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東京バトルフィールド <東京を奪還せよ。異世界の魔法使いの手から>  作者: 相山タツヤ
STAGE:05 THE WASTE TUNNELS「巣穴」 ──死の地下鉄を突破せよ。
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悪魔の巣窟(2) ──「誓約書の束より、たった一回の接吻の方が効力が強い。人間の文化とは、そういうものなのだろう?」



 オゼロベルヤと名乗った蜘蛛女は、黒の皮手袋を着けた手で、身動きできない俺の顎をクイッと持ち上げた。



「私の部下を、山ほど殺したな。全て見ていたよ。だが、恨みはしていない。むしろ、君を称賛したいと思っている。この地下鉄に入ってきた最初こそ、首を斬り落として並べてやろうと思っていたが、それは過去の話だ。平和な国に暮らすたった一人の人間が、単独であれほどの凶暴性を発揮できるなんて、惚れ惚れするよ」



 俺は苦しい呼吸をしながら、彼女を警戒し、あらゆる物音に耳を澄ませる。



「私はガルータム王国領土開発大隊、地下浸透部隊の隊長だ。君は、警視庁特殊部隊SATの隊長だろう。隊長の苦労が分かるもの同士、仲良くしたいと思ってね」



 オゼロベルヤは、真っ黒で光のない瞳で俺を見つめ続けている。


 俺は唇を強く結んだ。彼女は、捕らえた俺を何らかの計略に利用する気に違いない。



 そこで、旧ドイツ軍の格好をした兵士の一人が、MP40サブマシンガンの銃口を俺へ向けながら言った。



「お、おい! 敵を褒めるなんて時間の無駄だ! そんな男、さっさと殺……」



 一発の銃撃で、兵士の言葉は断ち切られた。


 兵士の右目に、赤黒い穴が開いていた。涙のように細い血の雫が垂れ、兵士はガクリと膝から崩れ落ちた。



「『先生の話の邪魔をするな』と、学校で習わなかったのか」



 無表情のオゼロベルヤの左手には、硝煙がゆらめくウェブリーリボルバーが握られていた。



挿絵(By みてみん)



「そ、そんな……! 嘘だろ……?」



 突然の出来事に唖然する俺と同様に、彼のすぐ隣に立っていた仲間の兵士もせわしなく目玉を動かして、死体とオゼロベルヤを交互に見やった。


 そこでオゼロベルヤは、ぼそりと独り言を言う。


 

「五発か。実に中途半端だ」



 言い終えるや否や、一切躊躇うことなくウェブリーリボルバーを再び発砲した。今度は二発。


 撃ち抜かれたのは、先ほどまで疑いの視線を向けていた兵士の右目。そしてもう一発は、彼が持っていたMP40の機関部に着弾していた。


 彼もまた操り人形の糸が切られたように、仲間の死体に折り重なって倒れた。



「さて、残り三発。再装填するには良い頃合いだ」



 オゼロベルヤは、ウェブリーリボルバーのフレームを折り曲げて、シリンダーに装填した弾をチャキンッと自動排出させた。未発砲の三発だけを器用に宙で掴み取って、シリンダーに戻してから、腰のポーチからクリップで留まった三発の予備弾を取ってシリンダーに追加した。


 そこでようやく彼女の不可解な言動の意図が分かって、俺は身震いした。


 ウェブリーリボルバーの装弾数は六発で、予備の弾薬はクリップで固定された三発単位で補充できる。兵士を射殺するのにまず一発撃って、その分だけを補充するならクリップの弾薬が半端で二発余ってしまう。だから、彼女はすぐに追加で二発を『使った』のだ。


