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36.昔話

 


 イリヤ。

 私の前世の友達で、天真爛漫で明るいから、近所のみんなに愛されていた。私もつい、いつもパンをサービスしちゃってたな。その愛くるしい姿は前世で最後に見たきり、ちっとも変わっていない。


 こんなところにイリヤがいるはずがない。それでも、身体はしっかり彼女を抱きしめている。あたたかくって、脈がある。生きている。


 もう一度会えた嬉しさと、何故生きているのだろうという戸惑いと恐怖が、頭の中でぐちゃぐちゃになっている。


「どう、して?」


 思わず脳内から零れ落ちた言葉を拾ったイリヤは、活き活きと言葉を続ける。


「ふふっ! あたし、ずーっとミレリアのことを探していたのよ! だってミレリア、死んじゃったんだもの」

「……え」

「あたしがどうしてここにいるかっていうと、あたしは死んでないから! どうしてだと思う? 特別に、ミレリアにだけ教えてあげてもいいわよ!」


 やはり、イリヤは私が死んだ時のことを知っている。何故だか嫌な予感がして、服の裾に手を入れ、隠し持っていた鈴を鳴らす。もしこの嫌な予感が杞憂だとしても、ベルさんにはあとで謝ればいい。


 どうやって聞き出そうか、と悩んでいるうちに、イリヤは花が綻んだような笑顔でどんどん言葉を紡いでいく。


「あたしね、呪術がとびきり得意なの。あなた達のお仲間の、あの鬱陶しい魔女よりも、うーんと!」

「鬱陶しい魔女って……」


 脳裏にベルさんの顔が浮かぶ。どうして。どうして。どうして。頭の中に疑問が浮かんでは、嫌な予感が湧き上がってくる。


 ただの村娘だったはずのイリヤが、呪術? そもそも、どうしてここが分かったの? ただ、ベルさんのことを『鬱陶しい』と表現するのは、敵対している証でしかない。


「それでね、どうしてあたしがミレリアに会いに来たかというと、今度こそちゃんと死んでもらうためなの!」


 あんまりにも昔と変わらない調子で喋っているから、イリヤのことが大好きだったから、判断が鈍ってしまった。


 彼女から身体を離して逃げようとしたけれど、もう身体に力が入らない。そのままイリヤにもたれかかると、イリヤは私を雑に掴んで家の中へ入り、リビングのソファの上に転がした。


「どうしてあたしがこんなことするのか分からないって顔してる。ミレリア、あなたまだ、死んだ時の記憶が戻っていないんでしょう?」

「…………」

「ああん、もう睨まないでよぉ。でもミレリアが悪いのよ。だって、あたしのこと分かってくれないんだもの」


 私がイリヤのことを理解しなかったから、私を拘束している? 上手く話が繋がらなくて、眉間に皺を寄せると、イリヤは「そんなに知りたいの?」と無邪気に笑った。


「どうせ魔法が完全に効くまであとちょっとかかるし、昔話でもしてあげる。友達のよしみでね」

「まず、私にかけた魔法を解いて」


 イリヤは私の質問を無視して、とびきりの秘密を打ち明けるように声を潜めた。


「ふふっ。あたしね、シンシア様の一番弟子なの!」

「……………シンシア、の?」


 イリヤから聞くはずもない人物の名前に、背筋が凍る。イリヤがシンシアの弟子? そもそもシンシアに弟子なんていたの? と考えを巡らせるうちに、イリヤの『昔話』は続く。


「あたしが産まれたのは、コリンズの街よりも小さい田舎街だった。少しでも異常があったら街中に広まって、排除されるような街。そんな街でいきなり魔女が産まれたら、迫害されることなんて分かりきった話よね」


 魔女は血筋でのみ産まれるわけではない。もちろん魔女同士から産まれた魔女は強い魔力を持って産まれるが、その土地の魔力が作用するとかで、普通の人間からもごく稀に魔女が産まれる。


 シンシアとの戦争が始まってからは、魔女が産まれると中央の魔女学校へ預けられることになっていた。私もそうだったから、両親の顔は知らない。


 しかし、シンシアの弟子を名乗るイリヤの話はきっと、シンシアが戦争を始める前の話だ。さらに地方の小さな街となると、余計に迫害されたのかもしれない。


 イリヤは、淡々と話を続ける。


「小さい頃、おままごとをしていたとき、ぬいぐるみも動いたらいいな〜って思ったの。そしたら本当に動いちゃった。あたし、その日の夜には物置の中に閉じ込められてたわ。それから3年ぐらい? 存在しないものとして、ゴミ同然に扱われて、妹が産まれた日に森の中に捨てられちゃったぁ」

「…………そんな」

「そこであたしを拾ってくれたのが、シンシア様! ボロボロだったあたしを、嫌な顔ひとつせずにお風呂に入れてくれてね、毎日美味しいものを作ってくれたの。魔法も教えてくれて、幸せだったなぁ。大好きだった」


 あまりに幸せそうに語るから、本当に私を殺したシンシアと同じ人のことを話しているのだろうかと疑いすら芽生える。


 イリヤは、幸せそうな表情から一変して、グッと喉を絞るように話を続けた。


「でもシンシア様、変わっちゃったの。『声が聞こえる』って言い始めたあたりから、おかしくなっちゃった」


 イリヤが今にも泣き出しそうな顔をしたから、こんな状況にもかかわらず、胸がギュッと苦しくなった。


「おかしくって、どんな風に?」

「シンシア様は、魔法を使って魔女を迫害する人間の街を襲うようになったわ。まず最初に消えたのは、あたしの住んでた村だった」

「………………」

「そのうちに、どんどん私が話したことを忘れるようになって、虚な目をすることが多くなった。ずーっと『何か』と話してて、最期にはあたしの声すら届いてないみたいだったわ」

「どうして……」

「……あたしがシンシア様に辛かったときの話をしたら、ギュッて抱きしめてくれるのが嬉しくて、余計に可哀想ぶって話したから、悪かったのかしら。私は復讐なんてしなくても、シンシア様といられたらそれで良かったのに。それだけで幸せだったのにね」


 やっと私の知っている話と繋がった。どんな声が聞こえたのかは分からないけれど、シンシアが大勢の命を奪ったことに代わりはない。


「シンシアはイリヤには優しかったかもしれないけど、私は彼女に殺された。最後には完全に自我を失ってたよ」

「そんなの、シンシア様のせいじゃないもんっ! とにかく、シンシア様は元々、あんなことする人じゃないの。きっと元に戻るはずだったの。シンシア様も被害者なの!」


 イリヤは喚き散らすように叫び続ける。


「でも、あんた達はシンシア様を殺した。そんなこと誰も信じてくれなかった!」

「当たり前でしょう!? あの状態から、とても元に戻るなんて信じられるわけがない!」

「うるさい、うるさい、うるさい! あなた、死ぬ時もそうだったわ。やっぱり人って、死んでも何も変わらないのね!」


 ドクン、と心音が高まる。前世の私がどうやって死んだのか、はたまたイリヤに殺されたのか。ずっと知りたかった謎が、目の前にある。


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