第70話 限りなく廃墟に等しい何か
翌日から店は通常通り営業を再開した。
雇っていた騎士が死んだので忙しい。
第三騎士団に派遣してもらうように頼んだが、未だ返事はない。
今回の被害を鑑みて、ダウスが渋っているのだろう。
部下をいたずらに死なせないことが彼の役目であり、それに文句を言うつもりはなかった。
とはいえ人手が足りないため、仕方なく店の地上一階のみを使っている。
辺境伯がぶち壊したせいで荒れ果てた内装は半ば放置していた。
ひとまず飲み食いできる場所だけを確保して、壊れかけの椅子やテーブルを並べている。
事情を知らなければ、廃墟と見紛うような光景だった。
そんな店内を仕切る俺は、ひしゃげた厨房で調理をこなしている。
もちろん辺境伯による破壊の弊害だ。
笑いたくなるほど使い勝手が悪く、料理の幅も大きく狭まっている。
修理には手間も時間もかかる。
まったく、どいつもこいつも喫茶店を何だと思っているのやら。
平穏な日常を送らせてほしいものである。
俺が胸中で嘆く一方、常連客の冒険者達は、安酒を片手に駄弁っている。
ヒビの入った皿から豆をつまみながら、世間話に花を咲かせていた。
「それにしても大変だったよな。まさか辺境伯がやってくるなんて」
「あの強さは反則だ。生きて逃げ出せたのが奇跡だった」
「次の日から普通に店をやってるのが異常なんだよな……」
人が死にまくる店で平然と寛ぐ客も異常だろう。
ここは命がいくつあっても足りないような危険地帯である。
常連客の神経の図太さは言うまでもない。
「なあ、店長。辺境伯の死体はどこに捨てたんだ?」
「あいつはまだ死んでいない」
「は?」
「店の地下で保管している」
唖然とする冒険者達を前に、俺は床を指し示した。
蔦に覆われた辺境伯は、地下二階の保存庫で冷凍してある。
サズの根を繋げて常に力を搾り取っており、再び暴れ出さないようにしている。
意識があるかは不明だった。
「今後、辺境伯の部下が報復を狙ってくるだろ。その時の交渉材料になると思ってな。まあ、どうやって殺せばいいのか分からなかったのもある」
「相変わらず大胆すぎるなぁ……色んな勢力を敵に回して怖くないのか?」
「臆病者がギアレスで店をやるかよ」
「はは、そりゃそうだな」
冒険者は笑って酒を呷る。
これだけの騒動さえ、ギアレスでは話の種に過ぎない。
まともな人間は生きていけない都市なのであった。




