第50話 掠奪者
七月の中旬。北隣のメルダース領より、領主のローレンツ・メルダースが来訪した。
何やら大事な相談のためにやってきたという彼は、ミカがヒューイット家の令嬢アイラと婚約したことについて祝いの言葉を述べた後、早々に本題を切り出す。
「モーティマー領で起こった内乱の件は、卿もおそらく知っているだろう?」
「ええ、うちの御用商人から聞いたので存じています。確か、前当主の弟、現当主の叔父にあたる人物が反乱を起こして、最終的には現当主が勝利したのでしたね?」
モーティマー領と言えば、丘陵北側の小領地群のさらに北西に進んだところに位置する、人口五千に届くという大きな領地。
エルトポリの経済圏の外に位置するためにヴァレンタイン領との関りは皆無であり、人口こそ多いもののあくまで小都市と十以上の村の集合体で、経済的な要地というわけでもない。とはいえ、そう遠くない場所に位置する大領地であることは間違いなく、なのでミカも場所と名前と概要くらいは把握している。
そのモーティマー領で晩春の頃に内乱が起こったらしいという話は、アーネストから噂程度に聞いていた。
「ああ、それで間違いない。その内乱に関係して、私たち丘陵北側の小領主にとって、少々厄介な……いや、かなり厄介な問題が発生したんだ。その件で、卿の力を借りられないかと思っているんだよ」
「メルダース卿にはお世話になっていますから。私でお力になれることがあれば、ぜひ協力させてもらいます」
ミカがにこやかな表情を作って言うと、ローレンツも朗らかに笑う。
「いやあ、そう言ってもらえて嬉しいよ……実は、モーティマー領から進軍してきた掠奪者の軍勢が、テレジオ領を滅ぼしてしまったんだ。およそ二百人もの掠奪者の急襲を受けて、ひとたまりもなかったようだ。つい数日前のことだ」
「ええっ!?」
ローレンツの言葉を聞いたミカは、思わずぎょっとした表情を浮かべる。
テレジオ領は、メルダース領の北西にあるハウエルズ領の、さらに北西に位置する領地。元々は人口二百にも満たない小さな村がひとつあるだけの小領地だったが、昨年にハウエルズ領の混乱に乗じて村々を奪おうとローレンツが呼びかけた際、それに応えて小さな開拓村ひとつを奪取したことで、少し規模を増していた。
ヴァレンタイン領からすれば、一応は同じ地域に位置する領地。当主のテレジオ卿はローレンツの呼びかけを受け、ヴァレンタイン家の領主家としての立場を認めると公言してくれたので、ミカにとって多少の縁もある。
そんなテレジオ家の領地が滅んでしまったというのは、驚愕して当然の話だった。
「テレジオ家は城を持たず、領主館に住んでいたからな。奇襲を受けて持ちこたえられず、一族揃って掠奪者たちに殺されてしまったという話だ。いやはや、なんとも可哀想な話だな……領内の村は二つとも荒らされて、領民たちは殺されるか逃げ散ってしまったらしい」
「それは、なんてお気の毒な……モーティマー領からそんなに大勢の掠奪者がやってきたということは、もしかして、モーティマー領の内乱で領内社会が危機に陥るような大損害が発生したんでしょうか?」
「おお、さすが聡明なヴァレンタイン卿、察しがいいな。まさにその通りらしいんだ。現モーティマー卿に討ち滅ぼされた叔父が、内乱の最中に領内の農地を意図的に焼いたらしい。かなりの量の麦が失われたそうだ。私も今月に入ってから知った話なんだがな」
商業が未発達で、領地間を行き来する者もあまり多くないこの世界のこの時代、情報の伝達速度は遅い。隣領やそのまた隣領程度ならともかく、この地域とは交流も少ない領地の出来事は、なかなか詳細までは情報が届かない。ましてや、ほんの一、二か月前のこととなれば尚更に。
他地域の出来事の詳細を、その発生から一か月ほどで知ったのであれば、メルダース家の情報収集能力は小領主家としてはむしろ高い。
「掠奪者の軍勢は、モーティマー卿が直々に率いていたらしい。おそらく、このままでは少なからぬ領民が飢える状況で、領地を挙げての掠奪に乗り出したんだろう。内乱の直後で何かと金が入用であろう時期に、膨大な量が必要となる麦を、領外から輸入するのではなくどこか適当な地域から奪おうと考えるのは、まあ理解できる話だ」
「……掠奪対象が多少離れた領地であれば、領主としての近所付き合いにあまり支障も出ませんからね」
そう言って苦笑するローレンツに、ミカも固い笑みを返す。
この世界のこの時代、「足りないから奪う」「欲しいから奪う」というのは選択肢として十分にあり得るものとなる。
