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空から異世界がまるごと降ってきた。  作者: 稲荷竜
三章   魔王と勇者は敵対しなければいけないのか?
15/21

勇者と魔王とインターネット

 さて、僕の家の内部構造が変わり果ててしまっているのはすでに描写をした通りなのだけれど、家自体の内部構造が変化しているということは、とりもなおさず、僕の部屋自体にも相応の変化が訪れているということなのである。


 まず、僕の部屋は二階に存在したはずだった。

 ところがこの城、外部から見ると余裕で四階から五階はありそうなのにもかかわらず、二階以上が存在しないらしい。

 その影響か、僕の部屋、というか僕の部屋にあった家具たちは、一階スペースに移動していた。


 玄関兼リビング兼謁見の間。

 その奥にある魔王の私室である。


 そこは石壁がむき出しにされた十六畳はあろうかという空間だった。

 見慣れたベッドや本棚などが、見慣れた配置のまま、見慣れない部屋に置かれている――リビングのありさまを見た時には思わなかったが、こうしてあらためて自分の部屋を見れば、なんというか、すさまじい違和感だった。


 この空間にある家具は、僕のものだけではない。

 妹の部屋もまた、謎の法則により同じ空間に降りてきてしまったらしく、見慣れた妹のベッドや妹の本棚、妹のクローゼットなんかもまた、配置そのまま、この空間に存在した。

 兄と妹の部屋はこうして一つになってしまったわけだ。

 まるで僕らがもっと幼いころに戻ったかのようである――しかし実害は大してないだろう。僕らはこの年齢になっても互いの部屋を自由に出入りしているし、互いの部屋で眠るということだってそこまで珍しくはないのだ。

 なぜって、妹の部屋には少女漫画があり、僕の部屋には少年漫画があるから。

 未だに紙の本を愛読している僕らは、僕が少女漫画を読みたければ妹の部屋に、妹が少年漫画を読みたければ僕の部屋に勝手に入り、そして勝手に相手のベッドでごろごろしながら漫画を読み、時にはそのまま眠ってしまうという生活をしていた。


 そういう事情もあって、いきなり他人、しかも女性を部屋に招いてもいいぐらいには、僕の部屋は整理されており、部屋に秘密もなかった。

 掃除なんかも母に任せているぐらいだ。


 だから、アイリンさんは慣れた様子で僕の部屋(仕切りがないのでそう呼べるかどうかは議論が必要かもしれないが)に入り、いつもそうしているんじゃないかと思うようなスムーズな動作で僕のベッドに腰かける。

 一方でビクビクした様子なのはワーズワースさんの方だった。

 部屋の入口付近(これも、扉がないのでなんとなく感覚的に入口があったと思われるあたり、という以上の意味はない)で立ち止まり、それ以上内部(仕切りが以下略)に侵入できないでいる様子だった。


 僕は首をかしげる。

 それから、ワーズワースさんに声をかけた。



「どうしたんですか?」

「……入ってもいいのか?」

「はい?」

「ほ、ほら、前に勝手に入ったら怒られたから……」

「ああ……」



 それはもちろん愛犬たるハナの記憶であり、正確なところを申し上げれば『勝手に入ったから怒った』のではなく、『部屋をめちゃくちゃにしたから怒った』という方が正しいのだけれど……