 単純な算数の話だが、その為だけに仲間の兵士たちを射殺するなんて、常軌を逸している。



「私の話を遮った者は、即時、射殺する」



 オゼロベルヤが冷酷に告げたと同時に、兵士たちが次々と短い悲鳴を上げ始めた。



「銃がっ……!」



 彼らが手にしていた銃器が次々と蒼い炎を上げて燃え始め、やがて自壊してしまった。


 メヴェルが言っていた『鹵獲抑止魔法』が発動したのだ。……オゼロベルヤの意志によって。



 頭上から、面食らったレファバールの声が飛んでくる。



「何をしているの!? 護衛たちの武器を破壊するなんて、正気……!?」



 オゼロベルヤは首をポキポキと鳴らしながら、ウェブリーリボルバーを掲げる。



「もちろん、正気だ。むしろ、今までになく、冴えわたっている」



 彼女は再びニカッと口だけで笑みを作る。



「それより、レファバール。君は、趣味の『園芸』に戻るといい。後のことは、軍人の仕事だ」



 すっかり狂人を見る目つきになったレファバールは、何か言いたげに口をもごもごとするが、そのまま飲み込んで、黙って引き下がっていこうとする。



「……待て。君が捕まえている二人の小娘も、こちらに貰おう」



 レファバールはいかにも気に食わなそうに溜息をつくと、宮潟とメヴェルを拘束していた巨大百足に対して顎をしゃくった。


 すると巨大百足は、二人の拘束を解いて乱暴に宙へ放り投げた。


 俺は思わず叫ぶ。


 だが叩き付けられる直前、宙に黒い蜘蛛の巣が出現し、二人の身体を捕まえた。



「今度は……何よ、これ……動けない……!」



 蜘蛛の巣に貼り付いたまま二人はもがくが、全く剥がれる様子がない。まるで、餌となる昆虫を捕らえて逃がさないように。



「……俺たちに、何をさせる気だ?」



 俺は単刀直入にオゼロベルヤの陰謀の核心に迫った。


 すると彼女は腕を組んで、光る水晶の中に閉じ込められた叡の姿を見やった。




「宰河。────君は、この少女の正体を知っているか?」




 俺は目を見開く。



「……何の話をしてるんだ。この子は……この現世とお前らバケモノが済む異世界を繋いだテレポーターの開発者の孫娘だ。俺たちは、この子を守る任務を与えられた」



 その返答に対し、オゼロベルヤは首を傾げてそれから鼻で笑った。



「なにが可笑しい? お前らはテレポーターの開発者である中嶋稔道を捕らえるか、もしくは殺害しようとしている。だから、中嶋が立て籠もる核シェルターを開放する鍵となる叡を必要としている。……違うのか?」



「老いぼれ一人さらって、何が出来ると言うんだ。放っておいても、勝手に寿命で死ぬじゃないか。そんなことをしなくても、既に東京テレポーターは完全に掌握している。本当に価値があるのは……この少女なのだ。この少女を手に入れた国こそが、戦争に勝つことができる」



 オゼロベルヤは水晶を撫でながら、続ける。



「この戦争は、七つの国による合同作戦だ。しかし、その思惑は一枚岩ではない。


 今でこそ、新たな安住の地を築くという使命をもって結託しているが……我々が人類に勝利した後は、今度は七つの国の間で、獲得した領土と資源の取り分を巡って激しい戦争が始まるであろう。


 元より、我々の世界では、幾度となく戦争が繰り返されてきたのだ。環境が変わろうとも、根深く染み付いた国家の思想と悪習はそう変わるものではない。終わりのない巨大な戦火は、この地も果てまで焼き尽くすだろう。


 そうして、生き残った死に損ない共が、再び安住の地を求め、破壊を繰り返すのだ。全ての生命が死に絶えるまで。


 ……だが、私は、その負の連鎖を断ち切りたいと考えているのだよ」



 俺は、口に溜まった唾を静かに飲み込んだ。



「平和とは何か。それは、争いがない世界だ。ならば、どうやってその世界を創り出すのか。その答えは……完璧な統制。強大な一つの国家が世界を統一し、一人の王が全ての民を完璧に統制するのだよ。


 頭脳が七つもある生物が、どうやって前に進み続けることができるのか。頭脳は、たった一つで良い。一つの頭脳が世界を統治する時こそ、世界は戦争の煉獄から解放され、真の平和が訪れる。


 私は、そんな世界を強く望んでいる。だから、必ず勝たねばならないのだよ」



 誇らしげに理想を語るオゼロベルヤに対し、俺は語気を強めて言う。



「叡に、何の関係がある!? お前の願望は聞いたが、この子を巻き込む理由が分からない。こんなたった一人の少女が、この戦争の行く末を決めるなんて、到底信じられるわけがない」



