伏撃死線、トンネルラット・サバイバル(2) ──「全員、ブッ殺す。一人も逃がしはしない」
地下鉄半蔵門線トンネル内。
「────あの蜘蛛の穴に入るぞ! ついて来てくれ!」
俺は銃声に負けないよう大声で叫んだ。
負傷しているアヤカを背負い、代わりに嵩張るバックパックやゲパードGM6を例の格納魔法を使って収納させ、俺は新たに受け取ったイカサM37ショットガンのフォアエンドを前後させて初弾を装填する。
前方も後方も、大蜘蛛の終わりのない大群に囲まれている。助かる道は他にない。
宮潟、半田、古淵、米海、麻戸井、凛瀬沢、鹿森、蓮……この場で生き残っている全員が発砲して襲撃を抑え込んでいるが、このままでは弾が尽きて皆殺しだ。
「正気かよ……!? それこそ袋のネズミだ!!」
米海がM590ショットガンを発砲しながら文句を飛ばす。
「なら、他に名案があるか!?」
「…………ねえよ! クソッタレ────!!」
米海は撃ち倒した大蜘蛛を蹴り転がした。
頭を噛まれて負傷している鹿森はHK416を片手で発砲しながら、罠によって右足を切断された蓮を引きずる。
蓮は朦朧とした顔つきになりながらも、迫り来る大蜘蛛に向かって銃を発砲し続けていた。
この状況下では、応急処置を施す猶予すら無い。特に蓮は危険な状態だ。
一刻も早くこのトンネルを脱出しなければ。
しかし。
「……────私を置いていけ!!」
蓮は覚悟を決めた表情で、叫ぶ。
「このまま皆殺しにされたくないなら、私を連れて行くな!! お前らだけで、さっさと行っちまえ……!!」
それを聞いて、鹿森は愕然とする。
「ふ、ふざけんな……! こんなバケモノの巣窟に置いていけるわけ……」
「ベトコンの戦訓だよ……『殺すより、手足を奪え』ってな! 私は、お荷物になって死にたくはない……! だから、置いていけ……!」
その言葉に、俺も胸を衝かれた。
『殺すより、手足を奪え』……敵兵士を一人を殺せば戦力を一人分奪うだけだが、重傷を負わせながら生かせば、その仲間は救助のために人員を割かなければならなくなり、戦力と進軍速度を大きく削ぐことができるという戦訓だ。
そして何よりも、傷を負い血まみれになった者が叫ぶ悲鳴と哀願……それが、生き残っている者たちの心を深く抉り、戦意を衰弱させる最も大きな要因となるのだ。
俺は咄嗟に、背負ったアヤカに聞く。
「アヤカ……! お前の魔法で何とかならないのか!?」
「……残念ながら、わたしの技量では、打つ手なしです。生物に格納魔法は使えませんし、転送できる安全な場所もありません。……これから向かう東京駅に、彼女を伴ったまま進めば……間違いなく、殺されます」
生きている仲間を、ここで見捨てろというのか。
俺は絶望的な心境で、蓮を見た。
すると蓮は憔悴しきった顔で俺を見つめ返して、叫びたてる。
「私は、自分の意思で残るんだ……! 私は、もう、疲れた……限界だよ……! 引っ張られたって、もうここから動く気はない……! 今すぐに、このクソ悪夢から目覚めたいんだよ……!!」
蓮は、M67グレネードを取り出して、ピンを掴んだ。
「おい、何を……!?」
「よく聞け!! クソ童貞のリーダー!!
この悪夢を作り出したクソ野郎を、必ずボコボコにしてブッ飛ばせ!! カタキを取れ! 絶対に!!
