29.悪夢の中ですら
最近、ずっと夢見が悪い。
何の夢を見ていたかは思い出せない。それでも、何か嫌な夢を見たことだけは覚えていて、冷や汗をかきながら動悸がして目が覚める。
「おはよう、おはよう!」
「ん、おはよう」
クロは今日も可愛い。朝から元気だ。嬉しそうに私の周りを跳ね回り、テンションの高い声で話しかけてくる。
「ミレリア、どうしたの? 元気ない?」
「そんなことないよ」
「でも、でも、顔色が悪いよ!」
「最近考えることが多くて。寝不足なの」
ベルさんに話を聞いてからというものの、一体私の前世で何があったのだろうかと真剣に考えるようになった。
クローテッド教団のこと。そして、私がフレミリアであることをどうやってディアに伝えるかだけでも頭を悩ませていたのに、前世での死因までとなると、もうキャパオーバーだ。生憎、私の脳の容量は全てを抱えられるほど大きくない。
あぁ、もう! 考えることが多すぎるよ!
ライフワークだったパンを焼く気にもなれなくて、ここ数日のうちに作ったものといえば簡単なホットケーキぐらい。ピザ窯を作った時の情熱はどこへやら、だ。
そんな私の様子を見て、ディアとクロが心配してくれているのも分かる。こうしてクロが、やけに明るく話しかけてくれるのも、私のためを思ってだろう。
「本当に大丈夫だよ。病気とかじゃないから……」
「大丈夫じゃないだろ。そんな顔してるやつの、一体どこが大丈夫なんだ」
リビングから出てきたディアは、そう言って私の周りをふわふわ漂っていたクロを抱き捕まえる。ディアの心配そうな顔を見ると心が痛い。
「うぅ。私、どんな顔してます?」
「今にも倒れそうな顔」
「そこまでじゃないと思います」
「自分で分からないなら、もっと重症だな」
ディアはクロを抱いている手と反対側で私の手を握ると、私が今さっき這い出てきた物置部屋へ誘導し、まだ若干あたたかさの残るベッドに座らせた。
そして、自分はベッドのヘリに座ると、当然かのように私を寝かせて布団をかけてくる。
「え、あの、朝ですよ!? 起きますよ!」
「大人しく二度寝しろ。朝は起きないといけない決まりなんてないだろう?」
「ない、ですけど。……今寝られるかも分からないし」
何よりきっと、また悪夢を見る。それは嫌だ。思わず表情を曇らせると、クロが大丈夫だとでもいうように、静かに私の頬を舐めた。
ディアも、私が安心するように、と布団の上から優しく背中をさすってくれる。
「大丈夫だ。お前が眠れるまでここにいる」
「……本当にずっと、いてくれますか」
「あぁ」
「悪い夢を見そうになったら、ディアが追い払ってくれますか」
「あぁ。俺が負けるわけないだろう」
夢を追い払うことなんて出来ないのに、ディアが優しく微笑んでそんなことを言うから、安心して身体があたたかくなってきた。
身体の方も限界が近かったらしく、ゆっくりと瞼が落ちてくる。
その前にディアにお礼を言わないと。ディアが弟子だった時から、いつも世話を焼かれてばかりだな。今も、愛おしくて、優しいひと。あぁ、すきだなぁ。
「ディア」
「……なんだ」
「だいすき」
今、私、ちゃんとありがとうって言えたよね。
ふわふわした意識の中で、ガシャン、みたいな。何かから落ちたような音が聞こえた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
布団のぬくもりに導かれるままに、私は意識を手放した。
◆
うっすらと目を開けると、窓から見えたのは星の輝く夜空。いつの間にか夜になっている。
「ん、んん……」
嫌な夢を見ずに長いこと寝続けられたのは、久しぶりだ。寝過ぎたかもしれないけれど、やっぱり睡眠って大切なんだなぁ。ものすごく身体の調子がいいし、意識もハッキリしている。
そりゃあ、あんなにふらふらの状態でいたらディアもクロも心配するはずだ。
本当に有難いな、と思いながら横を見る。ディアがいた。造り物かと思えるほど端正な顔は、いつもより少しだけやつれている。
「……やっと起きたか」
「わっ! え、もしかして、本当にずっとここにいてくれたんですか!?」
「当たり前だろ。途中、ちょっと準備のためにクロに見張りを任せたこともあったが」
「ふふっ。じゃあ本当に、ディアが悪夢から守ってくれたんですね!」
嬉しさのあまり、ふと手を伸ばしそうになって、慌てて誤魔化す。
友達だから、という理由で出来ることの範囲はどこまでなんだろう。今の私たちは友達だ。お互いに確認し合っている関係性は、それだけ。
ディアは私のことをどう思って、こんなに優しくしてくれているのだろう。
ディアは元々、友達の扱いがおかしかった。友達、のままなんだろうか。
師匠と慕われるよりは、距離感が近い今の方が嬉しい。師匠だった時は見られなかった表情がもっと見たいと思う。
それでも、私は、自分の感情がまだよく分からない。ディアのことは大好きだ。私の可愛い弟子だもの。
だけど、ミレリアになってからは、それ以上に愛おしく思う感情も混ざってきていて、友情という言葉だけでは説明がつかないことも多くなってきて、自分でもどうしていいか分からない。
馬鹿みたいだけれど、記憶が戻る前の私はフレミリアに嫉妬すらしていたし。
たくさん寝てスッキリしたとはいえ、寝起きの頭でごちゃごちゃ考えてキャパオーバーになった私を見て、ディアはポンポンと頭を撫でた。
「とにかく、元気になったなら良かった。お前が明るい顔じゃないと俺も調子が狂う」
「ご心配おかけしました……」
優しい顔のディアを見ていると元気が出てきた。今なら何でも出来ちゃいそう。まずは恩返しからだ! ミレリア、働きます!
夜ご飯はとびきり美味しいものを作ろう、と意気込んで起きあがろうとした私のお腹から、ぐきゅーと、何とも色気もない音が鳴る。
「こっ、れは、その。朝から何も食べてないからお腹が空いてしまって」
「ふふ。はははっ!」
「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか! すぐ何か作りますよっ」
「いや、大丈夫だ。夕食はもう用意してある」
「え!?」
ディアは私を立ち上がらせると、パチンと指を鳴らしてベッドメイキングを終わらせ、クローゼットから勝手に出てきた外出用の服を一式私の前に並べた。
「星が綺麗な場所を知ってるんだ。そこで食べよう。夜のピクニックなんてのも、たまにはいいだろ?」




