第74話 真面目な奴ほど周りに振り回されがち
秘書ノエルの言い分は真っ当だった。
執政において辺境伯は必須とも言える重要人物である。
特にギアレスのような街の運営などは、彼女ほどの傑物でなければ務まらない。
まあ実際は色々な面で破綻して"混沌都市"という不名誉な呼び名があるわけだが、それでも辛うじて最低限度の体裁は保たれている。
仮に辺境伯の不在が続けば、彼女が堰き止めていた問題が噴出する。
他国からの侵略が始まり、ただでさえ破滅した治安は劇的に悪化する。
そうなるとギアレスどころか国内全域の問題になってくるはずだ。
つまり現状維持は様々な厄介事を招く。
ノエルが全力で譲歩して救出を急ぐのも、その辺りの事情のためだった。
ところが、当の辺境伯がノエルに異を唱える。
「嫌じゃ! ワシは帰らぬぞ! ワシはグレンとの同棲を満喫しておる。本体が封じられているのは残念じゃが、こうして一緒にいられるだけで幸せなのじゃ」
「勝手なことを言わないでください。あなたには貴族としての責務があります」
「この男はワシを倒すほどの豪傑じゃ! 身内になって味方に置くのが利口じゃろう?」
「それは確かに否めませんが……」
駄目だ、ノエルが押されている。
秘書ならもっと強気で雇い主を言い負かしてほしい。
俺の平穏が懸かっているのだ。
弱腰で論破されては困る。
ノエルはその場で悩み始めた。
ここでどう行動するのが正解か考えているようだ。
色々と面倒になってきた俺は、拳銃に触れながらノエルに提案する。
「どうする。殺し合って俺達から辺境伯を救い出すか?」
「やめておきます。辺境伯が勝てない相手と敵対するのは現実的ではありません。仮にあなたを殺害できたとしても、今度は私が辺境伯に殺されますから」
「そりゃそうか」
紛うことなき正論だった。
過去の経験的に、物騒な展開にしかならないと思っていた。
ノエルはこの街でも珍しく理性的な人間らしい。
即座に暴力的な手段に訴えるほど蛮族ではないようだ。
しばらく悩んだ後、ノエルは神妙な面持ちになる。
「思考を整理したいので少し滞在してもいいでしょうか。営業の邪魔はしません」
「分かった、好きにしろ」
俺がそう言うと、ノエルはカウンター席の端に座った。
ため息を吐きながらも、その視線は店内の様子を入念に観察している。
辺境伯がどのような環境にいるかを調査しているのだろう。
滞在中に得た情報を加味して、最終的にどうすべきか決めるものと思われる。
客の冒険者達はほどなくして元の喧騒を取り戻した。
今すぐに何かが起きるわけではないと察したようである。
きっと殺し合いを期待していた輩もいたはずだ。
賭けの準備をしていた者などは、残念そうに金を仕舞っている。
ノエルがどうするつもりか知らないが、いつまでも気にするのは面倒だ。
彼のことは意識から外して、平常通りに仕事をこなそうと思う。