……もし仇を取らないまますぐに私と『再会』したら、私がテメーをボコボコにして、その情けねえフニャフニャのムスコをブッちぎって立派なメスにしてやるからよ!! 覚えとけよ……!!」
蓮の目には、覚悟の涙が浮かんでいた。
俺は重い罪悪感に打ちひしがれながら、頷いた。
「……必ず、この報いは受けさせる。約束する」
そして俺は、イサカM37ショットガンを抱えてトンネルの中に入り込む。
本当に自分がドブネズミになったような無力さを覚えて、目から震える涙があふれ出す。
命に代えても、この任務を必ず果たさねばならない。
俺が折れれば、叡も、仲間たちも、全員が死ぬことになる。どんな困難に阻まれようとも、進まなければならない。
「行くぞ……!!」
誰にもこの涙を見られないように、俺は振り返らず、この暗く狭い蜘蛛の穴を進み始めた。
残された蓮は、最後尾となった鹿森が泣きながらトンネルに入っていく背中を見届けてから、じわじわと包囲を詰めてくる大蜘蛛の大群を睨んだ。
「……生まれ変わるなら、次は虫がいいか。この国の未来を憂う必要もなく……誰かと結婚したり、別れたりすることに苦しむ必要もなく……兵器の説明書を丸暗記する必要もない……」
蓮はバックパックの中から、数珠のようにワイヤーで繋がれた大量のM67グレネードを引っ張り出した。
「愛称は『アップル』……M213ヒューズの起爆時間は約五秒……炸裂したコンプB混合爆薬は約十五メートルの範囲に金属片を飛散させる……」
呟きながら、数珠つなぎのM67グレネードを頭上で振ると、その勢いでワイヤーで繋がれたピンが一斉に抜けてレバーが飛び、着火済みのグレネードが周囲にばら撒かれた。
これでようやく、この邪悪な夢から解放される。
最期の打ち上げ花火だ。喰らいやがれ、バケモノ共め。
続けて、テープで六個束ねたM16バウンシングベティ跳躍地雷も取り出して、躊躇なく安全ピンを引き抜く。
『M16バウンシングベティ跳躍地雷。起爆すると、跳躍用爆薬によって約二メートル上方に撃ち上がった後、本体が爆発し全方位約三十メートルの範囲に金属弾を飛散させる』
心の中でかつての自分の台詞を暗唱しながら、跳躍地雷を抱きかかえる。
…………あぁ、でも。
大蜘蛛の群れに次々と取り付かれ、蓮は力なく泣きながら、呟く。
「もう少し、ロマンチックな死に方が良かったかな……」
そして、眩い光が、彼女の全身を包み込んだ。
背後で、巨大な爆発音が轟く。
……蓮!
彼女の死を悟り、刺すような震えが背中を駆け巡った。
だが、彼女を弔う猶予もなく、矢継ぎ早に地響きと共に凄烈な崩壊音が聞こえ、俺のすぐ頭上で固められていた土も割れて崩れてきた。
警告の声を上げようとした時、俺が屈んでいた場所の地面が先に崩落した。
俺は背負っていたアヤカと共に土にまみれながら落下し、そのすぐ下にあった空間にうつ伏せで叩き付けられた。
弾みで、イサカM37が手を離れてしまう。
土ではない、奇妙な感触。
すぐにその正体に気付き、戦慄した。俺は、あの大蜘蛛の上に倒れている。
俺は素早く腰のM12ワスプナイフを抜いて、大蜘蛛の頭に突き刺し、ガス放出スイッチを押して炸裂させた。
たが、一匹ではない。前後にもぎっしりと居る。
大量の黄色の複眼が、闇の中で不気味に光っている。
大蜘蛛の隊列のど真ん中に、俺は落ちてしまったのだ。
俺は大蜘蛛の死骸の上で腹ばいになったまま、土に埋もれかけたイサカM37を前方に見つけ、左腕を伸ばす。
だが、そこに居た大蜘蛛が振り返り、俺に噛みつこうと進み出てきて銃を踏みつけた。
「畜生が……!!」
覚悟してガスを撃ち終えたワスプナイフを構えるが、そこで大蜘蛛の足元に、白く光る小さい魔法陣が現れた。
イサカM37がその中にポロッと落下していったと思うと、俺の頭上からそれが転送されて落ちてきた。
咄嗟に左手でグリップを掴み、大蜘蛛の開かれた口に銃身を突っ込んで、発砲した。
射出されたバックショット散弾が、その怪物の喉奥で弾け、肉片を散らしながら派手に吹き飛んだ。
「……汚れまみれになっても、ご主人様は本当に素敵です……」
アヤカは薄気味悪くそう言って、俺のG17ピストルを使って後方に居る大蜘蛛へ容赦なく発砲する。
