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26.スーパー過保護モード

 

「……あのさ、何してるの?」


 天気も良く、麗らかな風が吹く午後。家の前でせっせと畑を耕していた私を見て、いつも通り突風と共に現れたベルさんは言った。


「何って、見ての通りですよ。これ、爆蘭っていうんですけど、種が取れたので植えようと思って!」


 この前ディアと爆蘭で花火擬きをしたときに残った種を集めて、取っておいたのだ。ここでも育てることが出来たら、いつでもディアと花火が出来るから。魔力を持たない今の私でも。


 ベルさんは、ふーん、と言って、ベルさんが現れてから当然のように私の前に立ったディアに目を向ける。


「で、ディアは何してるの?」

「守ってる。お前から、ミレリアのことを」

「なんだよ、守ってるって! 別に何もしないよ! なんか前にも増して番犬みたいになってない!?」

「誰が犬だ。ふざけるな」


 よしよし、と後ろから宥めるように腕をさすると、ディアは不服そうにしつつも私の手を振り解くことはしなかった。むしろ満足気に見える。


 こういうところは昔から変わらずで、とっても可愛い。私たちの様子を見たベルさんは、ふっと表現を柔らかくする。


「なーんか、呑気で安心した。この前あんなことがあったからさ、凹んでないか心配してたんだよねぇ」


 ベルさんは、明るく言葉を続ける。


「それにさ、ショックも大きいでしょ? 何せミレリアは前世の記憶が戻っ」

「べっ、ベルさん!」

「えっ、何!?」


 大きな声で遮って止める。私、言ってない。まだディアに言えてないんです。


 大焦りしながら口パクとジェスチャーで訴える。お願い、察して。助けてください。どうか、目の前にいるディアがこちらを振り返ってしまい、私の冷や汗まみれの姿とベルさんの言葉から事態を推測する前に!


 奮闘の甲斐あってか、ベルさんは心底面白いものを見た顔をしたあと、ニヤニヤとした表情を押し殺して、上手く言葉を続けてくれた。


「いやぁ、そりゃ大変だったよね! 前世の記憶を植え付けられそうになったんだもんね、あの孤児院で」

「……そもそも、どうしてミレリアが狙われたんだ。ちゃんと残党は一人残らず消してきたんだろうな?」

「そう! 今日はちょうど、その件の報告に来たんだよ。色々知っておいて欲しいこともあるし?」


 ミレリアの美味しいパンもそろそろ食べたくなったし。ベルさんはそう付け足して、にっこり笑った。






 ◆






 ディアが魔法でお茶を入れ、私がおやつに食べようと焼いていたスコーンを出すと、ベルさんはニコニコ顔で席についた。


「美味しいねぇ。僕はクロテッドクリームを載せるのが一番好き。二人は?」

「……ベル。お前は飯を食いに来たわけじゃないだろ」

「ディアはせっかちだなぁ。じゃあ本題に移るけど」


 もぐもぐと口を高速で動かし、スコーンを飲み込んだベルさんは、パチンと手を合わせて話を始めた。


「まず、ミレリアを襲ったのはシスターのアネス、だったよね? 彼女はクローテッド教団の幹部だったみたいなんだ」


 その後もベルさんの話は脱線しまくったので、簡単にまとめると、シスターはカレンデュラの森を見張る役目をしていたらしい。


 教団がどこまでかつてのことを把握しているかは分からないが、クローテッド教団が崇める"魔王"ことシンシアを殺した仇が大事にしている森だ、ということは幹部の間で共有されていたらしく、森の近くにある教会のシスターとなって異変がないかを確かめていたのだとか。


 あのときの記憶は曖昧だが、シスターは確かに、『忌々しい森』だとかそんな風なことを言っていた気がする。


 森に変化もなく、どうにか手柄を立てたいと思っていた矢先に、久しぶりに参加したミサで、シスターは他の幹部から『本』を渡されたのだと言っていたそうだ。その本を使って魔力がない人間の記憶を消し、教祖に引き渡せと言われていたらしい。


「まぁ、記憶を消してまっさらにした後に何かしらの処置を施して、シンシアに作り替えようとしてるってことなんだろうね。ほんと、よくこんなこと考えるよね〜」

「……確か、シスターは私を空っぽにして、シンシアを降ろす? とかそんなことを言ってたような気がします。どうしたらそんな事が出来るのかなんて、見当も付きませんけど……」

「もしかすると、シンシアが生きていた時代から生きてる奴が絡んでるかもな。俺があの女を殺したことなんて、碌に記録も残ってない。今生きてるやつで知ってるのはベルぐらいだろう」

