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23.大丈夫なんかじゃなかった



「少し目を離しただけでこれだ」


 冷たい声だった。ディアがため息を吐くたび、私たちを避けて嵐が吹き荒れる。


「どうすればいい? 部屋に鍵をかけて閉じ込めたらいいのか?」


 普段は透っている綺麗な目が、今は濁って仄暗い目をしている。

 いつの間にか私の拘束は解かれていて、私はディアの腕の中にいた。いわゆるお姫様抱っこの状態。そう気がついたのは、少し時間が経ってからだった。


「お前を傷つけたやつは誰だ。殺してやる。……いや、失ってからじゃ遅いんだったな。お前まで失ってしまったら、俺は、俺は─────」


 ディアからあり得ないほど濃い殺意が湧き立つのが分かる。

 作り物のような綺麗な顔が不快そうに歪む。彼のこんな顔は見たことがない。


「でぃ、ディア! 私、大丈夫です! ほら見て、怪我一つないでしょう!?」

「あぁ、大丈夫だ。この国ごと滅ぼして、早く一緒に森へ帰ろう」

「どうして!?」

「この国に俺たち以外がいなければ、もう何も奪われない。最初からそうすれば良かったんだ。あの森さえ残っていれば地上全てが滅んだって問題ない。……あぁ、お前は上で暮らした方が安全かもしれないな」

「でも! フレミリア、様は」

「こんなことは望んでいないだろう。でも、もう仕方ないじゃないか。……これ以上、どうしたらいいのか分からないんだ」


 片目から涙を流しながら笑っているディアは、本当に今にも壊れそうだ。


 私のせいだ。私が呆気なく死んだから。私が記憶を取り戻さなかったから。私が、攫われたから。弱いから。

 ディアをこんなに追い詰めるほど寂しい想いをさせてしまった。ディアはこう見えて泣き虫なのに。私が一人きりにしてしまったから。


 (ミレリア)といるときのディアは、比較的落ち着いて見えたから、まさかこんなにも『失うこと』に弱いなんて考えもしなかった。


 人に弱みを見せるのが苦手な人だとは昔から思っていたけど、そうか。自分が大丈夫じゃなくても、気づけない人なんだ。ディアは多分、もうずっと前から、全然大丈夫なんかじゃなかったのだろう。


 私たちの周りにとてつもない量の魔力が渦巻いているのが分かる。ディア本人もおそらく制御出来ていないのだろう。

 きっと彼は、昔の私と同じようなことをしている。自分たちだけを守って、カレンデュラの森以外の全てを破壊するつもりだ。


 いくら私に魔力が戻ったといっても、桁が違う。とてもじゃないが止めきれない。莫大な魔力の暴走で人化が解け始めてきているのか、ディアの腕が鱗に覆われていく。


 ────このままでは、本当に大陸が滅んでしまう。


 何とかディアの気逸らして、魔力を散らさないと。


「…………ッ、!」


 (フレミリア)はここにいる。


 そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。きっと今そんなことを言っても、彼は止まらないだろう。

 私が彼の動きを止めるための嘘だと思われる。今まで散々私はフレミリアじゃないと言ってきたのだから。自分で自分の首を絞めてしまった。


 言葉はもう届かない。

 ……それなら私は、一か八かの賭けに出る。


「ディア!」


 彼の名前を出来るだけ大きな声で呼んで、私を抱き抱えている腕の中から必死に手を伸ばした。そして、そのまま首に腕を絡める。


 自分で言うのも恥ずかしいが、ディアは(フレミリア)のことを愛している。それなら、この一瞬に賭けるしかない。


「───────っ」


 強引に顔を近づける。

 私はこの子のためならもう一度死んだって構わないのだ。


「愛してる」


 声に出さずに口の形だけで言葉を発して、冷たい唇にそっとキスをした。


 ディアは一瞬、何が起こったのか分からない顔をして、パチパチと瞬きをする。それから呆然とただ遠くを見つめているうちに、虚ろだった目に光が宿り、腕からは鱗が消えて、完全に動きを止めた。


 周囲の魔力が荒れ狂う。ディアの気が逸れたおかげで、人間では到底耐えきれないほどの魔力がゆっくりと離散していく。


「…………ミレリア?」

「ディア、大丈夫だから」

「なに、が」

「私は大丈夫。だって、何があってもあなたが守ってくれるんでしょう?」


 だから、泣かないで。

 指で涙を拭うと、光を取り戻した目に私の姿が映り込んで、すぐにぼやけた。


「……ミレリア」

「うん」

「ミレリア」


 ディアは自分に言い聞かせるように何度も何度も私の名前を呼んで、最後には私をキツく抱きしめた。そういえば、"ミレリア"と名前を呼ばれたのは初めてな気がする。

 胸が苦しくなるほどのハグは昔と全く変わらなくて、何故だか私も泣いてしまった。

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