俺はワスプナイフのグリップを口にくわえ、イサカM37のフォアエンドをジャキンッと引き、発砲済みの薬莢を下方へ落下させ、いくらかの土埃を巻き込みながらフォアエンドを力強く押し戻して次弾を送り込む。
頭上から、宮潟の呼び声が聞こえた。
「宰河!! 大丈夫なの……!?」
俺は返事をする代わりに、トンネルを這いながらイサカM37を発砲し、活路を切り開く。
死骸に折り重なって倒れて虫の息となった大蜘蛛の頭に、右手でワスプナイフを連続で突き刺し、完全に絶命させる。
「……ご主人様の弾、いただきますね」
アヤカはG17ピストルの空になったマガジンを抜き捨て、俺のマガジンポーチから予備マガジンを取ってセットした。
銃のスライドは引いていないが、彼女はそのまま後方の大蜘蛛を発砲した。
器用にも、薬室に最後の一発を残した状態のままリロードを行っていたらしい。
俺はワスプナイフを腰に戻し、イサカM37のフォアエンドを後退させて空薬莢を落としてから、銃を逆さにして、スリングに束ねてあった予備のショットシェルを掴み取り、一発を直接カチャリと薬室に押し込み、残りはマガジンチューブ内に込める。
次の大蜘蛛が噛みつこうとした瞬間に、俺は逆さのままのイサカM37の引き金を親指で叩いて発砲し、その顔面を散弾で粉砕、その後続の大蜘蛛も大きく仰け反っている内に、クルッと銃を元に戻して掴み直す。
「邪魔をするな!!」
俺は怒りに叫び、右手で引き金を引いたまま、左手でフォアエンドを高速で前後させた。
フォアエンドが前方に戻ると同時に撃発が起こり、銃が吼えた。
反動に任せてそれを連続で繰り返し、自動銃のような速さで凄まじい量の散弾を一気に叩き込んで、大蜘蛛の群れを撃ち砕いていく。
スラムファイアによる弾丸の嵐を撃ち切った時、頭上の土が崩れ、落下してきた大蜘蛛が俺とアヤカの背中に思い切り覆い被さった。
俺はイサカM37を棍棒のように持って、グリップの後部を勢いよく背中側に突き込んで大蜘蛛の顔をぶん殴る。
それから、アヤカが俺のホルスターから勝手に拝借したGSRピストルで大蜘蛛を撃ち抜き、絶命させた。
「あぁ……ご主人様とわたしの相性、ほんとにばっちりですね……これならきっと、身体の相性も……」
そのふざけた言葉に反応する心の余裕などなく、俺は銃を9ミリ機関拳銃に持ち替えて、生き残っている残りの大蜘蛛の列に猛連射を浴びせた。
射出された大量の9ミリ徹甲弾は、先頭の大蜘蛛に蜂の巣のような穴を貫いてから、後続の大蜘蛛たちにも次々と着弾して、その儚い命を猛烈な速度で死滅させていく。
撃ち終えたドラムマガジンをグリップから乱暴に抜いて捨てると、アヤカの手が伸びてきて、俺の代わりに新しいドラムマガジンを挿し込んだ。
俺は呆気に取られながらも前方位置で止まったコッキングハンドルを引いて、再び発砲可能状態にする。
もう、トンネルの奥から大蜘蛛がやってくることは無かった。
背後では宮潟のベネリM4の銃声が轟いていて、間もなく殲滅が終わった。
大蜘蛛の残骸が饐えた臭いを放ち、こもった熱気と相まって鼻が曲がりそうになる。
身体中を土砂とベトつく蜘蛛の血液で汚しながら、辛抱強く進み続ける。
その時ふと、恐ろしい予感がして、俺はアヤカに尋ねた。
「…………まさか、お前らが住んでいる異世界にも……【銃】があるのか?」
「え? 無いと思っていたのですか?」
俺は、異臭で沁みる目をわずかに細めた。
怪物と魔法が共存する現世とは全く異なる文明があったとしても、国家間の大規模な戦争を経験した軍隊があるなら、その戦訓から、【銃】に相当するような効率的殺人を可能にする兵器が発明されていくのは至極当然のことだ。
銃身となるパイプ、弾丸となる固い球、そして火薬と同等に高圧の爆風を出せる物質があれば、最低限の銃器は作れる。
火薬がなくとも、超科学的な魔法が存在する世界なら、代替となる物質は存在してもおかしくない。
そして、この世界の銃器設計士ジョン・ブローニングに相当するような天才が生まれれば、さらに先進的な自動装填銃も作れるであろう。
「この先には、何がいるんだ。教えろ……」
「……【ケヘラー】軍の技術支援隊が居るという事は、おそらく、【グザエシル】軍も警護に就いている可能性が高いでしょう。
