第82話 どうせドンパチ
辺境伯に説教の一つでもしたくなったが、俺は舌打ちだけに留めておく。
こいつを叱ったところで意味がない。
だから状況確認を兼ねてノエルに質問を続けた。
「国家間の戦争なら、王都から助けがあるんじゃないのか。迷宮を隣国に明け渡すとは思えない」
「援軍を要請していますが返事がありません。きっと介入を渋っているのでしょう。此度の侵攻を建前に、辺境伯の失脚を目論んでいるようです。迷宮は後から奪還するつもりかと」
「くそったれが。これだから上流階級の連中は嫌いなんだ」
ようするに王都はギアレスを見放したのである。
隣国に奪われる様を眺めてから、悠々と取り返すつもりでいる。
元からギアレスは独立した都市に近い状態で、国に貢献しているとは言い難い。
ここで一旦隣国の手に落としたところで大きな損害ではなかった。
むしろ辺境伯の実権を削ぐチャンスとすら思っているのではないか。
どのみち国からの支援は期待できそうになかった。
俺は深々とため息を吐く。
それから厨房裏の倉庫へと向かった。
「仕方ねえな。準備だけしておくか」
「い、一緒に戦ってくださるのですか!」
「違えよ。俺はこの店を守るだけだ。お前らなんか知るか」
喜びかけたノエルを睨む。
隣国との戦争に参加する気など更々ない。
俺のいない場所で勝手にやってほしいものだ。
とは言え、何の備えもないと後悔する羽目になりそうなのも事実だった。
常に最悪の事態を想定して動くべきである。
給仕を中断したメルが俺に尋ねる。
「店長、また殺し合いですか」
「たぶんな。この店は迷宮の隣にあって辺境伯とも繋がりが深い。第三者とは見なされないだろう。絶対に巻き込まれる」
倉庫内の銃を漁りながら俺はぼやいた。
こうなったら皆殺しだ。
後で闇市に行って武器を補充しようと思う。
せっかくなので歓迎の支度を万端にしておかなければ。
たとえ軍隊が攻めてこようが、俺はこの店からは出ない。
全力で叩き返すつもりだ。
話を聞いていたリターナが愉快そうに微笑む。
「まったく、面白くなってきたじゃないか。命懸けの戦いになりそうだね」
「お前は不死身だろうが」
「気分の問題だよ。無粋な指摘はやめてほしいね」
「うるせえ、肉の盾にしてやるよ」
言い合いをしていると、ノエルが遠慮がちに近付いてきた。
彼は小声で話しかけてくる。
「あ、あの……」
「何してんだ、さっさと出ていけ。政治で隣国の馬鹿どもを止めてこい」
散弾銃を突き付けると、ノエルは急いで店を出て行った。
その光景に嘆息して呟く。
「俺は喫茶店で平穏な余生を送りたいだけなんだがな……」
次の瞬間、客達が笑った。
涙を流して大笑いしている。
俺を指差してげらげらと声を上げていた。
鬱陶しかったので銃口を向けた。
客は金だけ置いて一斉に逃げ出した。




