22.今すぐここから消える方法を教えてください
頭が、痛い。
どうにか目を開けるが、グラグラと視界が歪んでいる。
「…………生きてる」
すぐに自分の身体を見下ろすと、ポッカリと空いていたはずの穴は開いていなかった。
ただ拘束されているぐらいで、怪我の一つもない。頭が死ぬほど痛い以外は元気そのものである。
どうして、と考えて、すぐに自分が"フレミリア"ではないことに気がつく。
私は、ミレリア。前世の私もミレリアで、パン屋の娘だった。でもすぐに死んじゃって、また生まれ変わって、この孤児院に拾われて、追い出されて──────。
あまりに膨大な情報量に、頭が処理落ちしてしまったらしい。強い目眩がして目を閉じる。
次に目を開けた瞬間、今世と前々世は一つになった。
「────────!?!?」
声にならない悲鳴が喉から上がる。
あの森を一人で任されるほど強い魔法が使えて、形だけとはいえベルさんという婚約者がいて、しかもディアにあれだけ慕われるなんて、どれだけ素敵な人なんだろうと思ってたけど、フレミリアって私だーーーーっ!?
何が「フレミリア様ってどんな方だったんですか?」だ。何が、「本当に、フレミリア様じゃない」だ。私だよ!
しかもディアやベルさんの中の『私』は途轍もないほど美化されている。私なんてただ寂しがりやの落ちこぼれ魔女なのに。
もう嫌。消えたい。情けなくて涙が出てくる。
「………………消えたい……」
脳裏に涙を流していたディアの姿が過ぎる。
──── 置いていかれるぐらいなら、俺はあなたと一緒に死にたかった。
あんなことを言わせるなんて、私はあの子になんて酷いことをしてきたんだ。
すぐ、すぐに謝らなければ。許してくれるかは分からないけど、とにかく地に伏せて詫びよう。
いやいや。待って。一旦待って。
あれだけ私への想いの丈を聞いたのにどんな顔で会えっていうの!? そもそも私のことをあんなに好きでいてくれたなんて、全然知らなかったんですけど!
そもそも記憶さえあればこんなことにはならなかったのに、と悔やんで、ふとベルさんが言っていたことを思い出す。
確か、自分に魔力を込めて傷をつけ、記憶と魂を結びつけるとか言ってたはず。
私にそんな繊細な魔法は使えない。もしかするとディアがやったのだろうか。いつ。いつの傷だ。
「私に傷なんて…………あ」
ハッとうなじを抑える。傷、ある。絶対これだ。
だって前世から生まれつきあるとか、普通に考えたらおかしいもん。
「ひぃ…………」
どうしよう。証拠がどんどん揃ってきた。
怯えた拍子に身体が震えて、拘束具が肌に食い込んだ。痛い!
一旦このことを考えるのはやめよう。まずはここから逃げて森へ帰らないと。
そのためにはシスターをどうにかしなければならない。しかし肝心のシスターは遠くで昏倒してしまっている。
「これ、私がやったんだろうなぁ」
眼前に広がるのは快晴。16年間暮らして住み慣れた孤児院は半壊していた。
シスターに何の魔法をかけられたのかはよく分からないが、人格を消すとか何とか言っていたから、その類いの魔法だろう。そして、今世が奥へ引っ込んだおかげで、前々世が出てきてしまった。
私が魔法を使えなかったのは、ベルさんが言っていたとおり、魔女だったからだ。魔力は血に宿っているのだから、記憶を取り戻した今は当然魔法が使える。
ただ、拘束具だけを壊せるような繊細な魔法なんて私には使えない。
今の状態なら誰に襲われてもそうそう負けないと思うが、逃げる術も思い当たらない。
さて、どうしよう。今日も空は青くて綺麗だな。
衝撃的なことが起こりすぎて現実逃避を始めた私の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「あのね、あのね! 今すぐここから逃げた方がいいよ!」
「クロ!」
ぴょこんと空中へ現れた黒兎は、何やらすごく焦ったように私の周りを跳ね回っている。
「そんなことわかってるよ!」
「そうじゃないよ! 嵐が来るんだよ!」
忠告はしたからね、とクロは一瞬で去っていった。薄情ものめ。せっかく助けが来たと思ったのに!
逃げろと言われても、拘束具を外してくれないと逃げることなどできない。
小さな溜息を吐いた、次の瞬間。
とてつもない轟音が響いて雷雨が降り始めた。
「え!?」
空はどす黒い色に染まっていて、さっきまでの晴天が嘘のようだ。驚いて瞬きを、一つ。
次に目を開けると、今まで見たことがないほど切実な表情をしたディアと目が合った。
「……お前は本当に、俺がそばにいないとダメなんだな」




