17.冬香、料理する
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「そんな謝らなくても……私も起きなかったし」
ペコペコと謝るお花の姿があった。外は既に暗く寝すぎたことは明らかだった。それは冬香も一緒だったので別に責めるつもりもない。
「で、でも今から準備したら……」
尻尾を体の前に持ってきて抱きかかえるお花に若干キュンとしながらも、どうしたものかと冬香は考えた。
お花の言う通り彼女の料理はそこそこ手間がかかって時間を要する。今から作ればそれなりに遅い時間になってしまうのは間違いない。
「ふーむ」
買った食材は別に足が早い物ではないから冷蔵庫に詰め込んでおけばいい。とすれば今日はまた弁当でも買いに行くべきかと、色々と頭の中で考えていた冬香の耳にピーピーと、電子音が響いた。
「あれ、ご飯炊いてたっけ……」
「ご飯だけは先にと思って、予約を」
「そうだったんだ。じゃあご飯はあると……」
流石に気が利くというか、自分の知らぬ間にそこまで準備していたことにちょっと感心した冬香だったが、そのおかげで一つ良い案が思い浮かんだ。
「よし。今日は私が作る!」
「え? ええ!?」
珍しく張り切る冬香にお花は驚いた声を出すことしか出来なかった。
♢
そもそも、冬香は料理が出来ないわけではない。ただそれをする時間を失くしていただけである。
まぁ、かといってお花のように精通しているわけではなく、得意なことは焼くとか炒めるとか単純なもので、得意な料理もカレーとかそこら辺のものだ。
故に、今回作ろうとしているのも……
「あの、一体何を作るんですか?」
「ふふふ、ご飯と卵、それにパスタがあれば何でもできるのよ」
もちろん何でも出来るわけはない。それは社会人として忙しい中で一番簡単な料理ともいえるものだった。
「というわけで今日は炒飯とパスタを作ります」
「炒飯? パスタ?」
手の込んだ物ではない。ぶっちゃけてしまうと炒飯は卵とご飯を炒めた上からその素をかけるだけ、パスタは麺を茹でて上から素を掛けるだけという時短を極めた調理である。
……それを調理と言っていいのかは微妙なところではあるが。
「こういう便利な物があるんですね! 勉強になります」
「勉強になるかどうか怪しいけど……これは時間がない人向けにあるようなものだし」
よっぽど変なことさえしなければ手軽に美味しく出来るから忙しかった冬香にはありがたく、毎日のように食べれば飽きが来るが安く済むしで一人暮らしには強い味方だった。
「よし、出来た!」
お花の料理と比べてそのドヤ顔はどうなのだろうかとも思うが、確かにコスパと時間に関してはかなり優れている。
「とりあえず今日はこれで済ませちゃいましょう。また明日お花は腕を振るってよ」
「うぅ、すいません……」
お花は終始申し訳なさそうにしていた。どうにも責任感が強くお花のせいではないのに深く思い悩んでしまうらしい。
「別にお花のせいじゃないって。今日は疲れたでしょうし寝ちゃうのは普通だよ」
「でも、折角材料も買ったのに」
「それは明日使えばいいでしょう。お花は気にしないでいいんだから」
「ですが……お嫁さんなのに」
「前々から気にはなってたんだけど……お花のその価値観って結構古いよね」
「へ?」
「今の時代は男女平等、夫婦平等が普通なんだから。まあ全員が全員そうだとは限らないけど」
そもそもお花をお嫁として受け入れていいのかという前提条件もあるが、とりあえず今はそこの問題は置いておくことにする。
「たぶん前にも言った気がするんだけど、別にお花が生活の雑用全てをする必要はないからね。寧ろ何でもかんでもされると頼りすぎているような気がして逆に嫌だし」
「そう、ですか?」
「そうよ。出来れば役割を決めてやるべきだと思うんだけど」
ただ、社会人である冬香は平日はそういったことは難しい。とすれば……
「休日は私が家事をすればいいんじゃない?」
平日の5日間の家事を担当してもらうなら、休日の二日間ぐらい担当するのは何も問題はない。ちょっと不平等な気がするが今の冬香にはそれが精一杯である。
「そ、それは……それでいいんですか?」
「いいわよ。そんな何でもかんでもするわけじゃないし。それに結局平日はお花任せになっちゃうんだけど」
「それは全然構いませんけど……その、食事も休日は冬香さんが?」
「え……」
家事、という言葉の中には炊事が入る。冬香の言い方ではそこも休日は担当するということだが……
(……食事、食事?)
冬香の脳裏に浮かぶのは今までのお花の作った料理。そして視界に入るのは自分で作った簡単料理。
「………………その、食事だけはお願いしてもいいですか?」
「は、はいっ! お任せください!」
最初の決意はどこへやら、非常に弱々しい声で冬香は頭を下げた。残念ながら既に胃袋はしっかりと支配されているようだった。
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