闇撃のインフェルノ(2) ──「私は! 虫は!! 苦手なんだよ!! 覚えとけ、クソが!!」
俺はシュタイヤーP12ピストルの銃口を、静かにシュノリューネへ向けた。
9ミリ弾の銃口初速は音速を超える。避けられるはずがない。
だが、俺の身体は引き金を引くのを躊躇ってしまった。
この至近距離でシュノリューネを撃っても、俺は負ける。理屈では分からないが、そう直感してしまったのだ。
「あれぇ、撃たないの? 撃たないと殺されちゃうよ?」
シュノリューネは蜘蛛の下半身を使って俺に馬乗りになりながら、青く光る糸を両手で繰り遊んでいる。
俺は、草に絡まれて分かりにくいが消火器が側に転がっていることに気付いた。
これを撃って煙幕を作ることは出来そうだが、この状態では、彼女が糸を使って俺の両腕を切り落とす方がどう考えても早い。
どうにかして、致命的な隙を作る必要がある。
「見て見て」
悠長にシュノリューネは、青い糸を指に複雑に絡ませて作った図形を見せた。
それは、あやとりで知られている技の一つだった。
「これ、新しく覚えたの。『東京タワー』」
俺は表情を硬くする。
東京タワー。俺たちが到達しなければならない場所のひとつだ。
「……東京タワーは、赤色だろ」
「フフッ、そうねぇ……これから赤色になるの。あなたの血でね……」
俺は、逆さ吊りにされたままの米海をちらりと見た。
あれだけの騒音を耳に入れても彼女は未だ昏睡したままだが、顔の筋肉がぴくぴくと動いており、あとひとつくらい刺激があれば目を覚ますに違いない。
そこで、目に涙を浮かべたメヴェルが、激しい怒りに駆られた表情で歩み寄ってきた。
「ゲホッ……この野郎……! よくも……!!」
メヴェルは見下ろした俺の顔面をブーツで踏み潰そうと、軍服のスカートから下着が覗き見えることも厭わず、右足を上げた。
俺はシュノリューネに向けていたシュタイヤーP12の狙いを変え、メヴェルのブーツの靴底を撃った。
赤い発砲炎が瞬き、弾丸を受けた靴底の鉄板から火花が散った。
「うわっ!?」
悲鳴を上げて姿勢を大きく崩したメヴェルの左足首を、俺は続けざまに思い切り肘で殴りつけた。
両足のバランスを失ったメヴェルは、シュノリューネを巻き込んでしがみつくように倒れてくる。
「ちょっと!?」
シュノリューネが声を上げた。
すぐに俺は、シュタイヤーP12で消火器を発砲して破裂させた。
白煙を一気に広げると同時に、混乱でのしかかる力が緩んだシュノリューネを蹴りつけて、自分の身体を素早く引き抜いて脱出する。
そして白煙が立ち込める中で、俺は米海を吊るす植物を撃った。
「ギャォッ!」
米海は頭から落下し、蛙を握り潰したかのような悲鳴を上げた。
俺は続けてシュノリューネを撃とうとするが、彼女はもうその場に居なかった。
「何処に行った……!?」
背後から複数の足音が聞こえ、嫌な気配を察した俺は素早く飛び退いた。
多数の銃声が轟いて、無数の赤い弾丸が宙を切り裂いていく。
銃声を聞きつけてやってきたであろう、手下らしき黒い四つ腕の蜘蛛人間の兵士たちが次々と銃を発砲している。
俺はシュタイヤーP12を強く握りしめながら、白煙が立ち込める草むらに伏せて隠れ続ける。
相手は全員、サブマシンガン、ショットガン、ライフルなどで武装している。
残弾数五発のピストル程度ではとても太刀打ちできない。
共に伏せているメヴェルが必死に叫んだ。
「撃つな!! こっちは味方だ────!!」
だがそんなことお構いなしという風に、蜘蛛兵士たちは大量の弾丸をデタラメに撃ち込んでくる。
多少の味方の犠牲など厭わないということか。
俺はシュタイヤーP12を撃ち返して敵を牽制しながら、泣きわめくメヴェルに呼びかける。
「……メヴェル、死にたくないなら防御しろ! 奴らはお前ごと撃ち殺す気だぞ!」
「何でこうなるんだ……! 最低、最低……!!」
メヴェルが差し出した手が光り、通路一面を覆う真っ黒いタイルのようなバリアーが出現した。
その裏側から、蜘蛛兵士たちが撃った弾丸が次々とバリアーに衝突する音が立て続けに響く。
俺は素早く身を起こして、メヴェルの後ろ首の襟を掴んで強制的に立たせる。
「撃ち殺されたくないなら協力しろ……選択肢はないぞ!」
「ふざけんな! 投降すれば私まで撃ち殺されはしない……! こっちは味方なんだから……」