もちろん、攻めるべき正当な理由もなく隣領へ掠奪に出向けばそこの領主との関係が悪化し、自領を囲む隣人たちから警戒されれば領地運営に悪影響が出るだろうが、隣人とは呼べない程度に離れた領地から奪うのであれば、近所付き合いへの影響は最小限。場合によっては「ここの領主は隣人である自分たちからは奪わないようだから安心して付き合える」と好印象を持たれる期待すらできる。
モーティマー家から見れば、テレジオ領は掠奪に出向くのに不便すぎない程度には近く、しかし襲っても近所付き合いに影響しない程度には遠く無縁の領地。掠奪の狩場としては最適だったのだろうとミカは考える。
「問題はここからなんだ。どうやらモーティマー卿の率いる軍勢は、テレジオ領を滅ぼしただけでは掠奪を終えるつもりがないようなんだ。北西へ去っていくどころか、滅ぼしたテレジオ領の村を拠点にして、兵力を増しているらしい」
「……つまり、大きなモーティマー領の胃袋は、小さな村二つ分の麦を奪った程度ではまだまだ満たされないと」
「ああ、そういうことなんだろう。今はテレジオ領で奪った麦の後送と兵たちの休息、兵力の増強に注力しているようだが、それが終われば数日中にもさらなる掠奪に乗り出すものと見て間違いない。次はどの領が狙われるのかは分からないが……どの領が狙われたとしても、このままではただでは済まないだろう。敵の兵力は三百を超えそうな様子だからな」
ローレンツのその言葉を聞いて、ミカは目を丸くする。
「さ、三百……モーティマー領の人口は、確か五千ほどだったと聞いています。そこから外征に送り出す人数としては、相当に多いですね」
「兵力の中心になっているモーティマー領民たちも、ここで掠奪に失敗すれば飢え死にするかもしれないからな。自分と家族を食わせるために、こぞって掠奪に乗り出しているのだろう。そこに加えて、傭兵らしき連中も軍勢の中にいるらしい。おそらくは、先の家督争いのために雇われていた傭兵がそのまま掠奪に参加しているのだろう。村を丸ごと襲うような大規模な掠奪をはたらくとなれば、取り分が減るとしても頭数を揃えた方が成功の確率は上がる。私がモーティマー卿の立場なら、傭兵の参加は歓迎するだろうな」
傭兵も含むとはいえ、三百を超えようかという軍勢。人口数百程度の小さな領地が並ぶこの一帯では、まともに対抗できる領主家はない。ミカはそう考えながら苦い顔になる。
「そんな厄介な集団が、よりにもよってこちらへやってくるなんて、迷惑な話ですねぇ。せめて他の方向へ行ってくれればよかったのに」
「まったくだよ。おそらくモーティマー家からすれば、この一帯は小領地ばかりが並んでいて簡単に襲えそうな、狙い目の獲物だったんだろう。その上、関わりが薄い地域だから掠奪をはたらいても政治的な痛手が少ないとなれば、私がモーティマー卿の立場でも嬉々として襲うだろうな」
ローレンツはそう言って、自嘲気味に笑う。
「とはいえ、丘陵北側に領地を持つ私たちも、このまま座して掠奪者の群れが到来するのを待つつもりはない。兵力を出し合って共闘し、モーティマー卿の率いる軍勢を撃退しようという話が出ている。というより、私が呼びかけた。一帯の領主の多くが呼応してくれたが、兵力は多ければ多いほどありがたい。というわけで……卿にも助力を求めたいと思って、こうして誘いにきたんだ」
話の途中の時点で彼の相談内容を察していたミカは、結論を受けても驚かなかった。
「卿の念魔法があれば百人力であるし、卿はこの一年ほどをかけてバリスタなどの強力な装備を揃え、魔法による戦闘の態勢を整えてきたと噂に聞いているからな。卿がそうした装備を持参し、私たちの戦いを援護してくれれば、勝率は大きく上がるだろう。このままでは掠奪者の軍勢が丘陵南側へ押し寄せる可能性もあるから、そうなる前に脅威を追い払ってしまえるというのは卿にとっても悪くない話だと思う。もちろん無理強いはできないが、どうか前向きに検討してもらいたい。私も今は、家と領地を守るために必死なんだ」
見た目にはいつもと変わらない柔和な笑顔で、ローレンツは言った。
「参戦してもらえる場合は、明日中にメルダース領へ来てもらえると助かる。急な話で申し訳ないが、我々にはあまり時間がなくてな。どうかよろしく頼むよ」
「……承知しました。これから家臣たちとも話し合って、急ぎ結論を出します」
ミカはそう答え、急いで帰っていくローレンツを見送った。




