ワイヤード(2) ──「『戦場は、人を怪物に変える』ってよく言うだろ。あたしも、怪物に成りかけてる」
通信を終えたシェイトンは、喜びと緊張が入り混じって強張った顔をノーヴィーに向ける。
「メイ少佐だ……! 【高機動騎兵隊】が、救援に来る!」
だがノーヴィーの表情に驚きはほとんど無い。
「……それは、当然のことじゃない? だって、こっちにはエイリス姫が居る。ただ数任せに大量の兵士を送り込んじゃ、彼女も無事じゃ済まないでしょ。最高の少数精鋭部隊を使うのは、合理的な選択」
「ああ……そうか。そうだよな」
シェイトンは自分の思い上がった心を鎮めた。
メイ少佐が自分のことを覚えてくれていて、救援に名乗り出てくれたのだと思っていたが、実際に考えればノーヴィーの言う通りだ。
「でも幸運だったね。もしエイリス姫を確保できずに手持ち無沙汰だったら、友軍に焼夷弾をありったけ撃ち込まれて東京駅ごと焼き尽くされていたと思うよ。まさか、たった二人を助けるために部隊を送ってくれるわけがないでしょ?」
「……そうだな。うん……そうだ」
シェイトンは消沈した返事をする。
「何、しょげてるの? まさか、恋わずらい? やめてよ、気色悪いなぁ」
「うるさいな……」
文句を言った時、ノーヴィーの背後に不審な影が動いているのが目に留まった。
銃が、宙にふわふわと浮いているのだ。
「────!! 危ない!!」
正体を察知して、シェイトンは叫んだ。
ノーヴィーは咄嗟に身をかわすが、そこに風切り音が飛んできて、彼女の腹を切り裂いた。
真っ赤な血を吸って、蛇のようにうねる刃が姿を現した。
「ノーヴィー!!」
透明化能力を持つグーリンルド共和国の兵士の襲撃だ。漁夫の利を狙ってやってきたに違いない。
シェイトンはノーヴィーに駆け寄ろうとするが、次の攻撃を察知したノーヴィーは逆にシェイトンをその場から蹴り飛ばした。
その彼女の右足が、シェイトンの目の前で鋭利に切断された。
「うわぁあああああああああ────!!」
足を失ったノーヴィーは、悲鳴を上げて倒れる。
だが、応戦しようにも銃がない。
シェイトンは自分のヘルメットを取って、襲撃者に向かって強く投げた。
それは命中し、敵兵士は透明化を解いて怯んだ。
「この野郎!!」
シェイトンは吠えながら、軍用スコップを手に取り、相手の懐へ飛び掛かる。
敵の持つライフルの銃身を左手で押しやって狙いを逸らしながら、スコップの先端を敵兵士の腹に突き入れた。
相手が呻いて身を屈めたところで顔面に膝を打ち込み、間髪入れずに首の後ろ側をスコップで殴り下ろした。
うつ伏せで叩き付けられるように倒れた敵の首に、スコップの先端を突き当てる。
「……や、やめてくれ……」
聞きたくもない、敵の命乞いの声。
シェイトンはそれを自分の叫び声で掻き消して、スコップの刃の足掛けを思い切りブーツで踏んだ。
首の骨を砕き肉を切断する鈍い感触が、足にじんわりと染み込んだ。
「……ノーヴィー、大丈夫か!!」
彼女の方を向いたとき、また別方向から銃声が轟いて、弾丸がシェイトンの頭を掠めた。
「ぐうっ……!!」
素早くその場に伏せて、死体からライフルをもぎ取り、銃声の方向に向かって構えて引き金を引く。
だが、弾は出ない。引き金が最後まで動かないのだ。
安全装置が掛かっているようだが、解除方法が分からない。
それは日本の警察や国防軍で使用されている銃で、シェイトンが使ったことがない武器だった。
敵の銃が、シェイトンを捉えている。
死を覚悟した、その時。
「こっちだこのヤロ────!!」
重傷で血まみれのノーヴィが上体を起こし、発炎筒を振っている。
