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15.初めての贈り物【ディア視点】


「ディア!」


 きっかけの言葉をずっと今も覚えている。

 光の溢れる昼下がりのことだった。


「私の元に降ってきてくれて、ありがとう!」


 花を見つめながら笑っているあなたを見て、この世界で生きていく決意をした。










 呪い子。母親殺し。王宮に産まれた出来損ない。ずっとそう呼ばれて生きてきた。


 龍族の世界は完全なる実力主義だ。強い者に従うのが掟。強ければ何をしたっていい。それでも王政が成り立っているのは、王族が圧倒的な強さを誇り続けているからだ。


 神祖と呼ばれる龍の血を一番濃く受け継ぐ王族は、産まれつき力が保証されている。兄のアルベールも血を濃く受け継ぎ、次期王位継承者として祭り上げられ始めたとき、俺が産まれたらしい。


────神祖の血を濃く受け継ぎすぎている。


 それは強さの証明でもあり、ほとんど呪いのようなもので。


 物心つかないときから、俺がただ強く考えたり、思いつくだけで魔素が勝手に動いて、自然の理を捻じ曲げることが出来た。いくら実力主義の世界だとしても、その力が制御出来なければ、それは意志のない災害と同じだ。


 何より、全員が力を持つ龍族にとって、力に振り回されているということは弱さの象徴でもあった。力を使いこなしてこそ龍族は一人前と認められる。


 だからこそ、産まれてすぐに力を暴走させ、母親を含む十数人を殺めた俺は城に幽閉されることになった。


 それからどれぐらいの時間が経ったのか分からない。ずっと頭がぼんやりしていて、たまに様子を見にくる使用人に呪い言を吐かれながら、早く死にたいとだけ祈る日々。

 そんなある日、いきなり俺は外へ出された。


「お前が生きているだけで迷惑なんだ」


 久しぶりに見た兄は、俺の髪の毛を掴んで上を向かせながらそう言った。


 龍族は良くも悪くも実力主義だ。兄の即位には俺の存在が邪魔なのだという。


 あの呪い子だって、歳を重ねたのだから力を制御出来るようになっただろう。そんな声が国民から出始めたのだと、兄は言った。


「母を奪って、今までずっと幽閉されていた身のくせに! 今更になって俺の邪魔をするな!」


 腹を強く殴られる。次は顔で、今度は足の骨を折られて、それでも濃すぎる神祖の血が全てを瞬時に回復させた。

 

 反応がない俺に更に苛立ったのか、兄は大きく顔を歪めると、俺を孤島の淵に立たせた。

そして、俺の背中を強く蹴り飛ばす。


「二度と戻ってくるな」

「……………兄、さん」


 ごめんなさい。そう呟いた声は、兄に聞こえていただろうか。


 龍の国が遠ざかっていく。地上へ、落ちて行く。


 龍の姿に戻って羽を出したら飛べるのに、それすらもせず、ただ落ちていった。



 






 このまま死なせて欲しい。

 そう願ったのに、地上へ落ちて尚俺の身体はピンピンしていた。


「…………ここは、どこだ?」


 周囲を見渡す限りの木々。どうやらどこかの森に落ちたみたいだ。

 少し考えたあとで、城に幽閉されていた時のように思考をやめた。ただそれだけが救いだったから。


「あなた、ここで何をしているの?」

「………………」

「……ここには誰も入ってこられないように結界を張っているのに。一体どこから?」


 声が聞こえた気がした。気のせいだと思ったから応えなかった。


 生きながら死んでいる状態が長すぎて、俺は誰かに手を引かれて森の中から小さな家へ移動してからも、ただそこにいるだけの生活を続けた。

 それでも、たまに自分に話しかけてくれたり、あたたかい毛布をかけてくれたり。何より、手を引いて俺を家に入れてくれた人がいることだけは、頭のどこかで気がついていて。


 微笑まないでくれ。近づかないでくれ。

 だって俺には、呼んでもらえる名前もなくて、返せるものだって何もない。早く諦めてくれ。

 何度もそう祈ったが、『誰か』は俺に話しかけることをやめてくれなかった。


 意図的に目を瞑る時間を増やしたのはいつ頃からだったか。


「ディア! あなたの名前はディアにしましょう!」


 世界が変わったのは、なんでもない日の午後だった。パチパチと暖炉の火が燃えていて、甘いココアの匂いがして、目の前では濃紺の髪がふんわりと揺れていた。


 二つの大きな目はキラキラと輝いていて、まるで空に輝く星みたいだと思った。

 そうだ。俺は彼女を知っている。


「フレミリア……?」

「そう! そうよ! やっと名前を呼んでくれた!」


 何度も何度も、俺に教えてくれた名前を呼んでみた。たったそれだけなのに、彼女はとびきり嬉しそうに笑った。


「ふふっ。今日は最高の日ね!」


 そう言ってどこかへ行こうとするので、思わず服の端を掴む。


 どこにも行かないで欲しい。そんな想いを抱いた自分のことを恥じて、すぐに手を離した。

 しかし、彼女は迷惑がるどころか余計に嬉しそうだった。


「プレゼントがあるの。すぐ取って戻ってくるわ」


 言葉の通り、彼女はすぐに戻ってきた。

 そして、手に持っていたオレンジ色の花束を俺に差し出す。その綺麗な花の名前がカレンデュラということは、後から知った。


「うちへようこそ! 私の元に降ってきてくれて、ありがとう!」

「…………ッ」


 ありがとう。ありがとう、と言った。感謝なんて、今まで生きてきて初めてされた。


 俺が普通じゃないことぐらい、もう分かっているはずなのに。


 身体が大きい龍族は、産まれてすぐに人化の術を覚える。大陸から持ってきて浮かせた土地は広大だが、龍族が十分に暮らすには全く足りないからだ。

 その人化の術すら濃すぎる血が邪魔して上手く使えない俺の身体には、部分的に龍の特徴が残っている。


 気持ち悪い。誰にも愛されない証。

 期待したらダメだ。愛されようだなんて、烏滸がましい。俺の存在を喜ぶ人なんていないのに。


 何度心の中でその感情を消そうとしても、ダメだった。それどころか、苦しくて、嬉しくて。


「…………あ」


 ただ涙が止まらなかった。目から流れ落ちるそれは溢れて、溢れて止まらない。


「な、泣かないで!? ええと、ごめんなさい! ……私なんかと暮らすのは嫌?」

「そんなわけがない!」


 ここにいたい。そう思ったのは初めてだった。居ても立っても居られないまま、彼女の瞳を見つめる。


「俺はここで暮らしたい」

「…………っ!」

「ここに、置いて欲しい」

「もちろん!」


 彼女が笑いながら、俺の目元にハンカチを当てて涙を拭う。


 その瞬間、目に見えるものが照らし出されて、心に色がついた。制御出来ないほどの喜びが心の中を渦巻いて、止まらない。その中心には彼女がいる。


 まるで初めて息をするみたいに、世界が俺のことを受け入れた気がした。

 

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