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45.わたし、あなたのことがすき

次回更新はおそらく5/18になります。

最終話まであと2話ぐらいです!

 

 右手が燃えるように熱い。実際、本当に燃えているので、慌てて治癒魔法をかける。

 味方殺しと言われた炎は、今もまだ私の中にあったみたいだ。恐らく、私がシンシアになったと確信したイリヤが、これからは問題なく魔法を使えるようにと私にかけていた枷を外したのだろう。


「まにあって、よかった……」


 ディアは所々に傷を抱えていたが、致命傷は負っていなさそうだった。私は、間に合った。間に合ったんだ。今度こそちゃんと、ディアを守ることが出来た。


 じんわりと涙が滲んできて、ぼやける視界の中に、パチパチ爆ぜる赤い炎が見える。イリヤはというと、私の炎に包まれて崩れ落ちていた。


「ど……して」


 イリヤは右手から燃え広がる炎を鎮火しようともしないまま、絶望しきった顔で私を見上げていた。


「しんし、あ、さま」

「……ごめんね」


『シンシア』だった記憶が、今すぐに駆け出して、イリヤを抱きしめたいと言っている。私も、イリヤを抱きしめたい。友人として。


 私は、懐かしい炎の熱さの元へ向かい、今にも崩れ落ちそうなイリヤを優しく抱きしめた。シンシアとイリヤがしたことは許されることではないけれど、二人だってただ、自分の大切な人を守るために、もう一度会うために必死だっただけなのだ。


 シンシアの過去を見て、ディアと再会できた今、怒りはあるけれど理解できないと非難することはできなかった。


「し、シンシア、さま。どう、して」

「ごめんね。私は、シンシアじゃないんだ」

「どうして。どうして。どうして……」

「私はミレリアだから、イリヤの友達にしかなれないよ」

「ッ友達なんかじゃないっ! 友達なら、私の一番の味方になってくれてっ! 私のシンシア様になってくれて、私と今度こそずっと一緒にいてよ!」

「うん。ごめんね」

「いや! 謝るぐらいなら優しくしないで!」


 イリヤは錯乱したように、私の炎で焼け焦げながらも手放すことなく持っていたナイフで、私の胸を貫いた。

 未だ身体に力が入らない魔法の後遺症で、私は避けることも出来なかったし、避けようとも思わなかった。胸に熱さがじんわりと広がる。私の血の温度だ。


 倒れそうなほど痛かったけれど、ただイリヤを抱きしめ続けたいと思った。なんだかおかしいことに、痛くない方が嫌だった。


 この子は、こんなにボロボロになるまで一人で、どれだけ寂しい思いをしたのだろう。イリヤは私に抱きしめられたまま、慌てたように私の傷口を塞ごうとする。何かを話そうとして、ただ空気だけが口から漏れている。


「ひゅっ……ふ、ちがう、待って。違うの。あたし、いや」

「大丈夫」

「こんなことしたいわけじゃないの。シンシア様にもう一回、頭を撫でてもらいたかっただけ、ちがう!」

「うん。分かってる、よ」

「やだ、ミレリア死なないで、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ディアと戦って傷を負い、無茶な魔法の使用で命を削り、体の右側が燃えているイリヤは、満身創痍だった。きっと私の炎がなくてもいずれ、息絶えていただろう。彼女はボロボロになった身体で、泣きじゃくりながら私の傷を抑えている。


「あたしのこと嫌いにならないで……」


 そんなことを言うイリヤを、私は馬鹿だなぁ、と思いながら眺めていた。嫌いになっていたら、あなたに駆け寄ってるわけないでしょう。


「なってない、よ」

「どうして!? あたし、こんなに酷いことしたのよ!? なんで抱きしめたりなんかっ、してくれるの!? あなた、っおかしいんじゃない!?」

「だってイリヤ、前世で私を殺したとき……私の魔法で起こった火事から乗客を逃してあげたでしょ。そうじゃないと私以外に誰も死んでないなんて、おかしいよ」


 私は、私の魔法がどれだけ殺人的かを知っている。だから、森のなかでは土砂崩れだけじゃなくて火事も起こったと思い出した時、私達と同じ馬車に乗っていた人間が誰一人死んでいないのは、イリヤが守ったからだと気がついた。