「撃て、撃ってみろよ────!!」
彼女はわざと敵の気を引いているのだ。
シェイトンは蒼白な顔で、ライフルの側面を見て、安全装置らしきスイッチを捻る。
カチリと音がして、引き金の固定が解けた。
しかしそこで敵が撃った。
狙いはノーヴィ。弾丸は彼女の胸を貫通した。
派手に血が散る。だが、ノーヴィは倒れない。
「撃て────!! シェイトン!!」
宙に浮いた銃。敵がそれを構える姿を鮮明にイメージしながら、シェイトンは引き金を絞った。
鋭い反動と共に、ライフルから弾丸が撃ち出される。
肉が弾ける音が響いた。
敵兵士の透明化が解ける。
頭部を撃ち抜かれたそれは、ゆっくりと後方に倒れた。
「……ノーヴィ、ノーヴィ!!」
シェイトンはノーヴィを助け起こす。
彼女は腹を切られるだけでなく、右足を切り落とされ、銃で胸を撃たれた。手の施しようがない重傷だ。
このままでは、死んでしまう。
涙を流すシェイトンに対し、ノーヴィは自分の血で汚れた顔を拭いながら、冷静に言う。
「落ちてる右足、拾ってもらえる……?」
「え?」
「あんまりそのまま放っておかれると……くっつかなくなるから」
血を吐き捨てて、自分の胸の銃創を見る。
「弾は貫通してるから……取る必要ない。さっさと足、くっつけて、早く、どこかに隠れよう……」
驚愕の表情を固めるシェイトンに対し、ノーヴィは口から血をゴボゴボとこぼしながら、腹部の傷からはみ出た自分の腸を押し戻し始める。
「……吸血鬼、ナメんなよ……」
◆
一方、銃器対策部隊の二人、麻戸井と凛瀬沢はシュノリューネから聞き出した情報を元に、彼女らが殺害した警官やWASP隊員から奪った武器を集めてあるという倉庫に向かう。
「……もし、罠だったら?」
凛瀬沢がこの期に及んで弱気な事を言う。
「あたしらが死んだら、多分あの蜘蛛女も一生逃げられない。嘘はつかないと思う」
倉庫のドアの前に着くと、ドアは半開きになっており、内部で何者かが動いている気配があった。
「……スタングレネードを使う。準備はいい?」
麻戸井は凛瀬沢の返事を待たず、躊躇なくドアの隙間からスタングレネードを投げ込む。
大音響と共に眩い閃光が炸裂し、室内から短い悲鳴が一つ聞こえた。
麻戸井は部屋のドアを蹴り破り、MP412リボルバーを素早く構える。
「──!?」
引き金を絞りかけた指を、さっと離す。
あろうことか、そこに居たのは人間だった。
グレーの都市迷彩の戦闘服。それは紛れもなく、国防陸軍特殊部隊WASPの隊員だった。
閃光を真正面から食らって狼狽えているその女性隊員には、見覚えがあった。
「……アルファチーム副小隊長、相須梨子」
「え? 誰ですか……?」
麻戸井は凛瀬沢の問いを無視して、MP412リボルバーを構え直して警戒心を強める。
警視庁特殊部隊庁舎を出発する直前、戦闘ヘリに敵味方を識別させる為と言ってIRマーカーを配っていた女性隊員だ。
身を守るためという名目であったはずのIRマーカーが、どのような結果を招いたか、宰河から聞いている。
理由は不明だが戦闘ヘリが敵に寝返り、その猛攻に遭って宰河たちは殺されかけたのだ。
麻戸井は、相須の後ろ首を掴み、地面に倒した。
圧し掛かって、耳元でよく聞こえるように言う。
「どうして、ここに居る!? 他のWASP隊員は、どうした?」
「……ま、待ってください……! だ、誰ですか?」
閃光の影響でまだ視界が回復していないようだ。
「こっちが質問してるの。答えないなら、殺す」
MP412リボルバーの銃口を、彼女の後頭部に押し付ける。
