第88話 仲直りの証
一週間後の昼。
俺はいつものように料理を並べていた。
せっかくなので上等な酒も用意して客に提供する。
闇市から高額で買い取った逸品だ。
量が少ないせいで、客の間で奪い合いが発生している。
騒がしい店内を見守るリターナは、今日も天井から吊られて揺れている。
彼女は俺を見て言った。
「やけに気分が良さそうだね」
「まあな。ようやく隣国とのゴタゴタが片付く。喜ぶに決まっているだろ」
数日に渡る交渉の末、秘書ノエルと統括騎士ソグは停戦条約を結ぶことになった。
この短期間で双方にかなりの損害が出ている。
どこかで譲歩し、落としどころを見つけなければ泥沼の戦いに陥るのは明白だ。
そういった主張を掲げたノエルが、首謀者のソグに話を持ち掛けたのである。
リターナはじっと俺の様子を観察する。
「ちゃんと上手くいくだろうか。君は不安にはならないのかな?」
「別に。臨機応変に対応するだけだ。いちいち慌てるかよ」
「さすが元傭兵だね。心構えが違う」
拍手をするリターナを無視して調理を続ける。
別にどこで何が起きようとも、俺は変わらず店を営業するだけだ。
無心で具材を切っていると、リターナがまた話題を掘り返した。
「今頃は真面目に話し合っている頃だね」
「そうだな。きっと難航している」
「お互いに譲れない部分があるからね。まったく、自分のように謙虚な気持ちを持ってほしいものだよ」
「ハッ、よく言うぜ」
停戦条約の取り決めは、辺境伯の別荘――つまりこの店の裏で行われている。
迷宮の視察をノエルが提案した結果、ソグはギアレスまでやってきたのだ。
その際にギアレスの利益分与を仄めかせたそうで、向こうの動きは迅速だったらしい。
早くも迷宮を掌握できると考えているに違いない。
ちなみに取り決めの場所が別荘になったのは、本来の館が火事で焼け落ちたからだ。
送り込まれた刺客の仕業……とされているが、実際は違う。
俺の指示でノエルが放火したのだ。
理由はただ一つ。
ソグをこの店に近づけるためである。
調理の途中、俺はふと手を止めた。
そして客に大声で告げる。
「今日は店仕舞いだ。さっさと出ていけ」
「なんでだよぉ! まだ真昼間だろうが!」
「そうだそうだ、まだ飲み足りねえぞ!」
当然ながら抗議が噴出した。
俺はため息を吐きながら厨房裏の倉庫へ向かう。
「巻き込まれても知らねえぞ。責任は取らねえからな」
「おいおい、一体何が始まるってんだ?」
客の間で不安が広がりだした。
俺の発言が冗談ではないと理解したらしい。
彼らの視線を集めた俺は、端的に結論を述べる。