 魔王の犬化がヤバイ。

 もう、彼女は自分の記憶とハナの記憶、どちらがどちらなのか、わからなくなりつつあるのかもしれなかった。


 ここに来てようやく事態がホラー性を帯びてくる。

 まあ、だから真剣になるかといえば、そんなことはなく、もともと彼女らには可能な限り力を貸しているつもりでいるから、行動方針さえ変化はしないのだけれど……


 とにかく、早いところ検索してしまおう。

 それで『元の世界に帰る方法』なんていうものが見つかるかは置いておいて、行動することで少しでもなぐさめられる心はあるだろう。


 僕は普段勉強に使っている(使っていない)席に着くと、愛用のノートパソコンを起動した。

 問題なく動作する。電源コンセントにも入っている扱いのようだ。

 ここまで家の内部構造が変質してしまっていれば、当然、電気回線や水道管、電話線などももとの通りではいられないはずなのだけれど、そのあたりどうなっているのだろうか。


 立ち上がったノートパソコンは、問題なくネットにつながっているようだった。

 僕は後ろで威嚇するようにうなる魔王を無視して、とりあえずブラウザを起動し、検索のためのワードを打ち込んだ。

『元の世界に帰る方法』。

 やはりこんな状況のせいか、ネット回線はパンク気味らしい。なかなか表示されない検索結果にやきもきしつつも、辛抱強く待つ。

 そして、結果が出た。


 いつもの検索結果を示す画面だ。

 それをのぞきこんでいたらしいアイリンさんが、おどろきの声をあげる。



「情報がいっぱいあるじゃない!」



 声には歓喜の色すらあった。

 しかし、僕は苦い顔になってしまう。


 ネットで検索をする人にはわかっていただけると思うが、こうして表示される検索結果は玉石混交というか、デマや『デマではないが今回知りたかったのはそれじゃない』というようなものが大量にまじっているものなのだ。

 だから、現れた結果もよくよく見れば彼女らが元の世界に戻る方法ではなく、そういったテーマを扱っているネットノベルだったり、宗教的な本の紹介だったした。

 検索エンジンさんには『二次元に行く方法 では?』と問いかけられてしまう始末だ。

 間違ってはないのでいちおうそっちも調べたが、やはりかんばしくはない。


 しばらく検索を繰り返す。

 そのいずれもに手応えを感じない。

 僕はため息をついて、彼女たちへ振り返った。



「駄目みたいですね。あきらめましょう」

「ちょっと!? もっとがんばってよ! 私たちの存在がかかってるのよ!?」

「存在がかかってる時に、できることがネット検索だけっていうのは、なんとも悲しい話ですね……」

「う、うるさいわね!? なんにもないのよ! 情報が! 今はとにかく、できることをやるしかないでしょ!?」

「じゃあパソコン貸しますから、調べてみてくださいよ」

「……人差し指でしか打てないんだけど」

「ああ……母さんはそういえばそうだったなあ……」



 うちの母はソシャゲはできるがブラインドタッチはできないタイプだ。

 人差し指しか使えないおばさんでもプレイできるソシャゲは本当にすごいと思いました。



「わかりました。じゃあ、なんかアイディアをください。どう検索したら正しい答えが出るかそっちでも考えてほしいっていうか……まあ正しい答えがそもそも存在するかは疑問ですが」

「あんたっていちいちやる気なくすこと言わないと気が済まないわけ!?」

「いえ、防衛機制と申し上げますか、もし駄目でも落ちこまないようにという配慮のつもりだったんですが」

「不器用な配慮なんかない方がマシだわ! あんたを見てると普段の私を見てるみたいよ! 配慮のつもりで余計にうざがられるっていう……!」

「言ってて悲しくなりませんか?」

「うん…………」

「友達ができる方法とか検索します?」

「あんたを見てると、普段の自分を反省できるわ」



 反面教師にされてしまった。

 ともあれ、僕らは検索を開始する。

 しかし、そうそう簡単に答えは見つからなかった――『異世界に戻る方法』とか『帰りたい』とか『神に会う方法』とか『転生したい』とか色々調べてみたけれど、どれも決定的な答えにはなりえなかった。


 一応、それらしい方法はあったけれど、『トラックに轢かれてみる』とか『ブラック企業で勤めて過労死寸前になってから辞表を叩きつけてみる』とかしかなく、どれも過度に危険だったり、あるいは時間がかかりすぎたりして、今すぐ試す気にはなれない。

 というか、試そうとするアイリンさんを僕が止めた。

 彼女の肉体は僕の母親のものなのだ。勝手にトラックに轢かれても困る。



「じゃあどうすんのよ!」



 と、数々の検索が無駄に終わったので、アイリンさんはキレていた。

 僕は『なぜここまで協力したのに怒られるのだろう』と首をかしげつつも、かねてから思っていたことを言う。



「あきらめたらいいんじゃないですか?」

「嫌よ!」

「しかし具体的な情報収集手段がネットしかないというのは、いかにもこう、失敗フラグがたちすぎているというか……だいたいインターネット上に正しい情報が転がっているわけがないじゃないですか。紙媒体なら正しいのかと言われると、それも疑問ですけど」