メヴェルの言葉を遮るように、一発の黄色の弾道を描く弾丸が飛んできて、彼女の頭を鋭く掠めた。
俺とメヴェルは驚愕する。
今の弾丸は、黒のバリアーを貫いて飛翔してきた。
「伏せろ!!」
俺がメヴェルを押し倒して伏せたと同時に、黄色に光る無数の弾丸が黒のバリアーをガラスのように易々と撃ち破って飛んできた。
「うそ……!?」
「お前のバリアー、強度が低いぞ……!」
「有り得ない! 12ミリ対戦車銃弾まで止められるバリアーなのに……!」
俺は這い進んで、芋虫のようにもがき続ける米海を引っ張って、どうにか敵の射線が通らない曲がり角に身を隠した。
メヴェルからソウバック銃剣を奪い、米海に絡まる植物を切り落とす。
「クソ助かった……! わざわざ助けに来てくれるなんてよ……! お前、良い奴だな!」
勘違いした米海に強く横抱きにされ、髪をワシャワシャと撫でられる。
「すまないが、まだ助かってない……。俺も捕まったんだよ」
「……あぁ? 何だとクソ野郎?」
俺は米海を無視して、スライドが後退状態で停止したシュタイヤーP12の残弾が尽きていることを確かめながら、メヴェルに尋ねる。
「持っている弾を全部よこせ。どうせ、まともに銃を撃ったことも無いんだろ」
メヴェルは舌打ちをしたが反論せず、ホルスターのポーチからクリップで留まった弾薬束を二つ取り出した。
「全部で十六発! これしか持ってない……!」
「まだ銃があるだろ!?」
「これしか持ってないって言ってるだろ!」
俺は目を細めて「すまない」と前置きしてから、メヴェルの軍服のスカートに手を突っ込んで、彼女の太腿のホルスターから一挺の小型銃を迅速に抜き取った。
「な、何するんだ……!! エッチ!!」
護身用小型拳銃、デリンジャー。
ヒンジを外して銃身を跳ね上げて見ると、41口径ショートリムファイア弾が二発装填されている。
威力や命中精度は低く、相手の身体に銃口を押し付けられるほど接近しなければ効果は見込めないが、無いよりはマシだ。
「米海は、とりあえずこれを使え」
俺は米海にデリンジャーとソウバック銃剣を渡す。
「全く泣ける……本当に泣けるぜ……」
米海はすっかり委縮した表情で、右手に握ったデリンジャーの撃鉄をカチリと起こしながら、左手にソウバック銃剣を握りしめる。
俺は、シュタイヤーP12に弾薬クリップを挿して親指でジャララッと弾を押し込み、スライドストップを解除してクリップをパキンと飛ばし、初弾を薬室に装填した。
「袋の鼠だ。このままじゃ殺される。ここを脱出するぞ……!」
その時、頭上に突然、黒い魔法陣が現れた。
アヤカが助けに来たものかと一瞬だけ考えてしまったが、すぐにそこからせり出してきたサブマシンガンの銃身によって、その希望は見事に砕かれた。
「危ない!!」
米海とメヴェルを押しやったと同時に、蜘蛛兵士の黒い腕が握っている『天井』のサブマシンガンが火を噴いた。
俺は上方からの掃射をかわし、シュタイヤーP12を黒い転送魔法陣の中に撃ち込んで、発砲が止んだタイミングを見計らって銃身に思い切りしがみついた。
ぶら下がって一気に体重を掛けると、たちまち淡い黄色に光る蜘蛛人間の血液で汚れた銃がずるりと抜け落ちてきて、俺の腕の中に収まった。
ナチスドイツ軍によって採用されていた、エルマ・サブマシンガン。
俺はシュタイヤーP12のグリップを口にくわえ込み、代わりに両手でエルマ・サブマシンガンをしっかりと握り込んで、メヴェルの黒のバリアーを撃ち破って追撃に来た蜘蛛兵士に向けて黄色に曳光する9ミリ弾を撃ち放つ。
シュタイヤーP12とは比べ物にならないほど強い反動で銃身が暴れ、俺は歯を食いしばった。こちらの9ミリ弾は、かなり火薬量が増やされているらしい。
あっという間に弾を撃ち切ってしまい、倒した蜘蛛兵士から別の銃を奪取しようと手を伸ばしかけたが、仕留めきれなかった後続の敵がショットガンを構えたのが見えて、俺はすぐに横へ飛んだ。
野太い発砲音が空気を激しく震わせた。俺の代わりに散弾を食らった蜘蛛兵士の死体の頭が一瞬で砕け散る。
ジャキンッ、とフォアエンドを前後させる操作音が聞こえた。敵が持っている銃は連射性能が低いポンプアクション式だ。第二次世界大戦で用いられた、スティーヴンスM520トレンチガン。
俺は、死んでいる蜘蛛兵士が握りしめているブルーノZK383サブマシンガンをその腕ごと掴み、フルオート連射を敵に浴びせる。
