第86話 ハッピーアサシンデイズ
野菜炒めを作っている最中、酔った客が厨房に近づいてきた。
赤ら顔でふらついている。
目つきも安定しておらず、今にも倒れて意識を飛ばしそうな様子だった。
客が何かに躓いて前のめりになった。
刹那、懐から小瓶を取り出すと、親指で蓋を弾き飛ばす。
最短最速の動きで、中身の液体を俺にぶちまけるつもりだった。
そこまで認識した段階で、俺は既に拳銃を発砲していた。
弾丸が小瓶を撃ち抜いて客の手のひらを貫く。
液体で濡れたそいつの手が途端に焼け爛れていった。
めくれた皮が千切れて床に落ちる。
「いぎゃあああぁっ」
膝から崩れた客が叫ぶ。
割れた小瓶を握る片手は骨が露出しつつあった。
成分なんて知らないが、相当な劇薬だったようだ。
俺は喚く客の額に銃口を押し付ける。
「殺気で丸分かりだ」
引き金を引いて客の頭を吹き飛ばす。
すぐさまサズの枝が絡まり、室内の端へと運んでいった。
そこには死体が積み重なって山ができていた。
いずれもサズの根が絡まって干からびて、半ば一体化したオブジェと化している。
これは刺客の末路だ。
正確には巻き添えで死んだ客も混ざっているが、まあ細かいことはどうでもよかった。
今みたいな時期に飲みに来る方が悪い。
最初の刺客が現れてから数日が経過した。
店への襲撃はまるで祭りのように盛り上がっている。
どんな時でも決して気を抜けない。
変装した刺客があらゆる手段を以て俺達の命を狙ってくるからだ。
酔っ払いの客、食材を売り付けてくる行商人、従業員を志望する市民、援軍を自称する騎士……まだいくつも挙げられる。
とにかく不意打ちが多く、厨房に近づいた奴は基本的に敵と思うことにしている。
無実の人間を殺しても仕方ないと考えるしかなかった。
そこまで徹底しなければ対処し切れないのである。
しかも刺客が使うのは搦め手だけではない。
いきなり銃を乱射しながら突入してきたり、調教した魔物をけしかけてきたり、魔術の罠で店ごと吹き飛ばそうとしたりと強引な暗殺も仕掛けてきやがる。
おかけで死体処理が追い付かなくなっているほどだ。
かつてない質量の栄養を取り込んだことでサズは絶好調だった。
今は店の壁に枝を張り巡らせることで防壁を作らせている。
これで外からの攻撃には耐えられるようになっていた。
それにしても、いくらなんでも刺客が多すぎる。
当初の情報で聞いた五十人なんてとっくに超えていた。
たぶんこの街で追加の刺客を雇ったのだろう。
ギアレスには金さえ払えば違法な仕事をする奴が腐るほどいる。
隣国陣営からすれば、さぞ都合の良い状況に違いなかった。




