30話 ともあれ報われるのであれば
色とりどりの花々に彩られた庭園の中央に置かれた円形の白い茶飲み用テーブル。
ここは所持者によって招かれた者以外足を踏み入れることが許されていない憩いの場だった。
そんな厳粛然としてなお美しい景観を保つ王宮庭園でむかいあってふたりの女声が語りあう。
「模造品の鑑定を終えました。確かに、アナタの思惑通りの代物でした」
貴婦人の如く華やかなドレスを身に纏った優雅な女性。
指にはめていた指輪をテーブルに置くと、優雅な動作でティーカップを手にとる。
「つまりその力も?」
一方は、清楚なドレス調の服を着て後部で結われた三つ編みを首から前へ流した女性である。
彼女が手を伸ばして指輪を受けとると、降り注ぐ陽光を含むように透ける黄金色の髪が煌めく。
「しょせんは贋作です。本物の一品であるアーティファクトとは比較にすらなりません」
「と、いうことは……」
問いを投げかけ、目を細めて嫣然と微笑むは、大陸最強の剣の使い手の称号を持つ剣聖リリティア・L・ドゥ・ティールだった。
「ええ、どこの誰が作ったのかは調査中ですが保険にはなるでしょう」
それを受け、小首をかしげてどこか妖艶に微笑むはエーテル族双王がひとり、上位女王である。
聖女テレーレ・フォアウト・ティールは空気を孕んだウェーブ上の髪をふわりと上品に揺らす。
「それにしても、中立を志すアナタが動くなんて珍しいですね」
「いえ、私は私の意思では動きません。この手綱は彼に握っていただきます。なにせ……操縦士ですから」
そうやって淑女たちは囁き合いながらしばし紅茶で口を湿らせた。
○○○○○
落ちれば永遠を彷徨いそうなほどに雲ひとつない青空の元、明人はゾッとしていた。
「ウッ――! な、なんだ? 今の寒気はッ!!」
庭先で、雑巾を片手にワーカーの表面を磨いていたら唐突に襲い掛かってきた悪寒。まるで背を舌で舐められたかとも思えるほどの不快感に明人は思わずぶるりと背筋を伸ばした。
陽の加減から見て昼前だというのに日差しは肌を刺すように降り注いでくる。日本で例えるならば夏前の6月か7月といったところか。
丸太を編んで作ったような日に焼けた我が家を取り囲む森も、初めて明人がこの大陸にきたときよりも一層青々と萌えている。
「ふぅぅぅ……風邪? 薬煎じてあげるわよ?」
明人の護衛兼魔法の鍛錬に励んでいたユエラ・アンダーウッド。額に玉の汗を浮かべ、そのどこか大人びた切れ長の目でこちらを見上げてくる。
「うーん、たぶん大丈夫」
「そっ、ならいいけど」
ユエラは、汗で貼りついた前髪の横で結った小さな束を払う。
と、今度は瞼を閉じてまたむむむっと眉をしかめた。明日が休みだと言っていたのでまだ魔法の鍛錬をがんばるらしい。
救済の導によるユエラ誘拐事件から1ヶ月が経った。つまり、明人がこのパンゲアのような大陸の異世界にやってきて2ヶ月が過ぎているということ。
普段ならばこの時間はリリティアとともに雑事に励みユエラは夜勤明けで就寝をしていたはず。しかしここ最近は誘いの森の一軒家に大きな変化が起こっている。
それは、ユエラの努力が実を結んだということだ。
彼女はハーフエルフという混血種。同種に忌み嫌われる存在であった彼女の夢は、エルフたちに認められるということ。
来る日も来る日も、魔草というオリジナルの薬草をエルフたちに送りつづけ、そしてこの間の誘拐事件の解決によって大きく注目されることとなった。
無論、それで不幸になったエルフや他種族の女性も少なくはない。しかし、今は目の前に訪れた幸福を祝うべきだろう。
明人は4脚から下生えに飛び降りて10メートル近くある愛機を見上げれば、空を背負い威風堂々たる佇まい。4脚の台座に球体を載せたようなアンバランスなデザイン。宙間移民船造船用4脚型双腕重機ワーカーは、今日も漬物石の如く誇らしげに庭先で見事になぎ倒された一本道の木々を見つめている。腐る前に少しでも加工して材料や薪に変えねばバチが当たりそうだ。
「ユエラー。ワーカーに魔法で水をかけて貰えるかな?」
「ふぅぅぅ。んっ、別にいいけど、それってなんの意味があるの?」
「慰労かな?」
魔法を跳ね除け、敵の本拠地を解体した影の功労者。そして、大陸下部中央あたりにあるエルフとドワーフ国境から、大陸の右下にある誘いの森までの環境破壊した張本人でもある。
「へぇ、エルフの精霊信仰に似てるかも」
その薄いながらも艶のある唇に指を添えてユエラはこくこく頷くと、竹のような色調の長髪もゆらゆら揺らぐ。
会話が成り立つ喜びを明人は改めて噛みしめる。
苦節1ヶ月の努力。それは道に咲く花に語りかけるが如く。必死に毎日語りかけ、諦めてこのリリティアの家を飛び出して、ようやく成したもの。
ユエラからエルフへの思い。明人が勝ちとったユエラの信用。2つの努力が奇跡的に形を成し、居候の身から雑用係まで昇進したのであった。
「あっ、そうそう。これあげるわ」
そう言って、手渡された紫色の液体の入った小瓶。
「? なにこれ?」
「マジックポーションよ。性別変化の」
さらりと。ユエラの口から言い放たれた工事をしろ宣言。明人は青ざめた。
手元の劇薬を腰に身につけている合皮でできた小物入れにそっとしまう。そして股間を押さえて目の前にいる魔女へ抗議の視線を送る。
「うん? あぁ、ちがうの。最初は食事に盛ろうと思って作ったんだけど、今はもう必要かな? って」
小首をかしげ、その彩色異なる瞳を瞬かせたかと思えば嘘寒いことを語りだす自然魔法使い(ネイチャーマジシャン)。こと薬草に関して彼女の右に出るものはいないという。
「お、オレは絶対に愛棒とさよならバイバイしないからねっ!?」
「ふふっ、大丈夫よ。明人はヒューム種じゃなくて人間種なんでしょ? だったら特に遺恨はないもの」
長耳を上下に揺らして年相応の少女のように微笑むユエラを見て、明人は改めてこの異世界ルスラウス大陸の恐ろしさを認識した。




