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迷宮喫茶はじめました ~退職して店を建てたら隣にダンジョンが発生したけど気にせず営業する~  作者: 結城 からく


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第75話 これが日常なんておかしいけど今更すぎる

 ノエルの観察を受けながらも気にせず調理を行う。

 貴族の秘書がいようと関係ないのだ。

 そこで変に畏まったりするのは馬鹿らしい。

 客もいつものように騒がしく、ノエルの目を意識する人間など皆無だった。


 酒の補充をしていると、外からいきなり轟音が鳴り響いた。

 次いで悲鳴と怒声、何かが戦う音も聞こえてくる。


「お、何だ」


 入口をぶち破って侵入してきたのは、全身が鱗に覆われた二足歩行の魔物だった。

 顔面は牛のような造形で、腹は不自然に膨らんでいる。

 両手から伸びる爪は床を擦るほどに長く、刃のように鋭利そうだ。


 奇声を発する魔物は、よく見ると冒険者らしき装備を身に着けていた。

 たぶん別の店で魔物料理を食べた奴だろう。

 不適切な処理のせいで変異してしまったのだ。

 たまに発生する事故で、ギアレスではもはや恒例の景色だった。


 俺は調理を中断して舌打ちを洩らす。


「ったく、面倒臭せえな」


 席を立ったノエルは焦っていた。

 彼は腰の拳銃を抜き取り、元冒険者の魔物を狙おうとしている。


「大変だ。早く倒さなければ」


「落ち着けよ。大丈夫だ」


「しかし……」


 俺に止められて釈然としない様子のノエルだが、周囲を見て違和感に気付く。

 客は誰一人として慌てていなかった。

 彼らは防御や回避に専念し、上手く被害が出ないようにしている。

 反撃を捨てているので死者は出ていない。

 余裕のある者などは、テーブルを動かして酒と料理を避難させていた。

 誰もがこういった事態に慣れており、どうすべきか理解しているのであった。


 ナイフを持ったメルが、じっと俺を見つめる。


「店長」


「ああ、頼む」


 頷いた瞬間、メルが弾かれたように疾走する。

 彼女は客に襲いかかっていた魔物の前に躍り出ると、ナイフで首を掻き切った。


 鮮血を噴き上げた魔物は、断末魔すら発せずに崩れ落ちて絶命する。

 簡単そうに切り裂いてみせたが、鱗の隙間を捉えなければ不可能な一撃だ。

 鮮やかな手際に客から歓声が沸き起こる。


「さすがメルちゃんだ!」


「惚れ惚れする動きだよなぁ」


「同感だ。剣士の憧れだぜ」


 メルは少し誇らしげに手を振り、ナイフを仕舞って給仕を再開する。

 客達もそれぞれ食事に戻って酒の追加注文をする始末だ。

 呆然としているのは部外者のノエルだけだった。


 ノエルだって事前調査でここがどういう店なのかは知っていたはずだ。

 それでも実際の衝撃は大きかったのだろう。

 見た感じ常識人っぽいので、この狂った光景を受け入れられない部分があるらしい。

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