つまり、【ガルータム】の怪物、【ケヘラー】の防御魔法、そして、【グザエシル】の銃器……その三つの全てが複合した強力の攻撃を受ける……ということになります」
俺は黒い心境になりながら、瀕死で足をピクピクと痙攣させていた大蜘蛛を、9ミリ機関拳銃で撲殺する。
「銃を持っているのは、【グザエシル】だけか?」
「……いえ、【グザエシル】で製造された武器は、【ガルータム】の軍にも供与されていますね」
俺は、自分が握っている9ミリ機関拳銃をちらりと見た。
【地下浸透部隊】が差し向けた大量の怪物による絶え間ない猛攻を受け、武器を大きく消耗し、多くの仲間も失った。
このまま無策に突き進むだけでは、勝ち目など有るはずもない。
「敵の戦力と規模は推測できるか……?」
「この重力反転下では、動ける部隊は限られます。【グザエシル】軍の警護は、おそらく空挺部隊です。降下猟兵師団。
最も強力な第一中隊は、政府要人狩りや国防軍駐屯地の侵攻に駆り出されているでしょうから、第二中隊か、第三中隊です。
一個小隊が置かれているとすれば、兵士はおよそ四十名……」
「お前が初めて会った時に言っていた、叡を捕らえる為の【グザエシル】の【高機動騎兵隊】とやらが居る可能性は?」
「恐らく……居ないと思います。戦略的重要地点とは言いきれない場所ですから。【高機動騎兵隊】があの子を探しているというのは、ご主人様の気を惹くための嘘でした」
「……いい加減にしろよ。今は、お前の命も危ないはずだ。冗談を聞く暇はない」
「申し訳ないです、ご主人様。その点については、後ほどたっぷりと身体にお仕置きしてください……。
しかし、【高機動騎兵隊】の存在は真実です。
降下猟兵師団第一中隊に属する、最強の少数精鋭部隊です。ただの警備に使われるなんてことはあり得ません。
率いる隊長は、軍では伝説的英雄と崇められている、メイ・ストゥーゲという女性軍人。【グザエシル】軍が大勝利した戦いには、必ず彼女の姿があったと云われます。
もし彼女に会えば、容赦のない凄惨な死が待っているでしょう。後に残るのは、肉片だけです。……会わないことを祈りましょう」
俺は深い畏怖を覚えて、目頭を押さえた。
巨大な連合軍隊が、たった一握りの数しかいない生存者の俺たちに、恐ろしい殺意を向けているのだ。
東京テレポーターが敵に掌握されている以上、追加戦力を無尽蔵に投入し続けることが出来る。
こちら側も全世界の軍事力を結集して反撃に当たれば勝機はあるだろうが、この東京の周囲が敵のバリアーによって完全封鎖されている以上、自国の国防軍に救援を要請することすらできない。
異世界軍は東京を完全に壊滅させて前哨基地を築き上げた後、着実にバリアーの範囲を広げ、やがて日本を奪い、そして世界へその脅威を広げていくつもりなのだ。
俺たちが生き残るには、バリアーの内部に閉じ込められた人間たちだけで、何としても東京タワーに到達してバリアーを停止させ、救援を呼び、諸悪の根源である東京テレポーターの息の根を完全に止める他にない。
突如、背後で土が崩れる音が聞こえた。
「うわぁあああああああ!!!」
米海の声。
振り返ると、宮潟の後ろについていたはずの米海が、突然真横に崩れて現れた横穴に引きずり込まれていく所だった。
「宮潟、撃て……!」
「わかってるわよ!!」
宮潟はどうにか左手で米海のブーツを掴み、ベネリM4を穴の奥に向けて発砲する。
だが、発砲で自動後退したベネリM4のボルトが砂と小石を噛み込んで、耳障りな音を立てて停止した。
「チッ、銃が詰まった……!!」
怪物を仕留めきれず、悲鳴を上げる米海はとうとう穴の奥へと引きずり込まれていってしまった。
宮潟は中途半端な位置で止まったベネリM4のボルトを左手でガシャリと引き、詰まった小石と弾を振り捨て、薬室に再装填する。
「虫がどこからでも襲ってくるわよ……! 全員、崩れる壁に気を付けて!!」
俺は背負ったアヤカを下ろし、周囲を警戒する。
アヤカの傷付いた身体は、もうすっかり回復しているように見えた。
「アヤカ、敵にあの位置特定魔法は使えるか!?」
「ご主人様、今は無理です……! 【ケヘラー】の敵兵士から妨害魔法が使われていて、こちらからは出来ません……!」
そう言った直後、俺の真横の固められた土が、ひび割れてこぼれ落ちた。
……居る!