「それに、教団は魔力がない子を攫っては、実験してその辺に帰してたって聞いたけど、出来る限り大きな街の近くに帰してたって聞いたよ。それは、小さな街だったら魔力がないことを差別されるからでしょ?」


 きっと、ここに来る前までの私みたいに。


 イリヤは黙ったまま、返事をしなかったけれど、おそらく正解なのだろうと思った。シンシアの記憶を見たあとでは、イリヤが必要以上に人を殺すようには思えないから。


「……でも、あたし、あなたを殺したわ」

「私も今、殺そうとしてるんだから、お互い様でしょ」

「そんなの、あたしのせいなのに」

「そうだね」


 そうだけれど、でも、気持ちが分かってしまうから。


 もっと話していたかったけれど、意識が朦朧とし始めてきた。予想以上に悪いところにナイフが刺さっているらしく、脂汗が雫となって流れ落ちる。意識を保つのも、そろそろ限界だ。それはきっと、イリヤも同じ。


 それでも、私は友達として、イリヤに言ってあげたいことがある。


「イリヤ。私、ね。シンシアの記憶を見てきたよ」

「…………え?」

「シンシアはね、あなたのこと、すごくすごく愛してたよ。自分の何もかもを捧げたって、構わないと思うぐらいに」


 イリヤの、眠るように閉じかけていた瞳から大粒の涙が溢れる。


「そんなの、知ってるわよ! でも、だって、だったらあたしのこと一人、置いて行ったりしないでよ……」

「そうだね」

「しんしあさまの、ばか…………」


 イリヤはとびきり嬉しそうにそう呟いて、くたりと力尽きたように、私にもたれかかる。それから、「ありがとう」と私の耳元で言ったきり、動かなくなってしまった。


 きっと彼女が生まれ変わることは、もうないだろう。シンシアに二度と会えることはないと悟った今、記憶をなくして正常な輪廻の道へ戻るはずだ。いつか『本当の』シンシアと、どこかで幸せに暮らせる未来があるといい。そんなことを考えながら、私もその場に倒れ込んだ。


 イリヤに刺された傷は、いくら回復魔法をかけても治らなかった。シンシアにつけられた傷も治らなかったから、やはり魔力を阻害するような作用でもあるのだろうが、それを解く方法を知っている人間はもう、この世にはいない。


「……フレミリア、さま」


 霞む視界の中でも、私を抱きしめているのが誰なのか分かった。ディアだ。


「ディア。ごめん、ね。わたし、ずっと黙ってて……」

「喋らないでっ、ください。傷が」

「わたし、あなたのことがすき」


 あぁ、やっと言えた。ずっと言いたかったの。


 こんなに遅くなってごめんね。私、何してたんだろう。タイミングを見て伝えたいとか、師匠としてカッコつけたいなんて、どうでもいいことだったね。変なプライドなんか守る必要なかったのに。


 こんなことになるなら、もっと早く、一日でも早く、ディアのことを抱きしめたら良かった。好きだよって、身体と言葉全部を使って、毎日伝えたら良かった。愛してるって、一緒に幸せになろうって言えば良かった。


 あなたのことがこの世の何よりも大切なんだって、私の想いが全部、ちゃんと伝わるまで伝えられたら良かったのに。


「まだしにたくないなぁ」


 ボロボロと涙が頬を伝う。

 人生三回目なのに、なんでこんなに上手くいかないんだろう。手足が冷たくなって、感覚がなくなっていく。いつも死ぬ間際に後悔してる。今更、何を思ったって遅いのに。


「フレミリア様」

「……みれりあ、って」

「ミレリア。俺の勝手を許してくれるか?」


 言っていることの意味がよく分からないまま、頷いた。

 だって、ディアが決めたことで、間違いなことなんて、ひとつもないよ。


「今度こそ一緒に死なせてくれ」


 血がどんどん溢れて、魔力もこぼれ落ちて、朦朧とする意識の中、ディアがそう言った気がした。慌てて止めようとしたけれど、もう、力が入らない。


「愛しているんだ」


 ディアはゆっくりと、冷たくなった私の唇に口付けをした。触れたところからじんわりと温かくなっていくような、そんな気がする。


 ふわふわした感覚が心地よくて、意識を手放した。

 もし、もう一度生まれ変わることが出来たなら、今度は迷わずディアのところに走って行きたいなぁ。


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