「ね。クローテッド教団なんて、シンシアに憧れてるだけの馬鹿の集まりだと思ってたけど、結構事態が深刻そうなんだよねぇ」


 確かにそうだ。クローテッド教団が、本当にただのシンシアの信奉者の集まりだとしたら、ディアのことまで正確に把握しているのはおかしい。


 あの時のことを知っている人間、もしくは魔女が、まだ生きている。明確な悪意を持って。


 つまり、あの時の私は想像以上に間一髪な状況だったということだ。


 シンシアの恐ろしさは、彼女に殺された私が一番知っている。お腹に穴が空いた感覚を、最近になって思い出した。手足の先から冷たくなって、血液が、命が溢れていくのが分かった。あんな体験はもう二度としたくない。


 そして、疎まれながらも17年一緒にいたシスターがシンシアを崇めていて、本当に。本当に私を殺そうとしていた、なんて。今更ながら身震いが止まらなくなる。


 机の下でこっそりディアの手を握ると、ギュッと握り返してくれた。あったかい。心強くて、少し、震えがおさまる。


「その、事態が深刻だって、いうことは。もしかして私以外の人も、記憶を消されて教団に連れてかれているんですか?」

「残念ながらそうみたいだね。ミレリアと同じぐらいの年齢で、魔力の少ない子が失踪したかと思えば、記憶を消されて知らない街にいる。みたいなことが最近多発してるんだよ」

「…………そんな」

「最初は何かの精神病だと思って放置してたんだけどさ、みんな同じ注射の跡があるんだよね。で、今回のミレリアの件で決定的になったってわけ」


 ベルさんはそう言って、ローブのポケットに手を突っ込み、ガラスで出来た無機質な注射器を取り出した。


「この注射器、シスターが持ってたんだよね。残念ながら中身は空だった。咄嗟に処分したんじゃないかな」

「もしかすると、その注射器がシンシアを降ろすのに関係してるってことなんでしょうか?」

「分かんない。シスターに聞いてみたけど、知らないの一点張りで、何しても口を割らなかったんだよ。残念だけど」


 何しても、というところには触れないでおこう。怖いので。

 しかし、隣のディアは私の躊躇いを踏み越えてベルさんに訊ねた。


「で、そいつは今どうしてるんだ? ちゃんと殺したんだろうな」

「殺しちゃったら、また話が聞きたくなった時困るでしょ。とりあえず、シスターは氷漬けにしてるよ」

「……氷、漬け」

「安心してよ。ちゃんと管理してるから」


 ベルさんはにっこり笑顔だが、殺されかけたとはいえ、虐げられていたとはいえ、やっぱり複雑な気持ちにはなる。


 ディアはその強張った表情を、まだシスターが生きている恐怖だと捉えたらしく、「大丈夫だ。ミレリアを傷つけたんだから、殺す程度じゃ済まさない」と優しい顔で更に物騒なことを言われた。やめてください。


「ってことで、ミレリアもこれから気をつけてねって話。クローテッド教団ってほんとしつこいから、また狙ってくるかもしれないよ」

「何があっても俺が守るから問題ない」

「ディアがいるなら安全って言いたいところだけど、今回みたいに妖精の悪戯でどうにもならない時もあるでしょ? いつでも側にいるわけじゃないんだからさ」

「? いつでも側にいるが」


 ディアはきょとんとした顔をして、私の方を見つめた。


 そうなのだ。あの日からディアはずっと私の側にいる。本当に。食事の時も、眠る時も。お風呂に入るときだって浴室の前にいる。正直やめて欲しいが、断ったらまた暴走モードに入りそうだったので、受け入れた。


 私の乾いた笑いを見たベルさんは、「お気の毒に」と手を合わせてくれた。察せましたか、この苦労が。


「まぁ、それは心強いんだけどさ。今日はミレリアにもいざって時の必殺技を教えてあげようかと思って」

「え! いいんですか!?」

「もちろん。……それで、ちょっと二人で話したいんだけど、いいかな?」

「なぜ二人で話す必要があるんだ?」

「ほら、必殺技だし。前にミレリアから相談されてたこともあるし!」


 ディアは「相談なら俺にもすればいい」と首を振ったが、私もベルさんと二人で話す時間が欲しい。本当に相談したいこともあるし、きっと、本題は必殺技なんかじゃないはずだ。


「ディア。どうしても二人で話したいんです。どこかに行ったりしませんから」

「……俺じゃ役に立てない話なのか?」

「ええと、その、はい」


 正直に頷くと、ディアは目を伏せ、無表情のまま席を立った。それでも背中が悲しげに見えて、どっと罪悪感が湧いてくる。


 本当にごめんなさい! それでもベルさんとは話し合わないといけない事があるんです!


 フレミリアの記憶を取り戻してから背負い続けている、もっと大きな罪悪感を下ろすためにも、ここは頑張らないと。

いつも誤字報告いただきありがとうございます!

大変助かっております……!!

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