第49話 自分より酷い奴を見ると安心する現象
その日の夜、遺品商ゴルドは床にひれ伏していた。
頭を下げることなく謝罪の言葉を口にする。
「すいやせん、大変ご迷惑をおかけしやした……」
「気にするな。こっちの責任でもある」
俺は気まずさを感じながら応じる。
結局、暴走したゴルドは俺とメルで対処した。
冒険者を蹴散らす力を持っていたが、別に戦えないことはない。
向こうの攻撃を躱しながら反撃を重ねて、最終的には気絶させることができた。
目覚めたゴルドは理性を取り戻していた。
そして慌てる彼から事情を聞いて現在に至る。
一つ判明したのは、昼間の出来事については少なからず俺の落ち度が含まれていた点だ。
「まさか魔物を食うと暴走する特異体質とはな」
「へい、恥ずかしいことなんですがね。自分でも制御できない性でして」
ゴルドの特異体質は、厳密には暴走ではない。
秘めた欲望を抑えられなくなった先に暴走があるのだ。
使い込まれた武具を好むゴルドは、相手を殺して奪いたくなるらしい。
普段は理性を利かせて我慢するそうだが、魔物肉の摂取でそれが困難になるという。
ゴルド曰く、きっかけは長年の迷宮探索にあるそうだ。
極度の貧乏性である彼は、携帯食を持たずに仕留めた魔物を食らう生活を送っていた。
暴食と飢餓を起点に、極限状態による精神の変貌が現在の特異体質を作ったのではないかと彼自身は推測している。
魔物を喰った時のゴルドは、肉体が魔物寄りになる。
身体能力は一時的に跳ね上がり、大量に分泌された魔力が天然の鎧へと変化する。
理性が飛んで戦闘技術は失われるも、それを補って余りある暴力を有していた。
迷宮を探索する人間が、いつの間にか魔物になっていたわけだ。
「厄介な体質なんで治したいとは思ってるんですがね……これがどうにも上手くいかないもんで。染み付いちまった本能なんでしょう」
ゴルドは申し訳なさそうに言う。
心底から反省しているようだ。
悪意は一切感じられず、外見からは想像できないほど善良なのだろう。
立ち上がった彼は荷物を持って頭を下げた。
「あっしは今夜中に街を発ちます。短い間でしたがご厚意には感謝してやす」
「なぜ出て行くんだ」
「こんな体質を持つあっしなんて受け入れられないでしょう。店を不幸にしちましますんで」
ゴルドの主張に異を唱えたのはリターナだった。
天井付近で揺れる彼女は、穏やかな口調で語り出す。
「早計だね、ゴルド君。我らが店長は海のように広い心の持ち主だ。多少の問題行動では追い出そうとしないよ」
「そ、それは本当なんですかい」
「自分を見てくれ。冒険者ギルドからも見捨てられるような人間だというのに居場所があるんだ。これはひとえに店長から愛されて――」
調子に乗り始めたのでリターナを射殺する。
無論、すぐに復活して語りを再開した。
それを呆然と眺めるゴルドに対し、俺は静かに問いかける。
「過ちを犯して後悔するくらいなら、その分だけ人助けをして償えばいい。それとも逃げ続けるのか?」
ゴルドは無言で考え込む。
その目からは、先ほどまでの弱さが薄れつつあった。




