらしいのだとか。
これは人間にとって衝撃の事実だった。
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