第21話 100パーセントの善意なんて存在しない
リターナは一見すると理知的だ。
口調は穏やかで善良な印象を受けやすい。
ただし、その本性は狂人の一言に尽きるだろう。
苦痛を気にしない不死身で、人間の命を誰よりも軽視する。
泥酔したアレックスは首を吊られた女がまともに感じられるらしいのだから相当な重症であった。
そんなリターナは俺に話しかけてきた。
「そうだ、頑張るギルドマスターに渡したいものがある。店長、その棚にある赤い瓶を取ってほしい」
「これか」
掴み取った赤い瓶の中には錠剤が詰め込まれている。
俺はそれをアレックスの座る前に置いた。
彼は呆けた表情で首を傾げる。
「なんですかぁ、これ」
「安眠剤だよ。君の顔を見るに寝不足なのは明らかだからね。短時間でも十分に体が休まるから、今晩から使うといい。目安は就寝前に二錠だよ」
「リターナさん……っ!」
アレックスは感動して泣き出した。
周囲の冒険者が冷やかせないほどの様子である。
酒とリターナの優しさにより、ついに我慢の限界に達してしまったらしい。
(あーあ、すっかり惚れ込んでやがる)
俺はアレックスから滲み出る好意を察して悪態を洩らす。
他人の色恋沙汰なんてどうでもいいが、これはさすがに警告すべきか。
いやそれも面倒だ。
未熟だろうと相手はギルドマスターである。
どういった事態に陥ろうと自己責任で、わざわざ注意してやる義理もない。
簡単に相手を信じ込むアレックスの落ち度と言える。
アレックスはしばらく号泣した後、酔いが回って眠ってしまった。
彼が起きたのは真夜中の時間帯であった。
水を飲んだ彼は、落ち着いた雰囲気で帰り支度を整える。
「ありがとうございました! なんとかやっていけそうです!」
「また愚痴りたくなったらいつでも来るといいよ。自分が相手をしよう」
リターナに見送られながら、アレックスは上機嫌に退店する。
その手には赤い瓶が握られていた。
俺はリターナに尋ねる。
「安眠剤なんて初耳だ。新商品か」
「試作品だね。サキュバスの唾液と、魔物捕獲用の麻痺毒を配合したものだ」
「……おい」
「服用すると、短時間だが決して目覚めなくなり、とても良い夢を見ることができる。心身を強制的に回復させる代物だよ」
案の定、危険な薬物だった。
副作用だって分かったものじゃない。
そのまま二度と目覚めなくなる可能性もあるのではないか。
俺は一瞬だけアレックスを引き留めようか迷ったが、小腹が空いたのでやめた。




