第85話 やばい人の良いところが見えてもやばい人には変わりない
その日の夜、俺は閉店後にノエルを呼び出した。
樹木に呑み込まれた刺客の死体を見せると、彼は表情を曇らせる。
「さっそく暗殺者ですか……食い止められず申し訳ありません」
「気にすんな。どうせ来ると思っていた。それよりこいつが吐いた情報を聞いてくれ」
俺は尋問で手に入れた情報を思い出す。
それらを整理しながら端的に説明していく。
「隣国から侵入してきた暗殺者だが最低でも五十人は下らない。規模は個人から部隊まで様々。どいつも行商人やら旅人やら冒険者に変装してやがる。ギアレスは無法地帯だから、出入りも楽勝だろうな」
「……既にこちらも暗殺者の襲撃を受けています。正直、対処が間に合っていません」
「まだまだ序の口だろ。連中は容赦なく攻め込んでくるはずだ。正規軍を止めたところで意味はない。この街では何が起こっても不問みたいなもんだからな」
俺は辺境伯を一瞥する。
水を舐めていた辺境伯は、首を傾げて視線を返してきた。
「む? ワシのせいか」
「そうだよ。俺がガキの頃から酷い街じゃねえか。もっと管理しろよ」
「ギアレスこそ至高の土地なのじゃ。誰もが欲求に正直で、根源的な要素が詰まっている。ワシは理想の街を実現しておるぞ?」
「敵国の暗殺者が蔓延る街が理想か……」
なんとも最低な望みである。
混沌都市と呼ばれるような場所を築いておきながら、辺境伯は堂々としている。
いや、これだけ図太いからこそギアレスの支配者なのだ。
たとえ無力な蝙蝠の姿でも、その狂気は些かも衰えていない。
ここで辺境伯と議論しても無意味だ。
現実として直面している問題について考えねばならない。
俺は思考を切り替えて話題を戻す。
「暗殺者は精鋭揃いだそうだ。国から良い武器も渡されている」
俺は机の上に銃と短剣を置く。
店に来た刺客が持っていた武器だった。
「どちらも高度な魔力強化が施されている。個人の暗殺者が持っているような武器じゃない。隣国がこいつを支給したってことは、よほど迷宮を手に入れたいんだろうな。もう正規軍とか関係ねえよ」
「我々の不手際で、すみません……」
「頼むぜ、まったく。こっちは営業妨害を受けているんだ。店に来る奴らは皆殺しにするから、さっさと交渉して停戦してくれ」
それから他の具体的な情報を渡してから、ノエルを店から追い出した。
ノエルはすっかり疲れ切っていた。
色々な方面で対処に奔走しているのだろう。
心身ともに参っているようだが、やる気だけは十分にあった。
きっとそれは辺境伯への忠誠心があるが故なのだと思う。
俺にとっては頭のおかしい貴族だが、配下からするとまた別の一面があるようだ。




