第79話 竜の威を借る虎
ノエルは胸を張り、芝居のような仕草を交えて説明する。
「裏手の屋敷は辺境伯の別荘です。グレン様を館に招けず、辺境伯も戻る意思が無いとのことなので、隣接する形で住居を用意させていただきました」
「俺達が動かないからって、拠点を動かしたってわけか。やり方が大胆だな」
「ですがこれでグレン様は辺境伯の後ろ盾を得ました。目立つ出来事なので、どこの勢力も我々が無関係とは考えないでしょう。事実上の協力関係です」
「……それが目的だったわけか」
誇らしそうに語るノエルを見て呆れる。
確かにここまで露骨だと、俺と辺境伯が同盟を結んだように思われるのは回避できない。
俺だって第三者ならそう判断するだろう。
少なくとも敵対しているとは考えられない。
半ば強制的な形だが、切っても切れない関係になってしまったわけだ。
(参ったな。まさか迷宮ではなく俺が狙いだったとは)
俺を味方に付けたところで大して得にはならない。
さすがに利益を度外視しすぎだと思う。
そういった諸々を抜きにして、辺境伯の望みを叶えたいという結論に至ったのか。
ノエルの忠誠心を甘く見ていたようだ。
強引に夫として拉致される展開よりは穏便である。
しかし、着々と外堀を埋められているのは気のせいではないだろう。
状況を察しながらも俺が冷静なのは、今のところ実害が出ていないからだ。
別荘の急造という荒技には驚かされたものの、何か迷惑を被ったわけではない。
辺境伯の後ろ盾を利用できるのなら悪くないとまで言える。
ノエルは穏やかな口調で意見を述べる。
「辺境伯は不老不死で、グレン様は常命です。あなたはいずれ寿命で死ぬのですから、その時まで辺境伯には自由に振る舞っていただきたいのです」
「だが、貴族としての仕事はあるだろ。それはどうするんだ」
「辺境伯に確認を取りながら、なるべく他の者で片付けて参ります。主人に頼ってばかりでないと成立しない体制では本末転倒ですから」
清々しそうに言うノエルは心労から解放されていた。
一方、辺境伯は満足げに飛び回る。
「ううむ、一件落着じゃな。ワシらの同棲生活が壊されなくてよかったのじゃ」
「お前が勝手な真似をしなければ、そもそも問題すら起きなかったんだがな」
俺が睨むと、辺境伯は視線から逃れるように天井裏へ消えた。
多少なりとも自覚はあるらしい。
貴族が傍若無人なのは常識ではあるが、そこに巻き込まないでほしいものだ。




