28.前世の謎
今世は辛くて、前世は幸せだった。そんな印象しかなくて、ちゃんと思い出したことは確かになかったかもしれない。
私が死んだときのこと。
「……2回目っていうと、パン屋の娘だったときのことですよね。馬車の事故で死にました。土砂崩れに巻き込まれたんです」
「それって本当に事故だったのかな?」
ベルさんの声は聞こえているのに、上手く頭に入って来ないのは、どうしてだろう。考えたくないと、脳内で拒否反応が起こっているのだろうか。
「……あのさ、そもそも君がまた生まれ変わったって事がおかしいんだよね」
「……………」
「生まれ変わりの呪いは都度かけないといけないはずなんだけど、君は馬車の事故で死んだあと、またミレリアとして生まれ変わった。前世の君も魔法が使えなかったとなると、誰が君に生まれ変わりの呪いをかけ直したんだろう。どうして3回目が存在するんだと思う?」
言われてみれば確かにそうだ。ベルさんの腹部には大きな傷が二つあった。私の一度目は、うなじの傷。
それなら、私に傷が二つないのはどうしてなんだろう。
「ミレリア。死んだ時のこと、もっと詳しく覚えてない? どこで馬車の事故に遭った? どんな風に?」
「えっと。どこかに行く途中、で。どこに行く途中だったのかは覚えてないんですけど、急に土砂が崩れてきたはず、なんです」
もっとちゃんと思い出したいのに、記憶に霞がかかっていて、上手く思い出せない。
「一人で馬車に乗ってたの?」
「いえ。家族と。……家族? 違う。家族じゃなくて、妹みたいな子と乗ってました」
「その子も一緒に死んじゃったのかな? どうして馬車に乗ったの?」
「一緒に死んだ、はず、です。死んだ時のことはあんまり覚えてないけど、……その子に誘われたような気がする。あの子も死んだ? でも、そんなこと……」
私が死んだのは馬車の事故。土砂崩れに巻き込まれて。それは揺るぎない事実のはずだったのに、ベルさんの質問に答えるたびに頭がぐらぐらと揺れてくる。
そもそも何で馬車になんて乗ったんだろう。妹みたいな子って誰だっけ。土砂崩れに巻き込まれたなら一緒に死んでいてもおかしくないけれど、私はそんな事があったとして、今日まで忘れていられるだろうか。
まるで思い出さないでくれ、とでもいうように、記憶に霞がかかっていて、上手く思い出せなくて。
「すみません。なんだか、上手く思い出せなくて。でも、事故に遭ったことは本当なんです」
「そっかぁ。まぁ、死んだ時の記憶なんて思い出したくもないよね。……じゃあ、勝手に覗いてもいい?」
「はい!?」
「記憶とか感情のひとつやふたつが消えるかも知れないけど、人格にまでは影響出ないと思うよ!」
「絶対嫌ですよ!? 私、頑張って思い出すので! 待っててください!」
危な。記憶と感情がひとつふたつ消える手段なんて、そんなの誰が信用出来るっていうんですか。
恐ろしいことを笑顔で言ってきたベルさんから距離を取りつつ、紅茶をすする。疑いもしなかった部分が揺らいでいるせいで、全く味がしない。
「とにかく、何か思い出したら教えて。僕の方でも調べてみるから」
「……はい」
ベルさんはローブのポケットに手を入れ、ゴソゴソと漁ると、小さな鈴をくれた。
「これあげる。何かあったら鳴らして。もう魔法が使えると思ってたから、必殺技を授けるなんて冗談だったんだけど、ね」
「ありがとうございます。大事に、します」
「あはは。ディアには見つからないようにね。そんなの渡したって知られたら、殺されちゃうから!」
ベルさんはそう言って、何か言われる前に、といつものように窓から帰っていった。
渡された小さな鈴は、薄く緑色に透けていて、ほんのり魔法の力が籠っているのが分かる。それを鳴らさないように内ポケットの中へとしまった。
私は弱い。弱くなってしまった。何も傷つけないように一人でいるしかなかった過去とは違って、今の私は一人でいることすら出来なくなってしまった。
今の私では何も守れない。前世でだって、きっと魔法が使えたら、私は土砂崩れなんかで死ななかったはずだ。それどころか、馬車を土砂崩れから守ることだって出来たのに。
思考を打ち切るように、リビングのドアが開く音がした。
「ミレリア。ベルは……帰ったのか。相変わらず勝手な奴だ」
「…………ディア」
「顔色が悪くなった。何か嫌なことでも言われたのか?」
「そんなことないですってば! 全然大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます!」
ディアを心配させないように笑ってみたけれど、複雑な感情はずっと胸の中で蠢いている。
その日の夜はあまり眠れなかった。




