第11話 どいつもこいつも狂っている
嫌な予感がする。
リターナは危ない奴だ。
害意はないものの、野放しにしてはいけない雰囲気を醸し出している。
ギルドも要注意人物と見なしたのだから、別に間違った印象ではないだろう。
とは言え、この店の客層なんて荒くれ者ばかりだ。
善悪で分けるなら悪人が多数派になりかねない。
リターナだけを警戒するのは違うのではないかという考えもある。
客を区別するような真似はしたくない。
善意とかではない。
店主としての些細なこだわりだった。
判断に迷っていると、赤ら顔の冒険者がリターナに話しかけた。
「おい、姉ちゃん。医者と聞こえたんだが、俺の傷を治してくれないか」
「ほほう、どこを怪我したのかな」
リターナは前のめりになって応じる。
彼女の持つ豊かな双丘に目を奪われつつ、冒険者は右腕を指し示した。
「迷宮の罠にやられたんだ。力むたびに痛むんで困っている」
「なるほど。ちなみに君は腕をどうしたいのかな?」
「そりゃ動かしても痛まないようにしてほしいに決まっている」
「……痛みを消す処置だね。分かったよ、さっそく治療を始めよう」
リターナは鞄を漁り始めた。
相当な量を詰め込んでいるのか、今にもはち切れそうである。
準備を見守る冒険者は不思議そうに尋ねた。
「ん? 回復魔術は使わないのか」
「自分には素質がなくてね。だから得意な分野で代用するのさ」
そう言ってリターナが取り出したのはガラス製の小瓶だった。
中には赤黒い液体が入っている。
揺れる様を見るに粘性が高いようだ。
小瓶を開けたリターナは、一本の針を内部に入れる。
そして針の先端を浸してから小瓶を仕舞った。
冒険者は困惑気味に問う。
「えっ、何だそれ」
「気にしなくていい。一瞬で済むからね」
笑顔のリターナは、自然な動作で針を冒険者の右手に刺した。
針の先端を白衣で拭いつつ、彼女は朗らかに告げる。
「よし、これで完了だ」
「は? 一体どういう――」
発言の途中、戸惑うの冒険者の右腕が膨張した。
皮膚が黒く染まり、岩のような質感に変貌していく。
冒険者は仰天して大声を上げた。
「うおおおああああああっ!?」
何を思ったのか、冒険者は他の客のテーブルに跳びかかった。
巨大な拳が料理とテーブルを叩き割り、そのまま床まで粉砕する。
さらに振り回された腕が数人の客を殴り飛ばした。
客は滅茶苦茶に潰れた肉塊となって壁にへばり付く。
冒険者は尚も止まらない。
腕の変貌は全身へと広がり、服を引き裂きながら黒いトロールになってしまった。
振り絞るように放たれた雄叫びは、もはや人間のものではない。
その光景にリターナは満足そうに喜ぶ。
「ふむふむ、新作の薬は上手く配合されているようだね。ちゃんと痛みを感じない身体になって膂力も上昇している。副作用で理性が飛ぶが、まあ些細な変化だろう」
俺はリターナの頭に銃を突き付けた。
暴れるトロールを横目に尋ねる。
「おい、あれは何だ」
「治療だよ。痛みに悩む彼の要望を叶えただけさ」
「ふざけてんのか」
「自分は大真面目だとも。君がなぜ腹を立てているのか理解できない」
「決まってるだろ。店をぶっ壊されたからだ」
銃口をリターナの後頭部に押し付ける。
メルが後ろで「お客さんの心配はしてないんですね」と呟いた。




