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43.忘れ得ぬ魔女の【シンシア視点】

 



 朝、太陽の光が眩しくて、ほとんど日が上ってきたと同時に目が覚める。


「ん、んん……」


 大きく伸びをして、手作りの薬膳茶を一杯飲む。カーテンを閉めて、ホッと息を吐く。


 陽の光は苦手だ。ずっと蔵に閉じ込められて暮らしていたからなのか、光の眩しさにいつまで経っても慣れない。


「よし」


 小麦と塩を混ぜただけの簡素なパンを一つ手に取り、縁側へ向かう。


 森の中は静かでいい。背の高い木のおかげで光が入りすぎないし、一人だし。何より草花のいい匂いがして、落ち着く。


 未だ寝ぼけながらも、ちまちまとパンを齧っていると、狼が近寄ってきた。当たり前のように私の横に座ったので、優しく背中を撫でる。


「狼さん。おはよう」


 人に好かれなかった分、私は動物に好かれる。わしわしと撫で続けると、狼は頭を傾けて擦り寄せてくる。人間よりも動物の方が、よほど可愛らしい。


 もう一口、薬膳茶を啜ろうとして、手の甲にある大きな傷が目に入る。思わず固まっていると、私が痛がっていると思ったらしく、狼は傷跡をぺろぺろと舐めてくれた。


「ありがとう。でも、大丈夫。もう痛くないのよ」


 大きな石で抉られた時の感覚はなかなか忘れられなくて、今でも傷を見たら疼いてしまうだけだ。かなり前に出来た傷なのに、小さい頃に出来たからなのか、ちっとも跡は癒えない。


 狼は、くぅん、と首を傾げてもといた位置に戻る。最近は何となく意思疎通が取れるようになってきた。村の人たちは、私のこういうところが気持ち悪かったのだろうか。


 魔法なんか使えなくても、いずれ村八分にはされていただろう。当時のことを思い出すと、恐怖に身がすくむ。


 私が産まれたのは、この森がある場所よりもうんと遠い場所で、逃げるようにこの森にやってきた。人間ばかりの村に、唯一ひとり、魔女として産まれてしまった突然変異が、私。


 生活の役に立つような魔法が使えたら話は違ったのかもしれないが、私が得意だったのは、人の心を操ったり、小さな動物を操ったりするような闇の魔法ばかりだった。


 足の骨を折って閉じ込めるぐらい気味が悪かったなら、早く村の外にでも捨ててくれたら良かったのに。


「そしたらもっと早く、君とも会えたのにね」


 狼のお腹をさする。もふもふで気持ちいい。


 もっと早く、と言い出したらキリがないけれど、今の私は幸せだ。味のしないパンを齧っているのに、笑みが溢れてしまう。


「幸せだなぁ」


 朝食を食べ終わったあとは日陰で寝転がるのが日課になっているので、狼を枕にしてうたた寝をしていると、何やら周りが騒がしくなってきた。


「一体、何の騒ぎなの……」


 目を擦って無理やり目を開ける。一番に目に入ったのは、大量の鳥たちだった。


「え、本当にどうしたの!?」


 小さな鳥から、ウサギ、警戒心の強い鹿まで、グルッと私の周りを取り囲んで、何かを訴えている。


 口々に訴えてくるので、あまり要領は得られなかったが、どうやら何か見せたいものがあって、私に着いてきて欲しいらしい。よく分からないまま走り出して、彼らの後を追う。


 足に絡まった草花が痒い、なんて思っても立ち止まらずに走り続けると、動物たちがある地点で止まる。背の高い草の中。確かにそこには、そこそこ大きい何かが落ちていた。


「え〜〜……何なの……」


 怖いものだったらどうしよう。私、血とか臓器とか苦手だし、動物の死体とかだったりしたら厳しいんだけど。

 怯えながら恐る恐る近づく。


「…………けて」

「え」

「た、すけて」


 そこにいたのは、お腹を抱えるようにして蹲っている、小さな子供だった。肌は乾いた血で汚れており、かろうじて着ている服はボロボロになっていて、今にも息絶えそうな声で助けを呼んでいる。


 まるでボロ雑巾みたい。私の昔の姿、みたい。


「たす、ける。っ今、助けるからね」


 子供を背中に背負い、家に向かって全速力で走り出す。頭が真っ白で、パニックで、でも早く助けてあげないとって気持ちだけはあった。


 何が必要なんだろう。どうしたら元気になる?


 近くにあった服を切り裂いて、傷跡に巻いてみたけれど、すぐによくなるはずもない。子供の息使いはどんどん荒くなっていく。


「……どうしたらいいの」


 どうしよう。ごめんなさい。私、治癒魔法は上手くないんだ。得意なのは傷つけることばかりで、あなたのこと、助けてあげられるか分からない。


 泣き出しそうになりながら、必死でお湯を沸かして、タオルで身体を清潔に拭く。森の動物たちに相談しながら奮闘して、気がつけばとっくに日付が変わっていた。


「元気になってね。大丈夫だからね」


 子供の背中を、ゆっくりさする。手が震えてしまった。安心させてあげたいのに、人と接したことがないから、かけてあげる言葉も上手く見つからないまま。不甲斐なくて、苦しい。











 祈るように看病を続けた甲斐あって、子供は少しずつ元気になってきた。


 性別は女の子で、名前はイリヤというらしい。どうやってこの森に来たのかを尋ねると、「気がついたらここにいた」のだと、彼女は言った。


 何度か質問して、彼女の事情を推測した限りだと、恐らく彼女は親に捨てられたようだ。近くの集落で生まれ育ったイリヤは、ろくに世話もされない状態で虐待を受け、迫害に遭っていたらしい。


 その理由を尋ねても、言いたくないのだと言う。それならば仕方がない、と簡単な魔法でお茶を沸かすと、イリヤは「あ!」と叫んだ。


「おねーさんも魔女なの!?」

「…………え?」

「あたしも! あたしもなの!」


 イリヤは嬉しそうにそう言って、ティーカップを踊らせ始めたかと思えば、次の瞬間には恐怖に怯えた顔になる。


「……い、今のは、嘘。ちがう。えっと、そう、手品、だよ。こんなの気持ち悪い、から」


 目眩がしそうになった。あぁ、そうか。この子は私と同じだ。同じような境遇で、気味が悪いと迫害されて、この森へ捨てられたんだ。


「…………はは」


 口から乾いた笑いが漏れる。全然変わってない。私が集落を抜け出して、もう30年も経つのに、人間は未だに魔女を差別して酷い目に遭わせているんだ。


「大丈夫だよ。お姉さんも魔法が使えるの」


 湧きあふれる怒りを押し殺し、震えるイリヤをギュッと抱きしめる。この子を私が幸せにする。そう決めた。


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