18.正直者は嘘を吐かない
私はそろそろここを離れなければならない。
昨日の夜空に浮かんでいた月は、ほとんど満月に近かった。
月が満ちて、亜竜の繁殖期が終われば私はここを出て南の街へ行く。それまでは家に置いてもらう。そういう約束だった。
既に部屋の荷物はある程度まとめてある。元々私が持ち込んだものなんてほとんどないから、荷物は少ない。
この家から持って行かせてもらう物は、ディアが保存の魔法をかけてくれたカレンデュラの花冠ぐらいだ。
ディアは、今世で出来た初めての友達だ。
今までお世話になった分幸せでいて欲しい。あわよくば、たまに森へ様子を見に来させて欲しい。もちろん、焼きたてのパンをたくさん持ってくるから。
それでも、やっぱり別れ際というのは重要だ。最後はとびきりの笑顔が見てみたい。
「……クロ。ディアって何をしたら喜ぶと思う?」
いつものように昼食の残りを貰いにきたクロに問いかけると、クロはきゅるんとした顔で私に近寄ってきた。
「ミレリア、ミレリア!」
「私?」
「ミレリアがいたらディアは喜ぶよ!」
「……それはどうかな」
いつまでもここにはいられない。私はフレミリア様じゃないから。
言い淀んだ私に、クロは言葉を続けた。
「もしかして元気ない? クロがとっておきの秘密を教えてあげる!」
「秘密?」
「あのねあのねっ! ディアはフレミリアのことを愛してるんだよ! でも全然伝えられなくて、毎日ラブレターを書いてたんだよ! 今もこの家にあるよ!」
「……それって私に話していいことなの?」
「フレミリアになら言ってもいいと思う! 秘密だよ!」
「じゃあダメじゃない!?」
気づいたら共犯にされていた。仕方がないので墓まで持って行こうと思う。
でも、クロに話を聞いたおかげで良いことを思いついた。
私はフレミリア様の代わりにはなれないが、思い出の何かを作って、彼に見せることは出来るかもしれない。
「クロ。ディアがフレミリア様との思い出の中で、特に大切にしてることとかってある?」
「これ以上は怒られちゃうよっ!」
「明日、クロの大好きな木苺のタルト作ってあげる」
「花火、花火じゃないかな!」
即答だった。
なんて話が早くて現金な生き物なんだ。
「花火?」
「フレミリアの火の魔法でね、お花の形の火を空に打ち上げるの! すごく綺麗なんだよ!」
「もっと私に出来そうなことで教えてもらえる!?」
そんなのフレミリア様にしか出来ないじゃないか!
「あ、でも代わりなら……」
ふと思いついた。
爆蘭という花は、花の中にある種子に油が含まれていて、火をつけるとパチパチと炎を散らしながら燃える。
その様子が綺麗だからと、お祭りなどで売られては、子供たちが爆蘭の茎を持って花を下にし、火花が散る様子を眺めるのが夏の風物詩になっていた。きっとその様子は『花火』というものに似ているはず。
私は買えなくて悔しかったので、自分で育てるようになり、私物化していた孤児院の庭に今も植えられている。
そういえば、ちょうど今が開花時期だったんじゃないだろうか。
「クロ。この森に、爆蘭という花はある?」
「ないよ、ないよ! 今まで見たことがないよ!」
「じゃあダメかぁ」
「どうしてダメなの?」
「孤児院の庭にはあるはずなんだけど、そう簡単に戻れないから……」
ディアに話したとして、その時点でサプライズは失敗する。この案はなかったことにしよう。
「他に何か、」
「困ってる? 連れて行ってあげようか?」
「え?」
「困ってる、困ってる! ミレリアのこと大好きだから、助けてあげる!」
クロがそう言った瞬間、グニャリと視界が歪んで、猛烈な吐き気に襲われた。
「ッ、クロ、っけほ、何したの!?」
「いってらっしゃい!!」
そうだ。クロは正直者だから嘘をつかない。
◆
次の瞬間、私は見慣れた景色の中に投げ出されていた。
森とは違う土の匂い。
慣れ親しんだ、私の庭。
「ほ、ほんとに来ちゃった……」
クロのことは大好きだが、妖精という生き物に相談なんて二度としないようにしよう。
ワープさせられたせいなのか、痛む頭を押さえて起き上がると、私が暮らしていた部屋が見えた。まだここを離れてからそんなに経っていないのに懐かしく感じる。
「違う違う、早くしないと。シスターに見つかったら大変なことになる……!」
森へ追い出したはずの人間が戻ってきたとなったら、今度こそ花街へ売られるかもしれない。
私は慌てて爆蘭を探した。探すといっても、勝手知ったる庭だ。爆蘭はすぐに見つかった。
「よし!」
案の定水やりはされていなかったが、どうにか雨水だけで耐えていてくれたようだ。少し萎れたそれを根っこごと掘り出して手に握った。
「クロ。帰りは……」
「ミレリア?」
おっとりとした優しい声。私にだけは冷たかった声。そんな声が、私の名前を呼んだ。




