女勇者の登場、そして舞い散るパンツ
幾多の障害をのりこえ、僕らはやっと家へたどり着いた。
正しく言えば城の内部からすでに『家』と呼べたのかもしれないけれど、見慣れた下駄箱、見慣れた靴、見慣れた父のゴルフバッグを、見慣れない石畳の床の上に発見して、ようやくこの城が僕の自宅なのだということを実感できたのだ。
テレビから流れる知らない大人の音声。
においは他人の家のもの。
天井には蛍光灯があって、電気やテレビの線などは問題なくつながっているようだった。
床はやっぱり石畳で、壁は粘土のようなブロックが積まれた石壁だ。
間取りは仕切りがすっかり取り払われたワンルームと化している。これじゃあプライバシーもなにもあったもんじゃないけれど、家具の配置だけならばたしかにそこは、見慣れた我が家だった。
ここでようやく僕は「ただいま」と声をかける。
パタパタという足音。
遠くから近付いてくる人影は見慣れないものだった。
美しい金髪碧眼の女性だ。
いや、その容姿はまだ『少女』と表現するべきだろうか。
ジャージにエプロンという服装で、片腕に洗濯物の入ったカゴをさげた彼女は、手足や腰回りなんかはかなり華奢だ。
けれど、顔立ちが凜々しいお陰で弱々しいという印象ではなかった。
強い意思を秘めた顔立ち――とでも言おうか。
その彼女が僕らの姿を見て、可憐な笑顔を浮かべた。
「お帰り、ほのか。っていうことは、そっちの骨はカイト? あとは……あらあら!? もしかして、ハナちゃんなの!? まあまあまあ! すごい格好ねえ!? 息子の趣味!?」
……お帰り。
僕の家で、僕を出迎える、ほのか以外の女性。
聞き覚えのある声の主の正体は――
「……ひょっとして、母さん!?」
「ああ、やっぱりカイトだったのね。お帰り」
「た、ただいま……いや、僕もほのかも変わり果てたけど、母さんは母さんでずいぶんとものすごい変化を成し遂げたみたいだね……」
「そうねえ、お母さん、美人になっちゃったみたいねえ」
美人になりすぎだった。
実の母親の笑顔を『可憐な』とか形容することになろうとは思わなかった。
……ということは、奧にいる、太長い円筒形の体に無数の触手が生えたような、横になってテレビを見ながら尻(?)を掻いている生き物が、父さんなのか。
うわあ……もはやヒトガタでさえない……
エロ同人の竿役モンスターみたいじゃないか……(あくまでもイメージ)
「え、えっと、とにかく、色々と情報不足で……まずはハナにまともな服をあげてほしいんだけど……ああでも、ハナなんだけどハナじゃないっていうか……」
母の変貌、父の変質、それでも変わらない両親の性格。
我が家の変化に、家にようやく帰れたという事実――
色々なものが一気に押し寄せて、僕はなにから語ればいいかわからなくなる。
だからとりあえず、新しくともに暮らす人を紹介することにした。
「とにかく、この人は確かにハナなんだけど、色々複雑な事情により今はちょっと違う人格が表に出てるんだ。ちなみに名前は――」
「――アンデッドロード〝最悪存在〟ワーズワース」
「え?」
母の視線が、急に鋭さを帯びる。
今までのどこかのほほんとした雰囲気はなりをひそめ、容姿に見合わない重厚な、威圧感さえ感じる空気をまとい始めた。
「まさかこの世界で、こんなに早く出会えるなんてね……!」
そう言うと、母さんは洗濯カゴで斬りかかってきた(カゴで斬るとはなんだと思われるかもしれないが、あまりの迫力にそのように錯覚した)。
僕は咄嗟に両腕を交差して、カゴを受け止める。
その速度は、今の僕をして防御するのがやっとだ。
腕力もまたすさまじい。いくら肉も皮もないとはいえ、体格では僕の方が勝っている。にもかかわらず、腕力により後ろへと体が動いているのがわかる。
バラバラと舞い散る洗濯物。
宙を舞う、僕の、母の、父の、そしてほのかのパンツ。
洗濯物降り積もる中――
母さん、いや、母さんの体に入った異世界の何者かは、言う。
「さあ、人と魔、勇者と魔王――『我らの世界』でつけ損ねた決着を、今!」
待ち望んだ瞬間を迎えたように。
話しかけている相手であるはずの僕を置き去りにしたまま、彼女は洗濯カゴをふるった。
僕は『洗濯カゴなんてもろい物、よく壊さず振り回せるな』と感心した。