「この少女が、ただのか弱い子供だと信じているのか。私にしてみれば、そちらの方がおめでたい話だ」



「もう回りくどい話は止めろ! 叡は、何者なんだ!? 俺たちに、何をさせる気なんだ!? 答えろ……!」



 するとオゼロベルヤは、俺の口を思い切り右手で塞ぎ、顔をグッと近づけた。



「舌を抜かれたくないなら、黙って聞くといい。……叡は、君らが住む世界の人間ではない」



 俺は目を見開く。




「七つの国のうち、戦火の中心となっている二大国家は、最高の軍隊を持つ国家であるグザエシル帝国、そして、最高の魔法を持つエルコト連邦。


 君らが人間だと思って守り抜いてきた少女は────エルコト連邦の皇女だ。彼女の本当の名前は、【エイリス】」




 突然告げられたその言葉に、俺の理解は追い付かない。


 口を塞がれ、ただ張り詰めた顔つきで何度も瞬きを繰り返すのみだった。




「この異世界侵攻作戦の一つに、エルコト連邦皇女の救出も組み込まれている。


 だが、グザエシル帝国は今後起こるであろう内紛を見据え、その切り札として皇女を拉致することを目論んでいた。我がガルータム王国も異議はなく、それに協力した。


 他の国家の腹積もりは知らないが、強大な力を持つエルコト連邦を、隙あらば出し抜いてやりたいという思惑はきっと共通していることだろう」


 

 俺は、水晶の中に閉じ込められた叡に、再び視線を向けた。



 ……叡が、異世界の姫だった?

 


 とても信じられない。


 それほど重要な異世界の国家の姫が、どうしてこの東京に、中嶋稔道の孫娘という身分を持って居るのか。


 それに、異世界の敵たちに襲われた時の叡の反応は、救援を喜ぶというものではなかった。敵に対し、本心から恐怖や憎悪を抱いていた。


 全く説明がつかない。



 だが、引っかかる事はあった。旧ドイツ軍の装備をなぜ異世界の兵士たちが持っているのかという疑問だ。


 これは過去に、この現世と異世界に何らかの接触があったことの証左ではないか。


 それも、個人間の小さい接触ではなく、軍隊の様式に影響を与えるほどの、国家規模の接触だ。


 その際に……異世界の住人であった叡が、この現世にやってきたというのか。



 しかしパズルのピースがまだ足りない。情報が断片的すぎて、俺の思考は真相には辿り着けない。


 オゼロベルヤに投げつけたい質問が山ほどあるが、主導権を敵に丸ごと握られているこの状況ではどうにもならない。



「いい顔をしている。まさしく、天地をひっくり返されたような顔。君は、世界の半分を支配していた国の皇女と、接吻をしたのだよ。君が一生掛けても手に入らないであろう金と名誉を持つ連中が、今まで誰も成し遂げられなかったことだ。誇っていい。しかしながら、その重大な責任は取るべきだ。……命を懸けて」


 

 オゼロベルヤは俺の口を塞いでいた手を取って、人差し指を立てて俺の眼前に突き付けた。



「私は、他の全ての国家を屈服させたいと思っている。君は、この土地と少女を守るため、敵を全て撃退したいと思っている。つまり……私と君は、九割方は協力し合えるのだよ。


 もし協力し合うことができれば、君と仲間はここで死ぬことを回避できるだけでなく、より効率的に大量の敵を殺すことができ、そして、少女も救うことができる。これほど最高の条件が他にあるかな?


