34.私がただのミレリアだったとしても
決戦の日は、心地の良い日光が差し込む朝だった。
「今日は……絶対言う!」
大丈夫だ。決意は鈍っていない。
ベッドから身を起こし、ドレッサーの前に座って、手櫛で髪を整える。それから顔を洗って、キッチンに朝ご飯を用意しに行く。いつも通りの日常だ。
今日次第で、この日常が変わってしまったらどうしよう、とふと思ってしまって、思いきり頭を振り、一心不乱に卵を混ぜた。
心に吹いた臆病な風は温くて、このまま覚悟ごと腐ってしまいそう。心が怖気付いてしまう前に、早く伝えたくてはならない。だから、早く起きてきてほしい。
そんなことを考えながら卵をかき混ぜ終わり、フライパンに流し込んでオムレツにする。よし、今日も最高のトロトロ具合だ。完成が目前に迫ってきた時に、奥の部屋からディアはやってきた。
「……おはよう」
「おはようござい……ます?」
振り返って挨拶をして、ディアのやけにカッチリとした姿が視界に入り、固まる。
しっかりとセットされた髪と、派手すぎない装飾がされた、軍服のような黒い服はとても似合っている。似合っている、んだけど。
「……もしかして今からどこかに出掛けるんですか?」
「あぁ。珍しく兄から呼び出されたんだ。今すぐここを出ないといけない」
心底めんどくさそうな顔で、ディアはそう言った。確かに前、龍族の人と会っていた時も同じような服を着ていた。龍族にとっての正装なのだろうか。
それにしても、何の用事で呼び出されたんだろう。ディアは、この森にやってきた時から過去のことを語りたがらなかったから、フレミリアの記憶を思い出してからもディアの家族に関することはあまり知らない。
兄がいるというのも、聞いたことがあったか、なかったかぐらいのレベルだ。
「お兄さんとは仲が良いんですか?」
「全然仲は良くないな。向こうは俺に死んで欲しいと思っている」
「えぇ!?」
それなら、どうしてそんな人のところへ会いに? 全然行かないで欲しい。
それに、今日は絶対、絶対に話そうと決めていたことがあったのに。
これ以上オムレツに火が入らないよう、慌ててフライパンの火を止め、ディアに駆け寄る。
控えめながら丁寧な刺繍がされた裾を掴み、行かないでと訴えようとすると、先手を打ってディアは口を開いた。
「王位継承に関係する話をするんだ。どうしても行かないと」
「…………危ないことに巻き込まれないって約束出来ますか」
「あぁ。俺を危ない目に遭わせられるやつは少ない」
「いないって言い切ってくださいよ」
「そうだな。いないよ」
ディアは駄々をこねる私を宥めるように、優しい顔をしてそう言った。カッコいいなぁ。って、メロメロになってる場合じゃないの!
パチンと自分の頬を叩いて、正気を取り戻す。
「約束です!」
小指を差し出すと、ディアは不思議そうな顔をして私の手ごと大きな手で包み込んだ。
私がミレリアになった時は、約束といえば小指を絡ませるのが常識だったけれど、森のなかで1人暮らしていたディアにはそうじゃなかったのかもしれない。
とりあえず約束してくれることが大事なので、やけにドキドキしながらも満足して頷くと、ディアはフッと微笑んで玄関へ向かった。どうやらこのまま家を出るつもりらしい。
あぁ、もう、せっかく覚悟を決めたところだったのに!
今伝えるのもタイミング的におかしいし、何やら確執がありそうなお兄さんと会う前にショックを与えるのは申し訳ない。
それでも、明日になっても、弱虫な私がこの覚悟を持ったままいられるか不安なのに。
まぁ仕方がないことなんだけど。大丈夫だ。今日ディアが帰ってきてから伝えればいい。
「帰ってきたら話したいことがあるんです。早めに帰ってきてくださいね」
「分かった。俺は今伝えたい話がある」
「今? 何ですか?」
今日の夜ご飯のリクエストとかだろうか。きょとんとした顔でディアの言葉を待っていると、ディアはそんな私に笑いかけて、私の手を取った。
「俺はミレリアのことが好きだ」
「…………え」
「いや、違うな。愛しているんだ」
え。なに。今、この人、何って言ったの。
正確に聞こえているはずなのに、言葉の意味が理解できなくて、いや理解できてはいるんだけど、ディアが本当に真剣な目で言うから、身体の奥底からブワっと熱が上がってきてしまって、頬がどんどん熱くなるのが分かる。
「き、急に、なにを」
「ミレリアがもしフレミリア様の生まれ変わりだったとして、この先ずっと俺のことを思い出さなくても。もし生まれ変わりなんかじゃなくて、本当にただのミレリアだったとしても、いい。どっちでもいいんだ」
「………………」
「ただ、今のミレリアに、ずっと俺のそばにいて欲しい」
涙が溢れそうになった。
たくさん伝えたいことがあるのに、驚きと嬉しさで上手く言葉が出てこない。
そんなに優しい顔が出来るなんて知らなかった。私が、今のミレリアになったから見られた顔なのかな。
ディアは、ただ目を見開いて、涙がこぼれ落ちないようにすることで精一杯の私の頭をポンと撫でる。
「……はは。すぐ帰ってくるから、返事はその時にでも聞かせてくれ」
首が千切れてもいいってぐらい全力で頷いて、ディアを見送り、玄関のドアを閉める。何度も何度も言われているので、動揺していても鍵をかけることは忘れない。
フラフラのままリビングに戻って、ソファに崩れ落ちた。好きだって。愛してるだって。改めて言葉にされちゃうと、破壊力が桁違いだな。
「私も、愛してる」
言葉にしただけで涙が溢れる。あぁ、もう、どうしようかな。言葉にしちゃったら、急に実感が湧いてきた。
弟子だったときみたいな、慈しみたい感情とは違う。ディアに傷ついて欲しくない感情は同じだけれど、私以外の人にも興味を持ちなさいなんて、もう言えないかもしれない。特別は私だけがいい。
ディアのことが好きなのだ。どうしようもないぐらい。
「…………本当にただのミレリアだったとしてもいい、か」
その言葉にどれだけ救われただろう。ディアが帰ってきて、私が思い出した過去を全て話したとき、ディアは何と言うだろうか。




