ペイント・イット・ブラック(1) ──「汚れ仕事は、俺に任せておけよ……」
「さっさとトンネルを崩落させろ! とんでもねえ追っ手が来る……!!」
鹿森が、足元がおぼつかない蓮を引っ張りながら大声を上げる。
「敵に奪われた……栄城の重機関銃だ! こんな逃げ場のない一本道のトンネルで撃たれたら一網打尽だぞ!」
「重機関銃……!?」
それを聞いた半田は、背負っていたAT4無反動砲の射撃準備を始める。
「あんなもの、どうやって持ち運んで撃つって言うんだ!?」
「知るかよ!! 炎で見えないが、確かに撃たれたんだよ! 田中もブッ殺された……生きてるのは俺らだけだ!!」
振り返って後方を確認した鹿森の表情が固まった。
それにつられて、半田、古淵、宮潟、凛瀬沢、麻戸井、米海も次々とその視線の先を見て、表情を凍り付かせていく。
俺はトンネルの入り口を見た。
燃え盛る火炎放射器の赤い炎をバックに、ひとつの黒い影が立っている。
その格好には、よく見覚えがあった。
俺は、彼女のことを愛していた。仲間としても、異性としても。
共にSBUに所属していた時、俺は訓練中に同僚のショットガンの誤射を受けて右腕を失いかける大怪我を負ったことがあった。
激しい苦痛、流れ出る鮮血……そして、特殊部隊員として二度と武器を握れなくなるかもしれないという大きな絶望が、俺を襲った。
そこで、側に居た彼女は、血まみれで苦しむ俺を優しく抱きしめてくれたのだ。病院へ搬送されていくまで、ずっと離れず付き添ってくれた。
彼女にとっては愛情表現という意味などなかったであろうが、その時の俺はそれが大きな救いだった。
枯れた涙が再び湧いてきて、俺は震える小声で呟いた。
「……柚岐谷……」
そこに立っているのは、彼女だった。
まさか、生きていたのか。
だが……腕が、二本、増えている。
彼女の背中から、触手のように蠕動する二本の黒く太い腕が伸びていて、その手が、三脚から外したブローニングM2A1重機関銃を、まるで巨大なハンマーのように持ち上げている。
俺はHK416を構えた。
スコープの中に、その彼女の顔が一杯に広がる。
真っ黒の涙を流し続ける漆黒の瞳が、俺を見た。
「……ひろきぃいいいいいいいい……どうして、逃げるんですかぁああああああ?」
笑いと悲しみが混ざって壊れた表情で、柚岐谷は俺の名前を呼んだ。
柚岐谷綾としての意識と、彼女を乗っ取った怪物の意識が混濁し、狂気を成しているように見える。
俺は人差し指をHK416の引き金に掛けながら、叫ぶ。
「柚岐谷……! やめろ……! 俺はここにいる……!!」
確かにあの時、俺は柚岐谷の頭を撃ち抜いた。
彼女はそれでも、死んでいなかったのだ。
蘇って、栄城や田中を殺害し、ここまで追ってきたのだ。
「……あいつらの弱点は、頭じゃない。心臓だ」
トンネルの端で伏せてSA58を構える麻戸井が、柚岐谷に聞かれないように俺へ小声で言った。
「あたし自身、あの黒いバケモノを一度殺したんだ。間違いない。……けど、元々がウスノロだった大泉と違って、アレは間違いなくヤバそう。死ぬ寸前まで、暴れ尽くすタイプだね」
それについては、麻戸井に同意だ。心臓を撃っても即死する保証は全くない。
聞いていた古淵が渋い顔で、背負っていたパンツァーファウスト3対戦車ロケットランチャーを降ろした。
「好きな女を二度も撃つのは嫌だろう。汚れ仕事は、俺に任せておけよ……」
「……気遣いは要らない。俺が、やらなければならないんだ」
俺はHK416を構えながら、小声で指示を飛ばす。
「今度こそ、完全に……柚岐谷を停止させる。俺が頭を撃つ。半田は重機関銃の機関部を撃って破壊、麻戸井はSA58で彼女のボディアーマーごと心臓を撃ち抜け。……そして最後に、古淵はパンツァーファウスト3を撃ち込んで、彼女ごとトンネルを崩落させろ」
俺の脇で、89式小銃を構えている凛瀬沢が、いたたまれないという表情をする。
「ひどい最期ですね……こんな事に、なるなんて……」
柚岐谷をこの手で射殺するなんて、俺も堪えがたいほど嫌だ。
だが、俺がここで彼女を倒さなければ、さらに多くの仲間が殺されることになる。
そして、他の誰かによって彼女が殺されるくらいなら……俺が、撃つ。
「────助けて!! 小隊長さん……!!」
背後で、叡が叫んだ。
しまった。
柚岐谷に注意を奪われ、彼女のことに気を掛けていなかった。
振り返った時、蜘蛛の黒糸に絡められた叡が、横穴のひとつに引きずり込まれようとしていた。
「叡!!」
俺は失念していた。強い闘志と銃を持っていても、それを取り上げられれば、彼女はただの非力な少女でしかないのだ。
咄嗟に駆け出し、穴に飛びつこうとするが、叡はあっという間にその闇の奥深くへと消えてしまった。
「ちくしょう!! 叡────!!」
最悪の状況だ。一刻も早く助けに行かなければ。
だが、俺の前に立ちはだかる敵は……。
ハッとしてトンネルの入り口に視線を戻すと、そこに柚岐谷の姿は無かった。
全員が叡の方に気を取られた内に、何処かへ行ってしまったらしい。
「……クソッ、どこに行った!? 柚岐谷!!」
「ここにいますよ」
その声は、俺の真上から聞こえた。