 少女は君にやろう。嫁にするなり、奴隷にするなり、好きにすればいい。私が興味があるのは、戦争に勝利することだけだからな」



 そこで蜘蛛の巣に捕まっていた宮潟が、振り絞るように声を上げる。



「騙されないで……! こいつは、都合よく利用するだけ利用して、最後は殺す気よ……!」



 オゼロベルヤは、何とも思っていない無の顔つきで、左手のウェブリーリボルバーを持ち上げた。



「……耳に障る声だ。静かにしてもらった方が、話がしやすそうだ」



 宮潟の隣で捕まっているメヴェルが、怯えて「ヒッ」と声を漏らした。



 射殺された二人の兵士が姿が脳裏によぎり、咄嗟に俺は大声を上げる。



「やめろ!! 分かった……! お前に従う! だから、二人を撃たないでくれ……!」



 それを聞いたオゼロベルヤは、ウェブリーリボルバーを構えたまま、ニカッと白い歯を見せて笑った。



「その言葉を待っていたよ。交渉成立だ」



 視線がぶつかったかと思うと、出し抜けにオゼロベルヤの顔が迫ってくる。



 そのまま、唇が重なった。


 邪悪な口づけ。彼女の唇は死人のように冷たく、血の匂いがした。


 俺は抵抗はおろか声を上げることも出来ない。



 途方もなく長い時間が流れたように感じた時、オゼロベルヤはようやく唇を離した。



「分厚い誓約書の束より、たった一回の接吻の方が効力が強い。人間の文化とは、そういうものなのだろう?」



 無表情に真っ黒の瞳で俺を見つめながら、オゼロベルヤは続ける。



「言いたいことを限界まで溜めているような顔をしているな。だが、それは後回しだ。来客の時間だ」



「……なに?」



 ふと、人の気配を感じて、俺はしかめた顔を見上げた。


 上層階に、大量の銃器や装備品が、ゆらゆらと宙に浮いている。それは、銃器対策部隊やSAT、WASPが持ち込んでいた装備ばかりだ。



「死の臭いに釣られて、グーリンルド共和国の下賤な兵士たちが寄ってきたようだ」



 俺はハッとして、目を凝らした。


 彼らとは、アヤカと出会った高層ホテルで戦ったことがある。透明化の能力を持ち、変幻自在の刃を繰り出せる大鎌のような武器を扱う兵士たちだ。


 しかし、今は状況が異なる。死体から掻き集めたであろう人間の銃器で武装している。俺がどう立ち回っても、彼らが撃つ方が速い。



 ……そう言えば、アヤカは何処に行った?



 そこで、俺たちを上層階から包囲していたグーリンルドの兵士の透明化が次々と解けていき、その正体を現していった。


 今までの白装束とは違う、黒色の軍服を身に纏っており、各々が死体から奪ったであろう血で汚れたボディアーマーを装着している。


 人数は、十八人。


 その中で、血の付いた日本警察の青い制帽を被った女性が、89式小銃を構えながら進み出てきた。



「────お前ら、ほとんど丸腰だなぁ? マヌケだらけじゃねえか。ここに来る途中も、見つかるのは死体だらけ。情けねぇ」



 彼女には、トカゲのような緑の太い尾が生えていた。顔は少しツヤがある白色で、両手には緑の鱗が覗き見える。ブーツは履いておらず脚は剥き出しで、鋭く湾曲して伸びた爪が不気味な光沢を放っている。無理やり架空の言葉に当てはめて解釈するなら、『竜人』。


 竜人の女兵士は、長い舌をチロチロと出しながら、大袈裟な動作で下層を隅々まで観察する。



「丸腰のアホ面の兵士と、ボロボロの捕虜と、その捕虜にキスしてる性欲旺盛なバカ。そんな連中に囲まれる姫も、ほんとに可哀想なもんだ。同情しちゃうね」



 89式小銃の銃口をオゼロベルヤに向けながら、ゲラゲラと笑う。


 オゼロベルヤは顔色一つ変えない。



「グーリンルド共和国軍、特殊傭兵空挺連隊。恩赦と引き換えに入隊した重罪人だけで構成された空挺部隊。民間人の虐殺、略奪、誘拐、強姦、何でもやってきた連中だ。つまり、皆殺しにしても、悼む必要は皆無だ」



「おおう、随分と上からの説教だな、先生よ。確かに色々とヤッてきたのは事実だけど、民間人に花を植えて飾るなんて悪趣味なことはやった記憶がないねぇ……。それより、私らの目的、分かるでしょ。これ以上の無駄な犠牲を出して壊滅するより、その姫様をさっさとこっちに託してくれた方が、お互いより良い未来を築けると思うんだけどねぇ」



「そうか。私は、穢れた血が流れたグーリンルド共和国の軍人など、捕虜には要らん。一人残らず処刑する。その家族も同罪だ。根絶やしにする。それが、私にとって素晴らしき未来だ」



 オゼロベルヤがそう言うと同時に、俺の身体に纏わりついて硬化していた黒い糸が、急速に溶けて消えていった。



 ……動ける。




「さて、私と君の初仕事の時間だ。たっぷりと、共に暴れようではないか」




 彼女はまた、白い歯を見せて邪悪に笑った。


 


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