俺は咄嗟に9ミリ機関拳銃を発砲して、その向こうに潜むであろう蜘蛛の怪物に銃弾を浴びせる。
だが直後、俺の頭上から砂が落ちてきた。
「まさか……!!」
黒い糸が大量に落ちてきて、俺の身体に一気に絡みついた。
強力に縛られ腕を動かせない。
「ご主人様……!!」
そのまま俺は、上方の穴へと凄まじい力で引っ張り上げられた。
「────ぐぁあああああああああああああああああ!!」
俺の視界に、黒い蜘蛛女の顔が視界一杯に広がった。
素早く首筋に噛み付かれ、牙が皮膚に深々と刺さる。
熱さが全身にじんわり広がったと思うと、意識がグラリと揺らいだ。
……こんな所で……死んでたまるか……!
だが、自分の意思とは裏腹に、意識は深い闇の奥へと急速に墜落していく。
……ちくしょう……叡……みんな…………!!
引き摺られながら、とうとう俺の感覚は、完全に途切れた。
「宰河……!!」
宮潟は叫び、それを追おうとするが、蜘蛛女が連れ去る速度の方が早く、閉所での誤射を恐れて撃つことも出来なかった。
「クソッ、クソ──ッ!! あいつら、全員、ブッ殺してやる……!!」
憤怒に燃える宮潟の肩を、アヤカが掴む。
「ご主人様は、きっと、まだ生きています……! 連れ去ったということは、ご主人様を、あの寄生植物の実験台にするつもりに違いありません。急げば、間に合います」
進言するアヤカの胸倉を、宮潟は掴む。
「……その『ご主人様』っての、本当に耳障りだからやめてくれる? 宰河は……私のモノよ」
「お言葉ですが……わたしのご主人様は、ご主人様だけです……クソ女狐様。この話は、敵を全員ブッ殺した後に……ゆっくりと」
宮潟は乱暴にアヤカを突き放し、鼻息荒く突き進み始める。
そんな二人に古淵と半田は気まずい無言で追従し、その後ろを苛立った表情の麻戸井が続いて、携帯火炎放射器を背負い四方を警戒する怯える顔つきの凛瀬沢と、血と涙と土ですっかり顔を汚した鹿森が追いかける。
七人はやがて、蜘蛛のトンネルの出口に辿り着いた。
宮潟は無防備に穴から顔を出さないよう、スプーンのような形状の小さい丸い鏡がついたデンタルミラーを差し出して、周囲の様子を反射させて確かめた。
地下鉄大手町駅。
東京駅の北側と融合している駅で、ここだけでも地下鉄半蔵門線、千代田線、丸ノ内線、東西線の四路線が交差しており、見通しが悪い狭い通路が複雑に繋がり合う構造を持っている。
穴から出た場所は、大手町駅の半蔵門線ホーム。
三洋百貨店駅と同様に、駅に居た人間たちを養分とした食人植物の森が広がっている。
「……た……助けてくれ……誰か……誰か……」
そう遠くない場所から、か細い男の声が聞こえた。聞き覚えがあるが、宰河のものとは違う。
宮潟は無言でデンタルミラーを動かして、その正体を探る。
間もなくそれを見つけ、宮潟はごくりと唾を飲み込んだ。
「……助けて……痛い…………助けてくれぇええ……」
三洋百貨店駅で、蜘蛛に捕らわれて行方不明になっていた、銃器対策部隊第三班班長の横川だ。
植物によって『床』に磔にされている。
彼の目は抉り取られており、両脚は切断されていた。
脚の断面から出血はしておらず、妙な植物が寄生するように絡みついて止血の役割を果たしている。
……つまり、生かさず、殺さずということだ。
「痛い……死にたくない……助けてくれぇえ……」
何故、彼はこの状態で放置されているのか。その目的は、宮潟はすぐに察した。
デンタルミラーを注意深く動かして、彼の周辺の草むらを観察した。
三本の細いピンが飛び出した黒い缶詰のような物体が、いくつも置かれているのが見えた。
……地雷だ!