撃った弾は、ショットガンを持った蜘蛛兵士の上半身へ数発着弾したが、あちらも蜘蛛の脚を駆使して素早く通路の柱に身を隠してしまった。
そのまま死体のブルーノZK383をもぎ取りたかったが、かなわず、俺はその場を転がって敵のショットガンの次弾発砲を避けた。奪えなかった銃が、散弾によって撃ち壊されてしまった。
俺は口にくわえていたシュタイヤーP12を握り直し、柱の陰でショットガンのフォアエンドを操作している蜘蛛兵士の、わずかに飛び出した脚へ、連続発砲する。
脚を撃たれバランスを崩した蜘蛛兵士が、倒れ込んで柱から飛び出した。
蜘蛛兵士の赤い瞳がこちらを見た瞬間、俺はシュタイヤーP12を容赦なく発砲し、その頭部を撃ち抜いた。
その時、後方から米海の叫び声が聞こえた。
「この野郎──────ッ!!」
俺はシュタイヤーP12を腰のベルトに差し、別の蜘蛛兵士の死体からレミントンM8レンジャー自動ライフルを拾い上げて、振り返った。
米海は、別の方向から回り込んできた蜘蛛兵士と遭遇していた。
蜘蛛兵士が構えたM1ガーランド自動ライフルを射撃しようとした瞬間、米海は敵の懐まで迫ってソウバック銃剣を握った左手で銃身を弾き、発砲の狙いを逸らした。
そして右腕で挟み込んでM1ガーランド自動ライフルを捕らえ、がむしゃらに発砲して抵抗する蜘蛛兵士の顔面を、米海は叫びながらソウバック銃剣でめった刺しにする。
「私は! 虫は!! 苦手なんだよ!! 覚えとけ、クソが!!」
米海は刺殺した蜘蛛兵士の死体を思い切り蹴って、続けて迫ってきた別の敵に叩きつけた。
それから握っていたソウバック銃剣をフワリと宙に投げ、刃先をキャッチして、後続の蜘蛛兵士に素早く投げつける。
銃剣は蜘蛛兵士の脳天に突き刺さり、敵は持っていたエルマ・サブマシンガンを上方に乱射しながら倒れた。
敵のM1ガーランド自動ライフルを拾おうとした米海の背後に、黒い転送魔法陣が現れ、蜘蛛兵士の四つ腕が強く掴み掛かった。
「うぉおおおおおおおおお!!」
あろうことか、米海は逆に蜘蛛兵士を掴んで、背負い投げで思い切り『床』に叩きつけた。
間髪入れずに、倒れた蜘蛛兵士の顔面にデリンジャーを発砲して絶命させる。
米海の火事場の馬鹿力に圧倒されつつ、俺はM8レンジャー自動ライフルを発砲してあちこちから迫りくる蜘蛛兵士を牽制する。
そして、通路の端で怯えて縮こまっているメヴェルを、無理やり立たせた。
「生き残りたいなら、この『植物園』を出る道を教えろ……!」
「安全な場所なんてないよ! ここは奴らの巣穴だ……!」
そう言われた時、俺はハッとした。
薄闇の通路の向こう、背後に多数の蜘蛛兵士を率いるシュノリューネの姿を見出したのだ。
俺がM8レンジャー自動ライフルを構えたと同時に、シュノリューネは心底楽しそうに微笑みながら、右手を差し出した。
彼女の手先が発光し、青く光る無数の蜘蛛の糸が、縦横無尽に宙を切り裂きながら通路を飛翔してきた。
全員、バラバラにされる……!!
俺は咄嗟にM8レンジャー自動ライフルを手放し、米海とメヴェルを掴んで、蜘蛛兵士が使っていた黒い転送魔法陣に身を投げた。
「わぁああああああ!!」
メヴェルが泣き叫んだ。
俺が身を起こそうとすると、眼前に銃口があった。
銃を構えた蜘蛛兵士たちによって、隙間なく包囲されている。
青い糸の攻撃は逃れたが、敵の群れの真ん中に飛び込んでしまったらしい。
多数の銃が、俺たちを間近に狙っている。
背後の転送魔法陣は既に消滅してしまっている。逃げ場などない。
「万事休すか、クソ……」
米海が吐き捨てる。
銃を構える蜘蛛兵士の隊列を割って、シュノリューネがゆっくりと近づいてきた。
彼女は興奮した顔つきで俺の顔をまじまじと見つめ、拍手をする。
「よく頑張ったわねぇ……すごい、すごいわぁ……。もう、大好きよ。ここまで悪あがきする獲物なんて、本当にはじめて。すごく興奮しちゃう……」
俺は、諦観の顔つきの米海と、めそめそと泣き続けるメヴェルを横目で見やってから、答える。
「……本当に初めてか? ここまで抵抗した人間を見るのは」
「ええ、はじめて。ゾクゾクしちゃう」
「そうか……」
膝立ちになった俺は、何も持っていない右手と左手をゆっくりと上げながら、この場の敵の数を頭の中でカウントする。
全部で、十八体。





