20.あなたのために生きていいかな
「フレミリア様っ!!」
きっと本当は誰でも良かった。
独りぼっちで寂しかったから、話し相手が欲しかっただけ。誰かと一緒に生きたかっただけ。
そんなことを望んではいけないのに、神様にワガママを言った。そのバチが当たったんだ。
「ふれみりあ、さま」
まさかこんなことになるなんて、思ってなかったの。
最愛の弟子が泣いている。
早く涙を拭ってあげたいのに、それすら出来なくて、必死で振り上げた手は空をきった。
◆
小さい頃から『こんな魔力量を持つ魔女は見たことがない』と褒められてきた。
将来は救国の魔女になってこの戦争を終わらせてくれるだろう。周囲からそう言われて入った魔女学校では、最下位の成績を叩き出した。
魔力を上手く操ることができない。そんな致命的な欠陥を、私は持っていた。
魔力量が多すぎて調節が効かないのだ。ただ火を出すだけの魔法が勝手に大爆発を巻き起こす。
模擬戦では森を丸々一つ焼き、相手の魔女を殺しかけた。治癒魔法のおかげで一命を取り留めた彼女の元へお見舞いに行ったとき、かけられた言葉は今でも覚えている。
「この味方殺し!!」
その時から私は『味方殺しの魔女』と呼ばれるようになり、そのうち親や先生からも距離を置かれ始めた。
こんな私と肩を並べて戦いたがる人なんていない。それでも、戦争に勝つためには、私のような欠陥兵器でも必要とされたようだった。
魔女学校を卒業後、すぐに私は西方の魔女に任命された。
「私が西方の魔女に、ですか!?」
「あぁ。異例の出世だな」
先生は出世だと言ったが、実際は単なるその場凌ぎの配属だと私を含め全員が知っていた。
ちょうど先代が亡くなり、早急な穴埋めが必要だったこと。最前線となることが多い西は攻撃力の高い魔女を配置する必要があったこと。私を弟子に取ってくれる魔女がいなかったこと。
そして、私のような味方殺しと肩を並べて戦うことを他の魔女たちが嫌がったこと。
先代の弟子たちは全て他の森へ移り、西は私一人に任せると、さも良いことのように先生は言った。
「一人の方が君も戦いやすいだろう?」
「…………はい」
新人が一人で最前線を任されるなんて、死地へ飛び込んでいくようなもの。
きっと誰もがすぐに死ぬと思っていたはずだ。
私だってまさか、こんな最前線で五年も生き延びてしまうとは思っていなかった。
────一人きりの戦場ほど寂しくて静かな場所は他に知らない。
コントロールする術がないから、自分に強い防御魔法と回復魔法をかけた上で爆炎を放つ。
自分を囮にして巻き込むのは、魔獣を倒すには一番効率が良い方法だ。そのせいで森の端の方は更地になってしまったが、戦果のおかげか、誰も私に文句は言わなかった。
「今日はスープにしよう」
五年間の森暮らしで独り言が増えた。
誰とも話さず、野菜を煮ただけのスープや固いパンを齧る日々。
死ぬためだけに戦場へ行っていた。せめて誰かのために命を使って、散れるのならば本望だ。死ぬ時はできるだけ痛みがない方法で死にたいな。毎日頑張っていたらきっと、それぐらいの願いは叶えてくれるはず。
本当にそう思っていたのだ。
ある日の帰り道、森であの子を見つけるまでは。
◆
「今日も生き延びちゃったなぁ……」
戦場からの帰り道、家の近くにボロボロの服を纏った子供が倒れているのを見つけた。
何歳ぐらいだろう。13歳ぐらいだろうか。作り物のように整った顔のせいか、性別は分からない。
この森には強い結界が張ってあって、許可された者以外は入れないようになっている。
最前線になることが多い西は、特に強い結界が張ってあるはずなのに、一体どこから迷い込んでしまったのだろう。
近くへ駆け寄ると、うっすら目が開く。どうやら意識はあるようだ。
「あなた、ここで何をしているの?」
「………………」
返事はない。もしかすると何か複雑な事情があって声を出せないのだろうか。
とにかく、このままここにいるのは危ない。
そう考えた私は、すぐにその子を家へ連れて帰った。
「怪我してないか確認させてね」
声をかけたが相変わらず反応はない。しかし、もし怪我を負っていて、それがあとから悪化したら大変だ。
ボロボロの服をめくり、手や足を確認していると、怪我の代わりに不思議なものが見つかった。皮膚のところどころがキラキラと光っているのだ。
「…………龍の鱗?」
確か図鑑で見たことがある。
天に浮かぶ島に住み、圧倒的な強さを誇る種族。プライドが高く、気まぐれで地上へ天災を起こす。
もしこの子が本当に龍なのだとしたら、すぐに天へ返さなければならない。
「ねぇ。あなた、どこから来たの?」
「……………」
訊ねてみたが返事はなかった。
そうか。龍が使う言葉と、私たちが使う言葉は違うのかもしれない。
それなら余計に、早く天へ返してあげなければ。
「……でも、まずは元気になるのが先よね」
何せこの子はまるで抜け殻のような状態になっている。うん、そうだ。もう少し家で様子をみよう。
天で何かが起こって自分から降りてきたのかもしれないし、帰るかどうかは元気になったこの子が自分で決めた方がいい。
私は尤もらしい言い訳をして、天へ返すという選択肢を頭の中から消した。
─────独りぼっちの生活に、もう耐えきれなかったから。
◆
「私、フレミリアっていうの。西方の魔女よ。この森に一人で暮らしているの」
次の日から毎日龍の子の世話をし、話しかけるようになった。
彼だか彼女だか分からないその子は何も返してくれることはなかったけれど、家に自分以外の誰かがいるだけで幸せだった。
戦いにだって熱が入った。
私が死んだら家にいるあの子が危険に晒される。そう思うと、手が千切れたって足が潰れたって、怖くなかった。
こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。死に場所を探して彷徨っていた戦場が、必ず戻らなければならない死地へと変わる。
いつからか私は、人間のためでも、魔女のためでもなく、あの子のために戦っていた。
「ねぇ」
私がやっていることは卑怯だ。
そんなことはとっくに分かっている。でも。
「ずっと、ここに居てくれる?」
艶のある髪を優しく撫でながら呟いた。
返事がないのをいいことに、私はずっと龍の子と暮らし続けた。




