第93話 張り切る善人ほど狂気の自覚がない
ソグは険しい顔で店の外を睨む。
いくつもの断末魔が聞こえてくるのは、ゴルドが元気に暴れ回っているからだろう。
あいつは誰にも止められない。
たとえソグが追加戦力を用意していたとしても、時間稼ぎが精々といったところである。
増援が来なくなるという点で、俺からすると非常にありがたいことだった。
ソグは憎悪を剥き出しにして悪態をつく。
「ふざけた店だ……あんな怪物を飼っているとは」
「放し飼いだけどな。制御できねえよあんなの」
俺は笑いながら散弾銃を撃ち込む。
ソグは剣とガントレットで的確に防御した。
やはり極端に警戒されている。
身体強化を持続させることで反応速度を保っているようだ。
正面から撃ち殺すのは難しそうである。
ソグは剣を振るい、ゆっくりと疾走の体勢に移った。
「奇策はこれで終わりか? ならば今度こそ」
「いや、まだあるぞ。勝手に決めんな」
俺は発言を遮り、うつ伏せに倒れるアレックスを見やる。
アレックスはソグに斬られてから動いておらず、血溜まりに沈んでいた。
致命的な出血量なのは明らかだが、俺は気にせず話しかける。
「アレックス、実はこいつらは悪い奴だ。お前を騙してギアレスの人間を皆殺しにするつもりなんだ。ギルドも潰すらしい」
「そうなんですか!」
呼びかけに反応したアレックスが勢いよく顔を上げた。
跳ね起きた彼は、斬られた胴体を無造作に撫でる。
傷が塞がりかけていた。
僅かに血が滲んでいるものの、それもすぐに止まりそうだ。
平然としたアレックスを目にしたソグは、歯を剥いて剣を振りかぶる。
「くっ、貴様!」
怒りに駆られたソグが連続で斬撃を放つ。
無防備なアレックスは棒立ちで切り裂かれているが、一向に倒れる気配がない。
血飛沫を噴きながらじっとソグを見下ろしている。
真剣な眼差しは職務への真摯な想いを主張していた。
だから俺は微笑して告げる。
「ギルドマスターの出番だ。やっつけてくれ」
刹那、アレックスが拳を振り回した。
ソグはガントレットで受け流そうとしたが間に合わず、軽々と殴り飛ばされる。
そのままテーブルを蹴散らしながら壁に激突して止まる。
ぐったりと倒れるソグは、咳き込んで血を吐いていた。
一方、アレックスは張り切った様子で叫ぶ。
「悪者は、僕が退治します……!」




