第29話 世の中には取り返しがつかないこともある
今週の戦闘指導の日がやってきた。
俺は酔っ払った客を追い出して屋内訓練場へと向かう。
そこには既に多数の冒険者が集まっていた。
朝から賭け試合ばかりやっているのは知っていたが、何やら騒然としている。
ただ盛り上がっているのではなく、妙な空気感が漂っていた。
冒険者達の視線は、室内の中央付近に注がれている。
そこでは筋骨隆々な男が雄叫びを上げていた。
ギルド職員の制服に身を包み、丸太のような廃材を担いでいる。
まるで魔物のような威圧感である。
男の前には、白目を剥いて気絶する冒険者が倒れていた。
ちょうど戦いが決した瞬間だったようだ。
血だらけだが生死には直結しない程度の状態だった。
よく見ると廃材を持つ男の顔に見覚えがある。
外見やら雰囲気が違うが間違いない、そいつはギルドマスターのアレックスだった。
「どういうことだよ」
最近は元気になったと聞いていた。
しかし、これは度を越しているのではないか。
疲れと一緒に知性まで捨てたような有様である。
これだけの変化となると、元凶は一つしか思い付かない。
俺は喫茶店に戻ると、吊るしたままのリターナを問い詰める。
「ギルドマスターが魔物の親戚になってたぞ。どういうことだ」
「ほう、それは気になるね。見せてもらえるかな」
天井に固定した鎖を外し、嬉しそうなリターナを引きずって屋内訓練場に移動する。
この間にアレックスはさらなる勝利を遂げたらしく、彼の周りに倒れる冒険者が増えていた。
あの筋肉は見かけだけではないようだ。
俺は鎖の端を引きながらリターナに命じる。
「あれを説明しろ。明らかにお前の薬が原因だろうが」
「ふうむ……安眠剤の定期摂取で体質が変わったようだね。サキュバスの唾液が起因かな。精力による自己強化が活発に働いている。ギルドに売り渡した他の薬も併用していそうだね」
リターナは遠目に観察しただけで即答する。
肉体に生じたあらゆる変化を見逃さず、己の知識と経験則に照らし合わせて答えを導き出したのだ。
やはり薬師としての才覚は超一級である。
リターナは徐々に早口になりながら話を続ける。
「アレックス君は駄目な薬の飲み方をしている。まあ結果的に元気そうだし、特に問題はないと思うがね。それより今の彼に使いたい試作品があるんだ。効能は――」
「黙ってろ」
俺はリターナの口に銃を突っ込んで引き金を引く。
銃声に反応した冒険者達がこちらを見るも、撃たれたのがリターナだと気付くとすぐに落ち着いた。