「……うう……他の味方は、死にました……。私も捕まって殺されかけたんですけど……何とか、逃げ出したんです……!」
「殺されかけた……? その割には、傷一つ無いように見えるけど……?」
「え? あ、ああ……それは、拷問を受ける前に、何とか逃げ出せたからですよ……ずっと隠れてたんです」
「何処に隠れてた? エアダクトの中?」
「え、あぁ、そうです……! ずっと、エアダクトの中に隠れてました……!」
麻戸井は、立ち尽くしている凛瀬沢の姿を見た。その全身は、エアダクト内の埃を被って白く汚れている。
しかし、相須の身体にその埃は全く付着していない。
「────そうか。分かった」
麻戸井は、相須の後頭部に押し付けているMP412リボルバーの引き金を引いた。
シリンダー内の357マグナム弾が撃発し、射出された弾丸は彼女の後頭部を撃ち砕き、猛烈な着弾衝撃によって彼女の頭の内部に形成された瞬間空洞は、その頭をスイカのように破裂させた。
麻戸井の眼前に飛び散ったのは、真っ黒の血液と肉片だった。
素早く相須の身体から離れると、彼女の身体から次々と黒い触手がのたくり出してきた。
東京テレポーターで銃器対策部隊を壊滅させた、あの人間に化ける怪物だ。
麻戸井に向けて飛び掛かってきた触手を、冷静に撃ち抜く。
「……死にやがれ」
そして、その場に立てかけてあった相須のSSG3000スナイパーライフルを取り上げて、ボディアーマーに守られた怪物の心臓を狙って銃撃する。
強力な7・62ミリNATO弾がボディアーマーを貫き、黒い触手の怪物は、蛙を絞め殺したような耳障りな悲鳴を体中から発した。
麻戸井はボルトハンドルを思い切り引いて薬莢を排出し、次弾を装填、容赦なく銃撃する。
ようやく相須が怪物だと確信した凛瀬沢は、慌ててその場に落ちていたSA58バトルライフルを取り上げて、追加の弾丸を浴びせていく。
間もなく、怪物は完全に沈黙した。
WASPアルファチーム副小隊長の相須梨子も、人間に化ける異世界の怪物であった。
彼女は仲間の顔をしながら、他の隊員たちを蜘蛛の生贄として差し出していったに違いない。
既にWASP隊員は皆殺しにされてしまったのは疑いようがないが、その仇の一人を討ったことは、せめてもの餞になるといいのだが。
SSG3000の銃口を下ろし、麻戸井は呟く。
「……『戦場は、人を怪物に変える』ってよく言うだろ。あたしも多分、怪物に成りかけてる」
「麻戸井さん……?」
「相須に突きつけた銃を撃った瞬間……『ああ、バケモノで良かった』と思ったんだ」
意味を分かりかねている凛瀬沢には目もくれず、麻戸井はその場所に集められている多数の銃器を眺める。
中には、宰河たちから奪われたであろう見覚えのあるSATの装備品もあった。
「充分。これだけの武器弾薬があれば、隅々まで殺虫できる」
「ちょっと、待ってくださいよ。これだけの武器、どうやって運ぶんです?」
「最適な『荷物持ち』が居るだろ。あたしらは二本足だが、八本の足があれば、四倍は持てる」
意図を察した凛瀬沢は、身を縮ませて言う。
「ま、まさか、シュノリューネを解放するんですか!? 危険ですよ……!」
「あんた、犬を飼ったことあるでしょ。散歩するとき、犬には何を着ける?」
「え……? く、首輪と紐ですか?」
「正解」
麻戸井は、SATの装備品から目当ての物を取り出した。
紐状爆薬。
紐の形をした可塑性爆薬で、コンクリートの壁などを一瞬で切断して穴を開けることが出来る。
用途を察した凛瀬沢は、思わず自分の首をさすった。
「これをシュノリューネの首に括り付けて、連れていく。逆らったら、その首を爆破する」
麻戸井は無表情で言った。





