冬至にかぼちゃのフルコース
今日は一年の中で一番、昼が短く夜が長い。
オレンジ色に暮れ行く窓をぼんやり見つめながら燕は欠伸を噛み殺す。
とはいえ、最近は15時を回れば日が傾き、16時、17時になると日が翳る。空のオレンジはあっという間に紺色に吸い込まれ、気付けば冴え冴えとした夜の色。
こんな風に冬ともなればどんどん昼は短くなる。今日が冬至だ特別日が短いのだ、と言われてもぴんとこない。
ただ、燕にとって助かることがひとつだけあった。
台所に暖かな湯気が立ちこめる頃、窓の外が静かに闇に包まれた。なるほど、確かに今日は少しだけ日が落ちるのが早いのかもしれない。
冷え切った台所、コンロだけが赤赤と燃えている。小さな鍋の蓋を取ると、黄色の湯気が揺れた。
鰹と昆布の出汁が、甘く香る。黄金色の出汁の中に沈んでいるのはカボチャだ。出汁の中にはほんの少しの醤油と、ミリンを落としてある。静かに煮込んだおかげで、カボチャはぎりぎり崩れず縁がほろりと蕩ける程度。
緑色の皮から、身がほんの少しだけ浮いて崩れて角が取れているのは柔らかさの証だった。
続いて燕はフライパンでしっかり炒めた挽き肉に、出汁を少し絡ませる。味が染みこんだ頃を狙って溶いた片栗粉を流し入れると、あっという間にそれは柔らかいとろみ餡となる。
皿に盛りつけた黄色いかぼちゃ、その上から慎重にかけるミンチ餡。ミンチの塊がとろりとカボチャの上を滑り落ちた時、玄関から律子の元気な声が響いた。
「ただいま燕くん、今日のご飯はなぁに?」
暇に見える律子だが、たまには外に呼ばれて出て行くことがある。絵の教師として招待されたり、良くわからない品評会に呼ばれることも多々あるらしい。自分勝手に絵を描くときと違って、こんな時の律子は疲れ果てて帰ってくる。
特に病み上がりの律子は、普段より青白い顔をしていた。
「和食です」
「カボチャ?」
皿を覗き込み、律子が幸せそうににんまりと笑う。
「煮物ね。お出汁の色がすごく綺麗。それと……お味噌汁もカボチャ?」
隣の鍋に煮込まれているのは、細切りカボチャと揚げを実とした黄色の味噌汁。さらに言えば。
「黄色ばかりでお気に召さないと思いますけど、ご飯もカボチャ入りです」
いささかげんなりした風に、燕は炊飯器を開けてみせる。そこには、細切れカボチャを混ぜ込んだ米が堂々と炊きあがっていた。
「あら。炊き込みご飯、さつまいもも入ってる!」
熟れたかぼちゃとさつまいも。白い米が黄色く染まって見えるほど、茶碗の中に秋の味覚の名残が詰まった。
全てを食卓に並べてみせると、それはもう、見事なまでの黄色の浸食である。
「私、黄色は大好きよ」
しかし椅子に座った律子は嬉しそうに笑うのだ。箸を手に取り、カボチャの煮物を一口含むと、じっくりと噛みしめた。
「美味しい。口の中でほろって崩れるの。薄味だけど、ミンチの餡がしっかり味なのね」
「そう言って貰えると助かります。まだまだ……ハロウインを引きずってますので、この家は」
燕は台所を振り返り、ため息を付く。ハロウインの際に届けられたカボチャはまだまだ、そこに消費しきれずに鎮座している。それは無言の圧力となって燕を日々見つめ続けているのだ。
「それに、冬至にかぼちゃを食べると病気にならないそうですし、ちょうどいいでしょう。僕はあまり信じてませんけど」
「なんでカボチャなのかしら」
「ん、が付く食べ物がいいとか。なんきん、でしょう」
出来たばかりのカボチャの煮付けは、繊維がとろとろに蕩けて口の中で静かに甘味が広がる。
ごろり、と食感の違うミンチ肉も面白い。
カボチャ入りの炊き込みご飯はねっとりと、味噌汁の中のそれはほどよい歯ごたえ。同じカボチャなのに、全て食感が異なる。
そのせいで、不思議と同じものを食べている気がしないのだ。カボチャは手のかけかたひとつで、見た目も食感も変わってしまう。
「ただの語呂合わせで、根拠もなにもない」
「私、太陽が一番短い日だから、太陽みたいな黄色のカボチャを食べる日なんだって、ずっとそう思ってた」
味噌汁を幸せそうにすすりながら、律子が笑う。
その言葉に、燕の手が止まる。……なるほど、物は言いようだ。
「寒いからお味噌汁が美味しいわ。お味噌汁にカボチャを入れると、すごく甘いのね。ああ、タマネギもトロトロになってる」
「それは良かった、どんどん消費してください」
「今日は夜が長いんでしょう? 夜にいっぱい絵が描けるから、お腹いっぱい食べておくのよ」
一口頬張るたび、律子の顔色はどんどん良くなっていく。それを眺めながら、燕もカボチャまみれの食事を、一口一口噛みしめた。
振り返れば、窓の外の日はすっかり落ちてもう夜の装いだ。風も年末特有の冷たさ。しかし目前の食卓は、ただただ黄色い。
なるほど、カボチャの黄色は希望の黄色だ。燕は眩しいほどの食卓を見つめて、そう思った。




