第107話 今日も懲りずに営業中
最終話です。
しばらく料理を頬張っていたダウスは手を打った。
彼は空の皿をメルに渡しながら俺に伝える。
「言い忘れていた。今度、第一騎士団が視察に来るらしいぞ」
「迷宮の調査か?」
「いや、この店が気になるそうだ」
それを聞いた俺は仕事の手を止めた。
ため息を吐いてダウスを見やる。
「第一騎士団は城を守るのが仕事じゃなかったのか?」
「俺も詳しいことは分からん。もしかすると勧誘かもな」
「勘弁してくれよ。撃ち殺しても知らねえぞ」
「こっちこそ勘弁してくれ……」
ダウスは頭を抱えて唸る。
俺と第一騎士団の衝突を懸念しているようだ。
まあ、殺し合いになったら仕方ない。
その時は容赦なく叩き潰すだけである。
闇市での武器補充について考えていると、血相を変えた冒険者が店に入ってきた。
慌てる冒険者は叫ぶ。
「大変だぞ、店長! ギルドマスターとゴルドさんが脱獄しやがった!」
「囚人用のメシに魔物肉が使われていたか……アレックスは薬が切れたせいだな」
「呑気に分析してる場合じゃねえだろ! 早く助けてくれっ」
そんなことを言われても、騒ぎは店の外で起きたことだ。
俺がわざわざ対処する義理もない。
勝手にやればいいと思う。
盗みも殺人もギアレスでは日常なのだから。
俺が冒険者の頼みを渋る一方、リターナがやってきた。
いつもの鎖を引きずる彼女は俺に報告する。
「店長、彼女がここで雇ってほしいそうだよ」
「こんにちは~。よろしくお願いします~」
リターナの背後に立つのは、ほぼ裸の若い女だった。
大事なところだけ布を巻いて隠した扇情的な格好で、彫刻のように芸術的な身体である。
ギアレスなら真っ先に襲われそうなものだが、問題は首から上だ。
その女の頭部は古びた宝箱になっていた。
鍵穴が付いた上蓋は薄く開き、びっしりと生えた牙や長い舌が覗いている。
擬態能力を持つ魔物――ミミックだ。
俺は当然の疑問を投げかける。
「それどうなってんだ」
「ミミックに寄生されたんです~。でもちゃんと働けます~」
「実に興味深い現象だよ。人間と魔物の融合なんて聞いたことがない。これは大いに研究の価値がある」
リターナは興奮気味に語る。
その後ろで、女の舌が伸びて客を捕食していた。
牙で乱暴に咀嚼して飲み込んでしまう。
「化け物じゃねえか。絶対働けねえだろ」
「大丈夫だよ。教育は自分に任せてほしい」
胸を張るリターナの頭が齧られて、血と脳の破片が床に零れている。
とりあえず、こいつを喰わせておけば被害は抑えられそうだ。
人手も足りなくなっていたので、新しい従業員を雇うのは悪くなかった。
さっそく面接を始めようとしたところで、今度はメルが駆け寄ってくる。
「店長、外に人が集まってます。武装もしてます」
「おいおい、ふざけんなよ。こんな忙しい時に……」
今日は特に問題が重なってきやがる。
俺が呆れているうちに、外から怒鳴り声が聞こえてきた。
「警告する! 迷宮を牛耳る悪しき勢力よ! ただちにこの地から立ち退くがいい!」
俺は舌打ちをして拳銃を握る。
殺気立った空気が店内にまで伝わってきた。
「立ち退き要請か」
「最近になって街に参入してきた犯罪組織だね。我々のことを疎んでいるそうだよ」
「面倒臭えな。ぶっ殺すか」
「辺境伯に相談すればいいのではないかね」
「別にいいだろ。これくらいは俺達で片付ければいい」
俺はリターナの提案を一蹴して倉庫に向かう。
そこには隣国との戦いで使わなかった武器がたっぷりと残っていた。
ちょうどいいので在庫処分しよう。
「まったく、喫茶店は大変だな」
大量の爆弾や銃を引っ張り出しながら俺は嘆く。
愚痴りつつも、こういう日々を過ごすのは気に入っていた。
なんともギアレスらしい生活ではないか。
せっかく迷宮に接した店を経営しているのだ。
この狂った環境を、これからも楽しんでいこうと思う。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
新作を始めましたのでよろしくお願いします。