彼を助けようと不用意に近づいてピンに触れれば、地雷が作動する仕掛けになっているらしい。
悪魔の所業とも云うべきトラップだ。
宮潟は眉をひそめる。
WASPの連中が持ち込んでいたM16跳躍地雷とは、似ているが形が違う。
デンタルミラーに映る地雷の姿を、注意深く確かめる。
「…………まさか、『エス地雷』……」
宮潟は小さく呟く。
エス地雷は対人用跳躍地雷で、起動すると、まず土台の跳躍用爆薬が破裂し弾体が撃ち上がり、土台と接続されたワイヤーが伸び切って抜けると、弾体が即座に起爆する方式になっている。
第二次世界大戦においてナチスドイツ軍が開発し多用した兵器で、戦後、これを参考にM16跳躍地雷をはじめとした様々な跳躍地雷が開発されていったのだ。
……何で、こんな時代錯誤な物が、ここに?
これもWASPの連中が持ち込んだというのか。
有り得ない。
オリジナルのエス地雷が、使用可能な状態で現存しているわけがない。
状況から考えて、これは異世界軍によって持ち込まれ、設置されたものだ。
ナチスドイツが使った兵器が、どうして、この場所にあるのか。
恐ろしい可能性が頭の中に湧き出してきて、宮潟は顔を強張らせながら、デンタルミラーを静かに反対方向へ向けた。
一見すると、淡い光を放つ花々が生えた森以外は何もないように感じられる。
だが、宮潟は見抜いた。
影になる場所に、植物を編み付けて作った迷彩偽装網を被り、巧妙に姿を隠した『何か』が、いくつも潜んでいる。
地雷を解除して横川を助けようと試みる無防備な背中を狙える位置に陣取っている。
迷彩偽装網からパイプ状のものが突き出ており、時折、わずかに揺れた。
……銃だ。
銃を構えた何者かが、隠れているのだ。
デンタルミラーに映る、その銃身のひとつに目を凝らす。
銃身先端のフロントサイトには丸い鉄の覆いが付いており、銃身の真下には清掃用のクリーニングロッドが収納されている。
似た構造の銃は多く存在するが、先程のエス地雷の製造年代と国が一致するものと考えると、おそらくドイツのマウザー社製のゲヴェーア98か、その銃身短縮型のカラビナ98Kではないか。
どちらも、ナチスドイツ軍によって制式採用されていた主力ライフルだ。
宮潟の額を、冷たい汗が滑り落ちる。
デンタルミラーを引っ込めて、大きく息を吐く。
そして、横目でアヤカを睨んだ。
「……穴を出た瞬間、一斉射撃を浴びて死ぬことになるわ。数は、ざっと十以上。こっちに銃を向けて、待ち伏せてる。マウザーのボルトアクション式ライフルと、正確な型は分からないけどMG34汎用機関銃に似た銃身も見えた」
「その装備なら、多分、【グザエシル】軍の降下猟兵師団第三中隊です。第二中隊の主力武装は、より高性能な自動式ライフルだったはずですから。ただ……だからと言って容易に勝てる相手ではありません。軽装甲を撃ち抜ける貫徹焼夷弾を持っているはずですから、そのボディアーマーは何の役にも立たないでしょう。
…………どうするんですか?」
「そんなの、決まってるわよ」
宮潟はバックパックから、バーネット社製ゴースト420クロスボウを取り出した。
そして、クロスボウの矢に、ビニルテープでM67グレネードをしっかりと縛り付ける。
最後にクロスボウの弦を引いてコッキングし、特製のグレネード矢をセットする。
「全員、ブッ殺す。一人も逃がしはしない」





