第35話 穏便に交渉する予定がどんどん暴走していく
戸惑っていたルシアだが、ようやく思考が復帰したらしい。
彼女は形ばかりの微笑を保ちながら話を続ける。
「せ、説明がまだでしたね。返事はその後で」
「聞こえなかったのか。迷宮探索には手を貸さない。注文しないなら出て行け」
わざわざ聞いてやる価値などなかった。
どれだけ良い条件だろうと承諾はしないのだ。
すると、静観していた部下の大男が動き出した。
大男は戦斧に手をかけて俺を睨み付ける。
「この無礼者め」
次の瞬間、戦斧が振り下ろされた。
俺は床を転がって斬撃の軌道上から逃れる。
猛速で叩き込まれた戦斧は、厨房を真っ二つにして床に刺さった。
作りかけの料理が弾みで宙を舞う。
俺は膝立ちの姿勢から拳銃を連射する。
貫通力を高めた魔弾は、身体強化の防御を突き抜けて兜に炸裂した。
顔面が穴だらけになった大男は、血を吐いて崩れ落ちる。
やり取りを見ていた冒険者達がまたも囁き合う。
「店長、騎士を殺しちまった……」
「あの人が一番やりたい放題だよな」
「まったくだ」
俺は拳銃を持って立ち上がる。
ルシアは呆然と部下の死体を見つめていた。
「ガルス……」
「すまんね。ギアレスはこういう場所なんだ。文句があるなら遠慮なく言ってくれ」
そもそもいきなり殺しにかかってきたのは向こうだ。
いくらなんでも短気すぎる。
混沌都市ギアレスならば人間の命も軽く、その程度の暴挙は許されると考えたのだろう。
街の流儀としては間違っていないが、反撃で殺されることも想定しておかなければいけない。
己の身分と力量を誤った結果、大男は死を招いてしまったのである。
佇むルシアの気配が変わった。
研ぎ澄まされた殺意が冷気のように周囲を蝕む。
どうやら実力は本物らしい。
ルシアは剣の柄に触れながら俺に問う。
「我々に……王国騎士団に牙を剥くということですね」
「俺の邪魔をするなら誰にだって盾突くさ。たとえ国でも神でもな」
「――後悔しますよ」
「させてみろ」
刹那、ルシアに襲いかかる者がいた。
ルシアナは振り向きざまに剣を振るう。
金属音を響かせて衝突したのはナイフだった。
ナイフを持つメルは無表情のまま宣言する。
「厄介な客は私が追い返します」
「気が利くじゃないか。さすが看板娘だ。任せていいか」
「了解です」
メルのナイフが閃く。
吹き飛ばされたルシアが食器棚に激突した。




