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16.あいしてる。しあわせ、に【ディア視点】



 彼女はこの森を守っている魔女なのだという。弟子にして欲しい。そう頼み込んだのは俺の方からだった。

 だって、他の魔女にはたくさん弟子がいて、一緒に森を守っているというのだ。

 それには後継者を育てるという意味や、単に戦力を増やすという意味もあるらしいが、俺にとっては彼女の隣に居られる理由を得るための口実でしかなかった。


「たまに四方の魔女で集まる会議があるんだけどね、みんな弟子をたくさん連れてくるから、実は憂鬱だったの。ディアが弟子だなんて嬉しいなぁ!」


 無邪気に微笑む彼女を見て、俺は彼女が誇れる弟子になりたいと思った。一番強くて、一番信頼出来る存在に。


 その日から、一緒にご飯を食べるようになった。言葉が綺麗に聞こえるように改めた。家事の練習も始めた。

 いつ俺が、彼女の弟子だと紹介されても恥ずかしくないように。


「ディアには貰ってばっかりだなぁ。たまには師匠らしいこともさせて欲しいんだけど……」


 彼女はそう言って、申し訳ないとばかり言っていたが、俺の方がもらってばかりだったと思う。


 あれだけ悩んでいた魔力の暴走も、彼女を傷つけたくないと強く思っているうちに自然と収まった。今は感情が少し天候に影響する程度。

 守りたい存在が出来ただけで、こうも違うのかと思ったものだ。


 そして、この森へ来てから季節が一周した頃。ようやく彼女に声をかけてもらえた。


「ディア。次の戦場、一緒に行く?」


 戦場で見た、彼女の魔法は苛烈だった。

 ふんだんな魔力を撒き散らして、自らの周囲を爆発させる。側から見ていると、それはほとんど自爆のようなものだった。

 それは痛々しい姿だったのに、龍である俺だけは彼女の隣で戦えると喜んでしまった。


「ディア! ただいま!」

「……フレミリア様」

「怪我はない?」


 俺より何倍も、何倍も傷ついた姿で、彼女は俺のことを心配する。そして、悪戯がバレた子どもみたいな顔で笑った。


「ごめんね。こんな戦い方しか出来ないんだ」


 それなら俺が、ずっと側で守ろう。

 そう誓った。

 思えばこの時に止めておくべきだったのに。


 自分を顧みない戦い方で、彼女はどんどん戦果を上げていった。当時の俺は、巻き込まれないように彼女の撃ち漏らしを狩るぐらいで、ほとんど役に立っていなかったと思う。


 戦場での様子を見た周りの人たちは、彼女を「味方殺し」、「化け物」と噂していた。

 そして、そんな状態では俺を『管理』出来るはずがないと、彼女に忠告という名の命令をしに来たやつもいた。貴重な龍の子なのだから中央で管理をして、もっと使える兵器に育てるべきだというのがその人たちの主張らしかった。


 『管理』? たかが魔法が使えるだけの羽虫のくせに、笑わせる。俺とフレミリア様を引き離そうだなんて。そう思った瞬間、感情が怒りを通り過ぎて、笑みすら、溢れてしまって。


 風が一人目の脇腹を貫き、落雷が二人目を穿ち、三人目からはどうやって消したのか覚えていない。


 雨が降っていた。敵は全員消えたんだっけ。ぼんやりとして考えがまとまらない。俺は気がついたら、彼女に抱きしめられていた。


「ディア。落ち着いた?」


 俺と彼女以外は全員、地に倒れ伏していた。ちゃんと死んだだろうか。息の根を止めないとな。辺りが落雷で焼け野原になっている。こうなるまで止まらなかったのだろう。


 フレミリア様は、見たことがないような怖い顔で俺を見つめていた。それでも、俺は何も間違ったことなんて。


「俺からあなたを奪う人は、全員許しません。殺さないと」

「私もあなたと一緒にいたいと思ってる。だからこそ、力を使う場はちゃんと選ばないといけないの」


 フレミリア様はそう言って、地面に転がって死にかけていた中央の者たちに回復魔法をかけると、炎を帯びた風で一気に森の外まで追い出した。

 どうしてそんなことを、と思った俺の頬を掴んだ彼女は、真剣な声色で口を開いた。


「あなたと私はずっと一緒よ。だから、無闇に人を傷つけてはダメ。あなたが強いことは分かっているけど、全てに勝てるわけではないでしょう?」

「…………でも」

「ディアのことが大好きだから、これからも一緒にいたいから、言ってるの。分かった?」

「……分かりました」


 その後、フレミリア様は中央の議会へ招集された。連れて行ってもらえなかったから何が起こったのかは知らないけれど、帰ってきた彼女は、疲れ切った顔で「ずっと一緒だからね」と俺を安心させるように呟いた。


 それだけ言うと、倒れ込むように眠ってしまったのを見て、彼女がどれだけ俺のために辛い目に合ってきたのかが分かってしまった。


「…………俺のしたことは結局、あなたに迷惑をかけただけでした。ごめんなさい」


 俺のせいだ。俺が暴走したから、フレミリア様の立場を不利にした。ただ単純に、目の前から敵を消したら解決すると思うなんて、フレミリア様に迷惑をかけるなんて、愚かにも程がある。