「じゃあどこにあるのよ」

「知りませんよ、そんなの」

「無責任ね……」

「まあ、僕に責任はないので……だいたい、当事者じゃありませんからね」

「……そうだったわね。ごめんなさい。協力してもらってるのに、熱くなっちゃって……」

「必死だったんでしょう? かまいませんよ。それに、あなたの体は僕の母親で、魔王の体は僕の飼い犬ですからね。これもなにかの縁でしょう」

「……そういえば、他にも飼い犬がヒトガタになった人とかいないのかしら」



 それはもちろん、いるだろう。

 どうにも姿は異世界の人準拠っぽく、異世界の人々は生物であれば人だろうが犬だろうが融合するのだ。

 当然、飼い犬に融合したならば、飼い犬は人かモンスターめいた姿になり、場合によっては言葉をしゃべったりするだろう。

 そして飼い犬がヒトガタ化した人の中には、僕が先頃そうしようとしたように、動画を撮ってアップするなんていうケースもあるかもしれない。


 まあ、一応検索はしてみよう。

 ただこの検索でなにか引っかかったとしても、問題は『だからなんだ』ということだった。

 たとえ犬がヒトガタになったとして、精神はこちらの世界が有利なのだ。

 今回検索して動画や画像が見つかったとしたって、わかるのは『人になったペットがたくさんいる』程度のことであり、犬が人になり、なおかつ異世界人の精神をたもち、有益な情報を持っているなんていうケースはかなりレアだろう。


 だから僕は、『ペットが人になった』と検索しつつも、大した収穫を望んでいなかった。

 しかし――ある動画を見つけてしまう。


 それはこんなタイトルだった。

『ペットが人になって「私は神だ」とか言い出した』


 普段なら開くことさえせずにブラウザバッグする。

 明らかに釣りにしか見えない。

 ただ、今の状況で、僕らはこの餌に食いついて、釣られてみるだけの価値を感じた。


 僕とアイリンさんは顔を見合わせる。

 まだ再生が始まっていない動画には、見目麗しい少女が映っていた。


 金髪とも銀髪ともわからない、光そのものみたいな色の髪。

 瞳は紫色をしている。

 表情には意思や思想というものを感じない。ぼんやりしているというか、眠そうというか、どことなく超然として見えた。


 着ているものはだぼだぼのTシャツ一枚だった。

 これは、飼い主さんが人になったペットに対して慌てて着せたのだろう。ワーズワースさんが裸ジップパーカーという姿であることと似たような事情を感じた。


 僕は緊張しながら動画を再生する。

 その、不思議な容姿の少女を映しただけの動画は、このように始まった。



「わたくしは、神である」



 普段ならこの時点で『妙なアドレスに飛ばされそう』という危機感をおぼえ、ネットブラウザを閉じるところだ。

 しかし今の僕らはその動画に食い入るようにのめりこんだ。



「この世界において、動画投稿が一番の情報拡散手段であると上奏され、こうして動画を撮らせている。この動画を見た者は、今すぐに異世界にまつわる固有名詞――人名、地名、事件名、なんでもいいから、つぶやけ。さすればわたくしは、すぐにそちらへ行き、託宣を下す」



 抑揚のない、どこか機会音声じみたイントネーション。

 しかし容姿と相まって、その無感情さが逆に信憑性を与えていた。

 というか勇者と魔王がいるのだ。

 今さら神がいたって、僕にとってその三者はそう違う存在でもない。


 僕はアイリンさんを見る。

 彼女はおどろき、目を見開いて固まっていた。

 背後にいるワーズワースさんは――こちらもまた、おどろいている。彼女らにとって『神』というのは、どうやらこんなに簡単に目にはできない存在らしい。つまり僕にとっての勇者であり、魔王と同じようだった。


 動画はどうやら、三十分もあるらしい。

 神はじっとこちらを――ようするに動画を撮っているカメラを見つめていた。

「まだ撮ってるからなんかしゃべって」という若い女性の声がする。

 神の肉体の飼い主だろう。


 すると、神は首をかしげる。

 どことなくオウムやインコなどの鳥類を思わせる動作だ。

 神は荘厳に口を開く。



「ジョウシ、ハゲ」



 たぶんあの肉体はオウムなんだな、と思った。

 普段から家では上司にハゲと言っている、ストレスがたまっていることがうかがえる、若いOLみたいな飼い主さんは、しかし動画を止めようとしない。

 わかる人が見たら特定されそうなのだけれど、大丈夫なのだろうか……


 いらない心配をしているあいだにも、アイリンさんやワーズワースさんの意識がログインする気配はなかった。

 なので僕は、しょうがないから、



「異世界の固有名詞ねえ……『魔王ワーズワース』とか?」



 その声に応じるように。

 生放送ではない、録画でしかないはずの画像の中――

 神が、笑う。



「見つけた」



 録画された画像が言う。

 そして。

 僕のPCから、光があふれた。

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