ペイント・イット・ブラック(2) ──「ツブシテヤル」
「────上だ!!!」
俺が叫びHK416の銃口を上方に向けた瞬間。
無表情の柚岐谷が、ブローニングM2A1重機関銃をハンマーの如く振り下ろして落下してきた。
到底避けきれず、咄嗟に俺はHK416を盾にした。
目の前で激しい火花が散り、凄まじい衝撃が襲い掛かった。
機関部が壊れるのも厭わず、柚岐谷は文字通り全体重を掛けて重機関銃をそこに叩き付けてきたのだ。
HK416のフレームがいとも簡単にねじ折れた。
驚異的な力に負け、俺は激痛に喘ぎ、そのまま苛酷に押し倒された。
「ひろきぃいいいいいいい…………!!」
黒い涙をしたたかに滴らせながら、柚岐谷は歓喜に満ちた表情を浮かべた。
彼女は、完全に狂っている。
「宰河……!!」
瑯矢がすかさず、俺を組み伏せる柚岐谷に向けてベネリM4ショットガンを発砲した。
だが装填されていたのはワイヤー弾。ボディアーマーの防弾プレートに弾かれ、ワイヤー付きの弾丸が宙で絡まりながら無力に飛んで行った。
ダメージを微塵も感じない素振りで柚岐谷は、背中から生えた怪物の片腕を使って宮潟の頭を横薙ぎに殴りつけた。
鈍い音がして、強烈に吹き飛んだ宮潟は壁に激しく叩き付けられ、倒れ伏した。
「……クソッ、宮潟ァ!!」
人間の両腕で俺を拘束する柚岐谷は、高笑いをしながら、怪物の腕を使って重機関銃から肉厚の銃身を乱暴にもぎ取り、一度宙に放ってからキャッチして、今度は槍のようにその先端を俺に突きつけた。
「やめろ────!!」
その時、半田が叫び、柚岐谷に体当たりを食らわせる。
衝撃で、彼女が突き出した『銃身槍』の狙いが逸れて、俺のこめかみを擦り、そのまま側のコンクリートを激しく打ち砕いた。
柚岐谷は狂気の吼え声を上げ、彼女を抑え込もうとした半田の頭を怪物の腕で鷲掴みにして、ギリギリと持ち上げた。
苦痛に悲鳴を上げる半田に対し、柚岐谷は宣告する。
「ツブシテヤル」
そこに別の鋭い銃声が鳴った。麻戸井のSA58バトルライフルだ。
放った初弾は狙いが逸れ、柚岐谷の肩口に当たった。
「……ちっくしょう!!」
すぐさま次弾を撃とうとした麻戸井に対し、柚岐谷は掴んでいた半田を大きく振りかぶり投げ付けた。
正面からまともに激しく衝突した二人は、そのまま弾みで薙ぎ倒される。
「うぉおおおおおおおおおおお────!!!」
柚岐谷の力が緩んだ隙にホルスターからG17ピストルを抜いた俺は、叫びながら柚岐谷の顔面に向けて連続で発砲した。
目の前で9ミリ弾の発砲炎が瞬くたびに、かつて愛していた彼女の顔に、醜い黒い弾痕が穿たれていく。
自らの手で大切なものを撃ち砕いていく気持ちに耐えられず、決壊したように目から涙がとめどなく溢れた。
しかし。
「……ワタシガ、キライナンデスカ」
全弾撃ち尽くしてスライドが止まったG17の向こうで、黒い穴だらけの柚岐谷の顔が俺を見つめていた。
穴から流れ落ちた黒い血が、俺の顔にポタポタと滴り落ちる。
「もうやめてくれ……!! やめてくれ────!!!」
地獄の様相に、俺はとうとう発狂寸前になって泣き叫んだ。
涙で汚れた視界を瞬きさせた時、その背後に古淵が居た。
その手に握られているのは、鋭く長い刃を持つ武器。
WASPの連中が趣味で持ち込み、今は凛瀬沢が護身用に携帯していた……日本刀だ。
古淵は絶叫しながら、彼女の首へ日本刀を一気に振り下ろした。
その瞬間、俺は目を閉じた。
肉と骨を叩き切る音が鳴って、俺の胸元に、どさりと丸いものが落ちてきた。
「柚岐谷……」
もう、何も考えたくなかった。
俺はむせび泣きながら、柚岐谷の切り落とされた頭をしっかりと抱き締める。
「すまない……柚岐谷…………お前のことが、好きだったのに…………本当に、すまない…………」
無力に、そう詫びた。
「……許してあげますよ」
そう聞こえて、俺は驚きに目を開く。
綺麗な柚岐谷の顔が、俺を優しく見つめていた。
