27.元婚約者様は手厳しい
覚悟を決めてベルさんに向き直ると、ベルさんはにっこり笑って指をパチンと鳴らした。
「はい。防音魔法をかけたよ。これでディアにも僕たちの会話は聞こえない」
「……ありがとうございます」
「なんかすごくディアと仲良しになってるじゃん。まぁ、そうか。君、フレミリア様だったんだもんね」
「おっ、大きな声で言わないでください!」
「だからディアには聞こえないってば。まだ本人には言ってないんだ。可哀想にねぇ」
可哀想。グサッと言葉が胸に突き刺さる。本気で血だって出た。多分。
「言えないんですよ! 最初にフレミリアじゃないって言いすぎたせいで、実はフレミリアでした、だなんてどうやって言えばいいんですか!?」
「でもいつかは言わないといけないでしょ?」
「私なりにタイミングを見計らってる最中なんです!」
だって、あまりに神格化されているし、明らかに本人宛てじゃない想いを聞きすぎている。
それに、ディアへの気持ちの整理がつかない限りは、上手く言えないと思う。私がディアに抱いている感情は何なのか、最近はずっと考えている。それでも、簡単には整理がつかない。
もしそれが恋だったとして、いや弟子に恋する師匠ってどうなの、犯罪じゃない!? とか。
美化されすぎてる思い出を崩したくないし、いっそのことフレミリアだったことはもう言わない方がいいんじゃないかな!? とか。
ディアが私と向き合って、生きてくれるつもりなら、今更余計なことを言って関係が壊れちゃったら嫌だな、とか。
嫌われたくないという思いが強すぎて、現状維持から抜け出すことが出来ない。ディアはフレミリアをずっと待ってくれているって。その上で複雑な想いを抱えてでも、ミレリアを大事にしようとしてくれているって、知っているくせに。弱い私は自分のことばっかりだ。
でも、こんなに惨めな姿を見せたくない。いつまでも記憶の中でカッコいい師匠のままいたいなんて思ってしまうから。だから、どうしても言葉が口をついて出ない。
グッと黙り込んだ私を見たベルさんは、「僕はフレミリアだった時よりミレリアの方がいいけどなぁ」なんて、ケラケラ笑っている。他人事だからって無責任な!
「あの。ベルさんは、逆になんで私がフレミリアだって気がついたんですか?」
「そりゃ分かるよ。君の、魔法の気配がした」
でも気づくのは僕ぐらいだろうね、とベルさんは続けた。
綺麗な緑色の目が、じっと私を見つめている。当時はペリドットの魔法使いと呼ばれていて、とても人気があったんだっけ。
兵器を生み出すための政略結婚だったけれど、元々周りから嫌われていた私は、よく僻まれたものだ。
「あははっ。そんな固くならないでよ。だって僕たち、婚約者だったでしょ?」
「こっ、こん」
「ちなみに何のショックで記憶が戻ったの?」
ベルさんは動揺している私にお構いなしで話を進めてくる。その方が楽だけれど、面と向かって婚約者と言われると、なんだか気まずい。
あのまま生き延びていたらベルさんと新婚生活を始めていたのかと思うと。うん、違和感がすごい。
「そうだなぁ。シスターに記憶を消された時に、前世の記憶が引っ張り出されてきたってところ?」
「その通りです。目が覚めた時にはフレミリアの記憶を思い出していました」
「それで魔法が使えるようになったってことか。……面白いな。記憶と魔力が連動してるなんて初めて知ったよ」
「……それが、その、相談したいことなんですけど」
私は全身に魔力を巡らせる、イメージをする。前ならこれだけで全身がうっすら炎に包まれていた。今の私の身には何も起きない。魔力だって巡らない。
「魔法が使えないんです。使えたのは、記憶が戻った直後の一度きりで」
ベルさんの目がスッと細められ、真剣な表情に変わった。
「それ、おかしいよ。前にも言ったけど、魔力は血に宿る。だから、君の血には前みたいに莫大な魔力が通ってるはずだ。それなのに魔法が使えないのは、普通じゃ考えられない」
「でも、本当に使えないんです」
「……だとしたら、記憶が戻ったことと、一瞬でも魔法が使えたことは関係がないのかもしれないね。生まれ変わりの術は分類的には呪いだからさ、記憶が戻ったときに、ミレリアにかけられてた他の『何か』が緩んだのかも」
「他の、『何か』……?」
「そう。例えば、封印とか契約とか」
封印に、契約。どちらも詳しくない部類の魔法なので、見当もつかずに首を傾げる。
錬金術の方面に明るかったベルさんとは違って、私は火力ゴリ押しの戦闘狂だったから、そういった繊細な魔法の知識はない。
「どっちも、条件をつけて魂を縛る術だよ。魔力ごと無くなったわけじゃないみたいだから、使えない状態にされてるって考えの方が納得がいくね」
「そんなの、誰が私にかけたんでしょう。そもそも何が目的で? 身に覚えはありませんけど……」
「誰がかけたのかは分からないし、目的も分からないけど、何処でってのは心当たりがある」
「え?」
なぜベルさんに心当たりが、と更に首を傾げた私を見て、ベルさんはいつもの朗らかな様子からは想像がつかないほど冷たい表情で口を開いた。
「君さ、2回目に死んだ時のことって覚えてる?」




