第22話 理不尽な犠牲だけど店は平和
危なそうな薬がギルドマスターの手に渡った。
それなりの緊急事態だが、俺は動かない。
色々と釈明するのが面倒で、俺の悪事と誤解されても困る。
すべてはリターナを信じ込んだアレックスの自己責任である。
どうなろうと知ったことではない。
後で文句を言われたらリターナを差し出すだけだ。
それでも許されないならば実力行使で黙らせるつもりだった。
ここは混沌の街ギアレスだ。
殺し合いなんて食事風景みたいなもので、日常的に発生する出来事であった。
ギルド職員だろうと例外ではなく、たまに殉職者が出ているらしい。
満場一致で治安最低の地域なので珍しいことではなかった。
冒険者とは名ばかりの殺人鬼なんかも跋扈しているため、たとえギルド内でも安心できない。
メルみたいな奴が暴れたら、間違いなく大勢が死ぬことになるだろう。
俺は魔物ではない干し肉を齧りながら食器洗いをする。
リターナはどこか不服そうに呟いた。
「迷宮探索で疲労しがちな冒険者のために開発したのだけど……君達も使ってみたいかな?」
彼女に話を振られた冒険者は、揃って首を振って拒否する。
サキュバスの唾液が使われているという情報で、何人かは興味をしていた。
しかし、これだけ目に見えた危険だと避けるようだ。
いくら命知らずな冒険者でも限度はあるのである。
俺は食器を洗う手を止めず、リターナを形式的に非難する。
「ギルドマスターを実験体にしたわけだな」
「アレックス君はこの店の客ではない。酒を奢られただけで支払っていないからね。つまり自分の薬を試しても問題あるまい。そうだろう?」
「とんだ屁理屈だが……店に迷惑が出なけりゃそれでいいか」
リターナに常識を求めるのは無駄だ。
彼女の狂気はもはやどうしようもない。
その点については諦めている。
俺が取るべき行動は、いかに被害を減らすかに注力することだ。
今回はアレックスが犠牲となり、それ以外は平和のまま済んでいる。
だったら万事解決ではないか。
リターナは嬉しそうに足を揺らす。
「アレックス君にはぜひともまた来てほしいね。安眠剤の影響を見たいし、色々と他の薬の実験をしたいんだ。今後の彼の酒代は、自分の働いた分でどうかな?」
「まあ別にいいが。お前の薬のおかげで儲かってるしな」
「ありがとう! 交渉成立だね」
「ギルドマスターが少し気の毒です」
メルが真っ当な感想を述べるも、俺は素知らぬ顔で聞き流した。