「ひろきの告白が聞けて、嬉しいです。頭が冷めてきたようです。でも……どうやらここでは邪魔が多すぎるようですね」
硬直して絶句する俺に対し、柚岐谷は真っ黒な瞳で微笑む。
「ひろきが一人になった時、また会いましょう。……その時は、手足をもいで、優しく犯してあげますからね」
そう言うと、いきなり柚岐谷の頭が黒い泥のように崩れ落ちた。
「うわっ!!」
俺に馬乗りになった身体も一瞬でどろりと溶けて、服や装備類をその場に残し、『柚岐谷だったもの』はトンネルの壁面を滑るように駆け上っていき、巨大蚯蚓の開けた穴のひとつの中に消えていった。
「お、おい……あのバケモン、逃げるぞ! いいのかよ……!!」
今までひたすら竦み上がっていた米海が、大声を出す。
「……だったら、あんたが追えばいいんじゃないの」
ふらふらと立ち上がった麻戸井が、吐き捨てるように言った。
憔悴した俺は、ひとり、呟く。
「……柚岐谷」
結局、撃退は出来たが、柚岐谷を完全に葬ることが出来なかった。
彼女は俺が一人になった時、再び現れると言った。
怪物化して意識が錯乱し暴走した彼女の言葉が、どこまで信じられるかは判らないが、その去り際の言葉の響きには妙に予知めいた不気味さを感じる。
再び、俺と柚岐谷は、相見えることになるであろう。漠然と、そんな予感がした。
半田が咳き込みながら、よろよろと立ち上がる。
「ゴホッ……うぅ……宰河さん……大丈夫ですか?」
「半田こそ……俺の、せいで……」
「……なぁに、小隊長の愛想劇をタックルひとつで打ち切りにできただけで、僕は充分ですよ……!」
俺は目眩を感じながらも何とか立ち上がり、倒れている宮潟の元へ走る。
「おい、宮潟……!!」
「…………何よ、せっかく……宰河とのハネムーンの夢見てたってのに……」
「ふざけてる場合かよ……!」
俺は本気で怒鳴ってから、額から血を流している宮潟を助け起こす。
「……叡を、助けないと。異世界軍の目的は、叡を生け捕りにすることだったはずだ。叡は……必ず、生きてる」
「まだ……そんなこと言ってるの?」
宮潟は血走った目で、俺の襟を強く掴む。
「私たちに、もうそんな余力があるように見えるの……? 仲間たちが次々と死に、生き残ってる私たちだって、満身創痍よ……! 宰河だって、死にかけたでしょう……!?
この【巣穴】に深く進めば進むほど、沢山の怪物が潜んでる……! こんなろくでもない伏魔殿、あの子だって生きていられないわ……!! 目を覚まして!!」
必死に呼び掛ける宮潟に対し、俺はゆっくりと首を横に振る。
俺は、言葉を失って沈黙する宮潟の掴む手を解いて、歩き出す。
ここで立ち止まらない俺は、もう異世界の狂気に侵されているのかもしれない。
だが、俺はやらねばならないのだ。叡のために、そして仲間の為に。
「お……おい……」
蓮と凛瀬沢を守っていた鹿森が、今にも昏倒しそうな真っ青な顔で、トンネルの入り口を見ていた。
「また……新手がいるぞ……。もう、勘弁してくれよ……!!」
俺は舌打ちをして、振り向きざまに、GSRピストルを右手で抜いて構えた。
だが、その照準の向こうにあった『彼女』の姿に、俺は息を止める。
「…………あぁ、愛しいご主人様……ようやく、また会えましたね……」
立っていたのは、赤い服のメイドの女。
異世界国【ケヘラー】の刺客である、魔法使い。
その手には、彼女が大好きな武器だという、紅く輝く刃を持つチェーンソー。
彼女の足元で、一匹の怪虫がのそのそと蠢いていた。
すると彼女は、俺を愛おしげに見つめる惚けた瞳を一切動かさないまま、右足で怪虫をグチャリと乱暴に踏み潰した。
「またお前か…………アヤカ」
俺は溜息をついて、GSRの銃口を下ろす。
名前を呼ばれたアヤカは、心底嬉しそうにニヤニヤと微笑みながら、首を斜めに傾けて言った。
「この先の道のりは、わたしとご主人様の恋路よりも、大変危険なものです。……ぜひ、わたしにも、お供をさせてくださいませ」