 この日以来、俺は彼女と一緒にいるために、地上の世界のルールを学び始めた。彼女に相応しい人になりたかった。


 それでもフレミリア様のことが好きで、好きで堪らなくて、仄暗い感情は止められなかった。

 彼女に婚約者がいると聞いた時は死ぬほど嫉妬した。戦場で早く命を落としてくれと毎日のように願っていた。


 別に魔物にも魔王とやらにも、他の人間にも興味なんてない。ただ彼女がどうしたら笑って過ごせるかを毎日考えていた。


 ──────フレミリア様は、寂しがりやな人だった。


 誰よりも人間らしくて、無邪気に笑う人だった。優しい人だった。だから、寂しい想いをしないように、ずっと側にいようと誓った。


 炊事も掃除も出来なくて、見ているだけで不安になるような人だった。それでも俺のためにタルトを焼こうとする人だった。美味しいものと草花を何よりも愛する人だった。自分が焦土にした土地に種をせっせと蒔いては枯らしてしまう人だった。


「よし。今日は素敵な日だから、お祝いしないと! この世で最も綺麗な魔法を見せてあげるわ!」


 俺を拾った日は毎年、盛大に祝いたがる人だった。


 その時に見せてもらった『花火』という、火を打ち上げて作る花はとても綺麗でだった。目を奪われた俺を見て「そうでしょう。すごいでしょう。とっておきなのよ!」と得意げに笑っていた。


 俺が怪我をした時は、泣きそうな顔をして、すぐに包帯を巻いてくれた。それでも俺は、いつも誇らしい気持ちだった。傷に巻かれた包帯は、彼女を守れた証だったから。


 「俺は血の一滴まであなたに捧げているんですから、こんなことで泣かないでください」と言ったら、彼女は「それだと弟子っていうより騎士みたい」と笑った。


 そして、「あのね、そんなことはしなくていいの! あなたは、あなたが幸せだと思える人生を生きたらいいのよ!」と、俺の覚悟を受け止めてはくれなかったが、心の中で、この人のために生きていこうと改めて思った。


 彼女が俺のことをただの子供としか見ていないことは分かっている。それでも好きだった。振り向いてくれなくてもよかった。ただ隣にいられたら、それだけで。


 彼女の横顔を盗み見ては、それだけで幸せで、笑みが溢れてくる。そんな俺に、どうして笑っているの、と彼女が訊ねる。


 ずっとこんな風に暮らしていくんだと思っていた。











 それなのに、この光景は、なんだ。


「ごめん、ね。わたし、しっぱい、しちゃったみたい……」


 彼女の身体には穴が空いていた。ぽっかりと、穴が。

 既にくたりとして動かなくなっている身体を抱き上げる。彼女はされるがまま俺にもたれかかった。


「かいふく、まほう、がきかない、の」

「そんな! どうして!?」


 俺からの問いかけに返事はない。

 彼女から貰った服にベットリと生温かい感触がある。このままでは確実に助からない。

 頭の中でやけに冷静な声がそう囁いて、感情が握り潰す。


「フレミリア様、大丈夫です。絶対、絶対助かります。だから、安心して────」

「でぃあ、にげ、て…………」


 既に俺の声は彼女に聞こえていないみたいだった。それでも、閉じていく目を必死に開けて、俺に逃げろと言う。

 こんな状況で俺のことなんて考えないでくださいよ。あなたを失ったら俺に帰るところなんてないのに。


「……泣いて、るの?」


 彼女の震えた手が俺の頬に伸びる。頬に触れた手は、ずるりと血で頬を滑ったので、上から包みこんだ。手は、もう冷たかった。


「なきむし、だなぁ」

「……っ、フレミリア、様」

「ごめん、ね」

「嫌だ! 嫌です! 謝らないでください! 明日はあなたが大好きなフレンチトーストを一緒に作って、食べるんですよね! 二人であの家に帰るんだ!」


 必死に話しかけても、彼女の体温は冷たくなっていくばかりだった。

 それでも、何度も声をかけた。伝えたいことが山ほどあった。支離滅裂なこともたくさん言ったと思う。


 俺は今更になって、伝えてこなかった言葉の多さを悔やんだ。伝えたい気持ちも、一緒にやりたいことも、まだたくさんあるのに。


「あなたをッ……あなたを愛しているんです! 俺にはあなたしかいない。あなたがいないと、この世界に価値なんてないッ……!」


 細い首を支える手に力が籠る。綺麗なうなじに爪が食い込んだ。嫌だ。いかないでくれ。

 もう目も見えていないだろう彼女は、それでも俺の涙を拭おうと、微かに指先を震わせた。


「すぐ、」

「喋らないでください! 傷口が!」

「すぐ、生まれ変わって、あなたをむかえに、行く、から……」

「ふれみりあ、さま」

「あいしてる。しあわせ、に」


 完全に力を失った手が、俺の頬から滑り落ちる。


「あ、ああ、あああああああああ!!!!」


 何度必死に名前を呼びかけても反応がない。まるで彼女の周りだけ時間が止まってしまったみたいに静かだった。


 すぐに彼女を治癒専門の魔女に見せたが、無言で首を振られた。もう亡くなっている。そう言われてやっと、彼女の死を自覚した。


「俺は絶対に……絶対に、何度生まれ変わっても、あなたを探します。必ず、あなたと、もう一度…………」


 もう一度、その綺麗な声で名前を呼んで。

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